猫と人形
「胴体が完全に残っておるな。これなら核も残っておるやもしれん」
そう言いながら、トビアスは作業台の上の金剛甲虫を見上げる。
「先程から核と仰っておられますが、核とは一体何なのですか?」
子猫は質問するが、興奮してるトビアスには聞こえていないのか、彼は作業台に飛び乗った。
「ふむふむ、頭が破壊されておるの。頭部に何か突き刺して雷系の魔法でとどめを刺したのか。エーリカ先生と組んでいた者はかなりの剣の達人じゃな~」
トビアスは金剛甲虫の頭部を見て一目でどうやって倒したのかを見抜いていた。さすが魔術学校の校長と言うべきだろう。
(小太刀を突き刺したのは俺だけど、あの小太刀は特別製だったからな)
普通の剣で金剛甲虫に傷を負わせたのであれば、剣の達人と言っても良いのだろ。しかし子猫が使っていたのは、精霊人が作ったミスリルとオリハルコンの合金の小太刀だった。あの小太刀なら達人じゃなくとも同じ事ができるだろう。
「頭を外せば何とかなりそうじゃな。…さすがにこれは儂一人では動かすのは無理か」
全長十メートルはある金剛甲虫の頭部。角は大太刀となってしまったが、それでも人間の胴体ぐらいの大きさがある。重量もかなりあるため、老人であるトビアスの力では動かす事すらできなかった。
トビアスは飛び降りると、作業台の側面に取り付けられていた穴に手を差し入れた。
「その穴は一体…」
「まあ、見ておれ」
トビアスが魔力を穴に注ぎ始めると、作業台の下部から大きな手が伸びてきた。
「巨人の腕?」
「その通り、これは重量物を持ち上げるための巨人腕じゃ。巨人の修理や製作には重量物の運搬が欠かせないじゃろ。これがあれば一人でも重量物を扱う作業ができるのじゃ」
どうやら黒鋼鎧巨人の腕の部分だけを取り出して付けたのだろう。トビアスの操作に応じてアームは器用に動いて金剛甲虫の頭を掴むと持ち上げていった。
「ふむ、鮮度は良いようじゃ」
倒してすぐに"無限のバッグ"に突っ込んだので、鮮度は良い。頭を取り除いた後、今度は胸部の外皮を取り除く。
「昆虫って心臓を持っていないのでは?」
確か昔みた昆虫図鑑では昆虫には哺乳類の様な明確な心臓は無かったはずと子猫は思い出し、トビアスに質問する。
「よく知っておるの~。確かに昆虫は人間の様な心臓を持っておらん」
さすが魔術学校の先生ともなると、解剖学の知識も持っているのかトビアスが昆虫に心臓が無いことを知っていた。
「じゃが昆虫系の魔獣となると別なのじゃ。ほれ、ここに小さな肉の塊があるじゃろ。これが魔力心臓じゃ」
胸部の外皮をはがし、むき出しの内蔵や筋、筋肉の中からトビアスは猫の手サイズの小さな哺乳類の心臓によく似た器官を指差した。
「魔力心臓?」
「そうじゃ。この魔力心臓が金剛甲虫の魔力を生み出し、体に魔力を循環させておるのじゃ。そしてこの中に核が入っておるのじゃ」
トビアスの説明によると、魔力を持つ生物は皆この魔力心臓を持っているとの事だった。そして魔力心臓の大きさは魔獣の体の大きさや魔力量によって決まると言うことだった。
「大きな魔獣になるほど魔力心臓も大きくなる。なぜなら大きな体を維持するためには魔力が必要だからの。後は魔力をどう使っているかも重要じゃ」
昆虫は、その体の構造からどんなに大きくなっても一メートルを超えるサイズには成長できない。地球では大昔に巨大な昆虫が存在したが、それは地球の酸素濃度が高かったためである。
しかし、金剛甲虫は大きな個体で全長10メートルを超える。その体の構造はほぼ昆虫のカブトムシと同じであるのに、そこまで巨大化できるのは魔力のおかげなのだ。
「ほれ、これが核じゃ」
魔力心臓を切り開いてトビアスは直径2~3ミリほどの大きさの黒い小さな塊を取り出した。どうやらこれが金剛甲虫の核らしいのだが、その体の大きさに比べその核は酷く小さかった。
「核って小さいのですね。…人間もこんな核を持っているのですか?」
「もちろん持っておる。しかし人間の核というのは凄く小さいのじゃ」
人間は体を維持するのに魔力を必要としないため、そのサイズは砂粒より小さいとのことだった。
「つまり、その核が魔力を発生させるのですか」
「うむ、その通りじゃ。よく分かったな」
今までの話を聞いていれば、核が魔力を発生させることは容易に推測できる。トビアスは子猫に頷くと核を懐から取り出した小さな入れ物に大事にしまった。
「金剛甲虫の素材は今は不要じゃ。しまっておいて欲しいのじゃ」
金剛甲虫をポケットに収納している間に、トビアスは工房の奥にある倉庫から小さな人形を運んできた。
「これは?」
「以前儂が作っていた人と同じサイズの巨人じゃ」
トビアスが運んできたのは、巨人と言うよりは人形といった方が良い物だった。体格は10歳前後の子供程度であった。しかもその容姿はビスクドールのように人間にそっくりに作られており、普通にドレスを着せられているため遠目には人間と区別が付かないできばえである。
「随分小柄な巨人ですね。いや巨人と言うより人形みたいですね」
「うむ、屋内で運用可能な様に小型化したのじゃ。しかし小型化には成功したのじゃが、長時間動作するだけの魔力容量が確保できなくての~泣く泣くお蔵入りしたのじゃ」
トビアスが開発での苦労話を語りながら人形の服を脱がせていく。人形の容姿が整っているだけに少し背徳的な雰囲気が漂うが、服の下は人間のような身体では無くマネキンをもっと簡素化したような姿だった。
「胴体には軟質の素材を使っておるから、服の上から触っても巨人とは分からんはずじゃ」
人間の皮膚のような外装をトビアスが取り除く。露わになった人形の身体の中には大小の歯車が詰まっていおり、さらには人間の様な骨格フレームに筋肉のようなパーツが絡み合っていた。
(…人形と言うよりからくり人形だな。でもこの特殊な構造が、トビアスの作る巨人の特徴なのか)
普通の巨人はこのような構造をしていない。古木巨人や岩石巨人、鋼鉄巨人といった巨人は身体の中までその素材が詰まっているだけである。
「魔力蓄積器の換わりに核を使った魔力炉を設置すれば…完成じゃ」
トビアスは、人形の胴体からソーセージのような形状のパーツを取り出し、替わりに心臓の位置に先程核を入れた小さな入れ物をセットする。
「後は起動の呪文を唱えれば起動する。…ところで起動の呪文を唱えた者がこやつのマスターとなるのじゃが…どうするかの~」
人形の外装と服を元に戻したトビアスはそう言って子猫に視線を向けた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。