クラリッサとメイド人形
『このこは、トビアスこうちょうせんせいがつくられたにんぎょうなのです』
子猫がプラカードでミームが人形だと説明すると、
「ええっ。こんな可愛い子が人形なの? …確かによく見たら人間じゃないのね。遠目には本当に人間にしか見えないわね~」
ジュンコさんはミームをまじまじと見て、人間ではない事を確認して驚いていた。
『このこのなまえは、ミームです。かのじょにはクラリッサのごえいをしてもらうつもりです』
「この子には名前があるんだ。…それで、この子がクラリッサの護衛ってどういうことなの? 女子寮はちゃんと護衛が付いているでしょ」
ジュンコさんが「なぜ必要なの?」という感じでほほに指を当てたポーズをしている。
『それが、さきほどにわで…』
子猫は庭に不審者がいたこと、そしてそんな状況なのでトビアスからミームをクラリッサの護衛のために借りてきたことを説明した。
不審者がジュンコさんの部屋を覗いていたと話すと、ジュンコさんの顔色が青ざめた。
「女子寮に不審者なんて、怖い話よね…。そういえば、先日貴方たちの部屋に泥棒が入ったけど、もしかして何か関係があるのかしら?」
(意外と鋭い…ってこれだけ不審な事が連続して起きてたら俺達が原因だと思われても仕方ないか)
ジュンコさんの鋭い突っ込みに子猫は冷や汗が流れた。といっても猫なので汗は流れないが、思わず尻尾の毛が逆立ってしまった。
ジュンコさんの言う通り、女子寮が狙われているのでは無く、狙われているのはクラリッサである。しかも泥棒ではなく暗殺者なのだが、それが知られてしまうとさすがに魔術学校に居られなくなる。ここは何とか誤魔化さないと不味い状況だと子猫は言い訳を考えた。
『ジュンコさんのへやをのぞこうとしていたのです。どろぼうじゃなくてふしんしゃです』
「…そうね。泥棒だったらこんな日中にやってこないわよね~。でもこの鉄壁の女子寮で覗きね~。命をかけてまで覗きたい物なのかしら?」
かなり苦しい言い訳だったが、ジュンコさんは納得したようだった。彼女は命がけで覗きにやって来る不審者に感心していた。
(同じ人物だけど不審者というのは間違ってないよね。ジュンコさん嘘じゃ無いよ~)
子猫は内心でそんな言い訳をしていた。
ミームを紹介している間も、子猫は一定以上クラリッサに近づけなかったのだが、彼女は「この子に護衛をさせる」と言うと頷いていた。
「ミーム、ベッドに寝ているの獣人の少女がクラリッサだ。そしてこちらの女性がジュンコさんだ。
ミームには今からクラリッサの護衛を命じる。優先度は、クラリッサの身の安全、ジュンコさんの身の安全、敵の撃退、最後に自己の安全だ。
何も無いときは、二人の邪魔にならないように部屋の窓際の位置で待機するんだ」
「はい、マスター了解です。推定年齢22歳の行き遅れの女性=ジュンコと登録。つるぺたの獣人の少女=クラリッサと登録しました。今からクラリッサを護衛対象として行動します」
ミームは命令を了承したと返事を返し、窓際で待機ポーズを取った。
「行き遅れ…」
「つるぺた?」
ミームが二人を認識した際の呼称を聞いて、ジュンコさんのこめかみに一瞬青筋が浮く。クラリッサは言っている意味が分からなかったのか、首をかしげていた。
(トビアスよ、ミームの言葉遣いが悪すぎないか~)
ジュンコさんの顔をみて、子猫は再び尻尾の毛が逆立ってしまった。
◇
部屋の窓際で待機ポーズを取っているミームを残して、子猫は部屋を出た。
トビアスの話では、ミームは人間らしい動作をすることを重視した作りであり、またその身体の小ささ故の動力問題から、古木巨人程度の力しか出せなかった。しかし子猫が提供した金剛甲虫の核を動力としたことで、動力の問題は解決した。おかげでミームは岩石巨人程度の力を出せるようになったのだった。
ミームは10歳前後の子供のような小柄な体で、全高4メートルの巨人と同じ力をを発揮できるというのは、鉄腕ア○ムかア○レちゃんといった感じである。
また、ミームの軟質な外装は飛竜の皮を薄くなめした物で、刃物や魔法に対して高い防御力を誇りっている。並の兵士が剣で切りつけた程度では傷も付かないということだった。
(ミームが護衛していれば一安心だな。さて、これからどうするかだけど…、授業に出ているリュリュの方も気になるな。少し顔を出すか)
子猫はリュリュの様子を見に、教室に向かうことにした。
◇
時刻はお昼前。リュリュが受けていたのは、錬金術の授業であった。教壇に立っているのはアーデンベルという男性教諭である。彼は金髪、碧眼で身長180cmのバランスのとれた体格で、少しとがった耳を持つ、ハンサムというより険しい顔立ちのエルフである。まあ、日本人になじみ深い○渕エルフでは無く、トール○ンの指輪○語に出てくるような偉丈夫なエルフであった。
「なぜエルフが精霊魔法では無く、錬金術を教えているのだろう?」と最初は思ったが、それはアーデンベル先生が、エルフの癖に魔法や錬金術に興味を持った変わり者で、魔法と錬金術を極めるために魔術学校に来たためであった。アーデンベル先生は、外観は20代の若者だが、エルフという種族から分かるように外見と年齢は一致しない。実は彼は300歳と魔術学校で一番高齢な先生である。
「このコケから抽出した染料をしみこませた羊皮紙に、緑竜の酸の吐息の成分を反応させると…ほれ、このように色が青から赤に変わるのじゃ。つまり、このコケの成分は、溶液が酸の成分を含んでいるかどうかを調べるためにつかえるのじゃ」
二十代の外見で、お年寄りの口調で抗議を行うアーデンベル先生。そして、その授業の内容は、
(リトマス紙じゃねーか)
小学生レベルの化学の話であった。
子猫は今馬鹿にしたが、アーデンベル先生の教える錬金術の授業が全て小学生レベルというわけでは無い。魔法を使った錬金術などは、地球では絶対に真似が出来ない。
しかし地球は小学生でも知っているような化学反応を錬金術の奥義のように言われると、子猫としては突っ込みたくなると言う物であった。
「凄い、魔法みたいだな」
「アーデンベル先生は錬金術の大家だからな」
しかし、魔術学校の生徒は皆アーデンベル先生の授業に感心していた。
(俺の小学校の理科の知識レベルでも、こっちじゃ最先端だよな。おっといけない、リュリュを探さないと…)
教室を見回すが、リュリュの姿が見当たらなかった。
(あれれ、この授業を受けているはずなのに、リュリュがいないぞ?)
再度教室を見回すが、やはりリュリュの姿は無かった。
(リュリュが居ない。…まさか、彼女の身に何かあったのか?)
魔術学校に来てからは、主にクラリッサが狙われる事件ばかりであった。しかし、魔術学校に俺達が入ったのは、リュリュの身を守るためである。学校内ならリュリュを狙っている奴らが来ないと思っていたが、クラリッサを襲ってきた奴の事を考えると、リュリュを狙う奴等の魔の手が伸びて来ていても不思議では無かった。
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