猫は御主人様となる
「後は起動の呪文を唱えれば起動する。…ところで起動の呪文を唱えた者がこやつのマスターとなるのじゃが…どうするかの~」
トビアスは、子猫が人形のマスターになることを期待しているようだった。
「起動の呪文は使い魔でも唱えられるのでしょうか?」
現在子猫とトビアスは普通に会話しているように見えるが、トビアスの動物会話の呪文で意思の疎通ができているだけで、子猫は人の言葉を話しているわけでは無い。魔法は猫の鳴き声でも発動するが、巨人に関連する魔法や命令までが上手く機能するとは分からないのだ。
「儂もそこに興味があるのじゃ」
トビアスは興味津々という感じであった。トビアスは、『巨人が猫の鳴き声で操れるのか?』という事に興味をそそられているようだった。
(トビアスの思わくに乗るのも癪だが、巨人のマスターは俺の方が都合が良いからな~)
初めはマスターになるのはクラリッサのほうが良いかなと思っていたのだが、彼女の護衛をさせるなら、子猫が扱った方が良いと思い直したのだった。
「…僕にできるか分かりませんが、起動の呪文を唱えさせてください」
「ほほっ、やっぱりそうしたか」
トビアスはしてやったりといった顔で人形を起動する呪文を教えてくれた。
「起動の呪文は、『マナよ我が言葉を力に変えて命無き者に命を与えたまえ』じゃ」
「分かりました。それでは唱えますね。……マナよ我が言葉を力に変えて命無き者に命を与えたまえ」
尻尾を振り回しながら、子猫は起動の呪文を口ずさむ。呪文と供に魔力が人形の身体に集まっていく。そして呪文を唱え終えると、人形の身体が一瞬眩いばかりに光り輝いた。
「うぉっ、まぶしい~」
猫の目には厳しい眩しさだったため子猫は目を押さえてのたうち回っていた。
「うむむ、これほど光るとは予想外じゃった」
トビアスはいつ取り出したのか、サングラスのような遮光眼鏡を掛けていた。
「校長先生、起動の呪文で輝くなら事前に教えてください」
「あんなに輝くはずは無いのじゃが。呪文は間違えておらぬし、…やはり猫じゃと無理だったのかの~」
サングラスを外しながらトビアスは人形に近寄った。
「本来なら、呪文の完成と供に目覚めて、マスターに挨拶をするはずなのじゃが…」
そう言ってトビアスが人形の頭をポンポンと叩いた瞬間、その目を開いた。
「おや? 目覚めたのでは。」
「そう…なのか…?」
人形は上半身を起こすと、周囲を見回した。そして小首をかしげた状態で停止してしまった。
「…止まってしまいましたが? どうしましょう?」
「おかしいの~。本来ならマスターを認識して、挨拶するはずなのじゃが…やはり呪文が失敗だったのか…」
子猫とトビアスが顔を見合わせて、これからどうしようという雰囲気になった時、人形の首がグググッと回って俺達の方を向いた。
「マスターの認証機能に不具合が発生しているにゃん。マスターの再登録が必要にゃん」
人形は作業台から降りると、俺達の前で直立不動…じゃなくて、猫招きポーズでそう言った。
(にゃん? しかも猫招きポーズだと…)
これはもしかしてトビアスの趣味なのだろうかと思い、子猫はジト目でトビアスを見上げてしまった。
「…何じゃその目は。儂はこのような言動をするようにこやつを作った覚えはないぞ。ええぃ、本当じゃ!」
冷や汗を垂らしながらトビアスはそう言うが、日頃の言動を考える怪しいものだ。
「制作者の趣味では無いと?」
子猫が問い詰めるように言うと、
「当たり前じゃ。語尾が『にゃん』なら猫耳と尻尾も必要じゃろうが…全く、それぐらいの常識はわきまえておるわ」
トビアスは両手を握りしめてそう叫んでいた。
(猫耳と尻尾…いや、確かにそう有るべきかもしれないが、それを常識と言わないで欲しい)
子猫はトビアスの熱弁を聞いて頭が痛くなっていた。
「…早く、登録して欲しいにゃん。…早く、登録して欲しいにゃん…」
人形は猫招きポーズのままそう繰り返していた。
「…そうすると、いったいなぜこんな話し方になってしまったのでしょうか?」
とりあえず、人形の方を無視して子猫はトビアスに原因を尋ねる。
「う、うむ。……やはりお前さんに起動の呪文を唱えさせた事が原因…なのじゃろう」
トビアスは暫く思案した後、子猫を見ながらそう言った。
「ええっ、起動の呪文の唱え方でそんな事になるのですか?」
「儂が以前に起動の呪文を唱えたときは普通じゃったぞ。…ともかくマスター登録を完了せねば、色々調査できぬな」
トビアスはそう言って人形の前に立つと、「儂がマスターじゃ!」と叫んで、鼻の先を指でつついた。
(コピーロボットかよ)と子猫が内心突っ込んだのは置いておいて、鼻先をつつかれた人形は口を閉じて、何かを確認するように目を閉じたが、再び目を開けると、
「認証エラーにゃん。…早く、登録して欲しいにゃん。…」
と登録を促す状態に戻ってしまった。
「……駄目ですね」
「手順は間違っておらんはずじゃが…」
トビアスはガックリと肩を落とす。
「やはり呪文を唱えた者で無ければマスターとして登録できぬか…」
人形はトビアスをマスターと認識しなかった。こうなると、子猫が登録するしか無いようだった。
「…分かりました。校長先生、マスター登録する方法は、先程の手順で良いのですね」
「そうじゃが…そのままでは、手が届かぬの」
子猫の身長では人形の顔まで手が届かない。トビアスは子猫を抱きかかえると人形の顔の前まで運んでくれた。
(爺さんに抱きかかえられるのは嫌だが、ここは我慢だ)
「僕がマスターです!」
そう叫ぶと、子猫は肉球で人形の鼻の先をプニッとつついた。
「…………マスターの登録を確認したにゃん。命令があるまで、待機状態に入るにゃん」
また失敗かと思われるほどの沈黙の後、人形はそう言って猫招きポーズから待機状態に移行した。
「待機状態が猫のお座りポーズって…」
人形は両手を前について、ちょこんと猫のように座っていた。猫や犬であれば問題ないポーズなのだが、人形はドレスを着ている。つまり、パンツがもろに見えている状態だった。
「やっぱり猫がマスターとなったから…だろうの~」
トビアスと子猫は顔を見合わせて、溜め息をついた。
◇
人形の待機状態が猫のお座りポーズというのは不味いため、普通に立っている状態を待機状態にするように子猫は人形に命じた。不思議なことに、人形は子猫の言葉も人間の言葉も理解して居るようだった。トビアスは「猫がマスター登録すると、猫の言葉を理解できる様になるのか…大発見じゃ」と大喜びであった。
子猫はマスター登録後に一旦停止させて、再度起動の呪文を唱え直すつもりだった。しかし、「猫の言葉を理解するという特異な状態が次も再現できるとは限らぬぞ」とトビアスが言うので、このままの状態で人形を運用することに決めたのだった。
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