猫は素材を取り出す
「金剛甲虫の素材じゃと…お前さん、何処でこれを手に入れたのじゃ」
トビアスは、リストに金剛甲虫が乗っているのを見て、驚いた顔をする。魔獣の森奥深くに生息し、三匹居ればドラゴンとも戦えるという強さを持つ金剛甲虫の素材が市場に出回ることはほとんど無い。その希少性の高さから伝説の素材とも言え、たとえ魔術学校の校長といえども、滅多にお目にかかる事はできない物である。
その金剛甲虫が丸ごと一匹分有るのだから、トビアスが驚くのも無理はないだった。
「御主人様が魔獣の森で倒されたのです」
子猫のポケットには、冬虫夏草を採りに魔獣の森に言った時に倒した金剛甲虫の素材がそのまま残っている。角の部分は太刀として使ってしまったが、それ以外の部分はほとんど手つかずで残っていた。
「なるほどの。エーリカ先生なら金剛甲虫を倒すことも可能じゃろうな。それで、この金剛甲虫素材じゃが、心臓部は残っておるのか?」
トビアスは興味津々という顔で子猫に尋ねてきた。
「倒す際に、頭を破壊してしまいましたが、確か胴体は無傷で残っていたはずです」
「胴体が残っておるのか。…そこに核が残っておれば助かるのじゃが。…ところで素材は何処にあるのじゃ。あんな物を持って歩けるはずも無い。どこかに預けておるのか?」
「え~っと、手元にはあるのですが…」
子猫がそう言ったとたん、トビアスの目の色が変わる。
「今もっておるとな? …お前さん、一体何処に持っておるのじゃ」
(まずったな、持っているって言っちゃったよ)
精霊人に作って貰ったポケットは、例えトビアスといえども…いやトビアスにこそ秘密にすべきアイテムである。その存在を知れば入手経路や調べさせてくれと言われるだろう。
「そ、それはとりあえず秘密です。ヒューヒュー」
「秘密じゃと…」
子猫は口笛を吹く真似をしてとぼける。トビアスは子猫を値踏みするように見るが、もちろん彼は子猫の持つポケット存在に気付くことは無かった。
「エーリカ先生はお前さんに何を持たせているのかの~。非常に気になるところじゃが、今はそれより金剛甲虫素材のほうが気になるのじゃ。持っておるなら見せて欲しいのじゃ」
トビアスは、収納場所の追求よりも、金剛甲虫の素材の方が気になるようだった。
「…見せろと言われましても…ここでは狭すぎて出せませんね」
トビアスに見せて欲しいと頼まれてたが、子猫は困ってしまった。ポケットからこっそり出すにしても、金剛甲虫は巨大である。今いる書斎は狭く、取り出すことはできない。
「狭い…そりゃそうじゃ。儂も伝説の素材に慌ててしまったようじゃ。こんな所で出してもらっても仕方ないの。…うむ、工房の方に移動して、そちらで出してもらうとするか」
「工房ですか?」
「工房というのは、学校の巨人のメンテナンスとかを行う場所じゃ。巨人作成のノウハウを盗まれないために儂しか立ち入れないのじゃが、まあ特別に見せてやろう。ほれ、付いてくるのじゃ」
そう言って、トビアスは書斎から出て行く。子猫は慌ててトビアスの後を追いかけた。
◇
トビアスの言う作業場とは、書斎のあった小屋から徒歩三分と言ったところにある半地下の倉庫のような建物だった。ピラミッドのような巨大な石を組み合わせ建てられており、扉も分厚い鉄製である。
「ここが作業場ですか…」
「夜警に使っている巨人は、昼の間はここで魔力を補充しているのじゃ」
トビアスが、扉に近づくと、どこからともなく誰何の声が聞こえてくる。
『汝は何者なりや』
「我は知恵の探求者なり」
トビアスがそう答え、彼の持つタグを示すと鍵の外れる音と供に扉が静かに開いた。
数段の…といっても巨人サイズなので一段が七〇センチほどのある…階段を降りて建物の中に入ると、ひんやりとした空気が俺達を出迎える。
「壮観ですね~」
岩石巨人や鋼鉄巨人等、十数体の巨人が両脇に並んでいる光景は、巨大ロボットの基地のようであった。
「ここには大物がそろっておるからの。…ほれ、こっちじゃ」
トビアスは巨人の間を縫って奥に進んでいった。子猫は黙ってそれに付いていく。
奥に進むと、ガーゴイル・タイプや古木巨人といった人間サイズの巨人が並んでいた。これらも全て待機場所にて魔力を補充していた。
「凄いです。…ところで魔力を補充している人が見えませんが、どうやって巨人に補充している魔力は確保しているのですか?」
「良いところに気付いたの。…まあ、今からする作業を見たらお前さんにも分かるじゃろうて。…ふむ、ここで良かったはずじゃが」
トビアスはそう言って壁の一角を押す。すると、壁の一角に鍵穴の付いた石がせり出してきた。
「ここに入るのも久しぶりじゃの~」
トビアスは懐から巨大な鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。
ギィギィギィギィ、ガシャン
さび付いた音を立てて、壁の一角が沈んでいくと、作業台のある工房とおぼしき部屋が現れた。
「ここが儂の巨人開発工房じゃ」
工房の巨大な作業台は、全長五メートルもある鋼鉄巨人を乗せることが出来るサイズだ。天井にはレールと滑車を組み合わせたクレーンが有り、奥には金属部品を作る為の炉や金床あった。
「へぇ~」
転成する前の職業はプログラマーだったが、実は物を作るのも好きだった子猫は、目をきらきらさせて工房を見回す。
「ここに、金剛甲虫の胴体を出し欲しいのじゃ」
トビアスが、巨大な作業台を指差す。
「…分かりました。作業台に金剛甲虫を出しますが…校長先生、少し後ろを向いていてもらえませんか」
子猫は、トビアスに
「ん? どういうことじゃ」
「取り出す所を見られたくないので…」
「ケチケチせずに見せてくれても良いでは無いか」
「いや~。御主人様に秘密にしろと言われていますので」
「くぅ、エーリカ先生は秘密事項が多いのじゃ。昔は何でも教えてくれたのじゃが…」
エーリカの名前を出されると逆らえないのか、トビアスは渋々といった感じで後ろを向いてくれた。
(それじゃ、取り出しますか)
猫の手では金剛甲虫を取り出せないので、魔法の手を使ってポケットから取り出す。いつ見ても取り出し口より大きな物が出てくるのは不思議な光景である。
「取り出しました」
「おお、これが伝説の素材か~」
作業台の上にのせられた金剛甲虫を見てトビアスは興奮していた。
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