猫は相談する
落下制御を使って女子寮を囲む城壁を駆け上がった暗殺者は、城壁からそのまま下に飛び降りていった。
(逃がすか~)
暗殺者を追って、子猫は魔法の手を伸ばすと城壁を登っていく。その間五秒ほどだったのだが、城壁から見える範囲に暗殺者の姿は無かった。暗殺者は子猫が城壁を登り切るまでの一瞬の間にどこかに姿を隠してしまった。
周囲の建物や植え込みまで、たとえ足が速くても五秒でたどり着けるはずはない。誰かに暗殺者の行方を尋ねようにも、授業の時間のため学生の姿も見当たらなかった。
(何処に行ったんだ~)
目視で見つからないなら、気配を探るしかないと、子猫は必死で暗殺者の気配を探るが、気配も全く感じられない。怪人○十面相かアルセーヌ・ルパンかその三代目か、正に神出鬼没な暗殺者であった。
「なー」(逃げられた~)
子猫は城壁の上で地団駄を踏む。
(ここから飛び降りて、辺りを探すか…。いや、俺がここを離れたらまた寮に侵入するだろうな)
子猫は暗殺者を探しに出るわけにもいかず、スゴスゴと寮に戻ることになった。
庭に戻った子猫は、当初の計画通り警報魔法の魔法陣を描こうとしたのだが、そこで警報を受け取った。
(警報? 廊下の魔法陣か…まさか今度は廊下から?…いや、ジュンコさんが部屋から出たんだな。……ってよく考えるとこれって不味いんじゃ無いか?)
警報魔法の魔法陣は、子猫とクラリッサそしてリュリュ以外の人間が、その上を通ると警報を子猫に送るようになっている。もちろんジュンコさんが通れば警報を出してしまう。
ジュンコさんの魔力波動が分かれば、魔法陣に反応しないようにすることもできるのだが、そのためには彼女に魔力波動を計測する魔法をかける必要があるのだ。
(ジュンコさんに『魔力波動を計測させてください』なんて俺が言うわけにも行かないよな~。それに寮長の部屋って結構人の出入りが激しかった気がする…)
寮長であるジュンコさんの元には、良く寮生が訪れていた。内容はルームメイトに対する愚痴とか恋愛相談とかいろいろ有るらしいのだが、普通の部屋に比べて人の出入りは激しい。そんな部屋の前に警報魔法の魔法陣を仕掛けてしまったのだが、夜になり寮が寝静まるまで子猫は警報を大量に受けとる事になってしまうだろう。
(こりゃもっと別な手を考えないと駄目だな)
警報魔法の魔法陣による警戒網の作成は失敗だと悟った子猫は、窓の外へ魔法陣の設置を行うことを諦めて寮に戻るのだった。
◇
「プルート…来ないで」
「うにゃん!」(グハッ!)
ジュンコさんの部屋の前に設置した魔法陣を解除し、部屋の中に入ろうとした子猫を待っていたのは、クラリッサの冷たい一言だった。
「はい、使い魔の猫ちゃんはお外に出てね~」
クラリッサの言葉が胸に突き刺さった子猫は蹌踉めく。ジュンコさんは、そんな子猫の首根っこを掴むと、ポイッと部屋の外に放り出すのだった。
(困ったな~。部屋には入れないと警護できない。このままじゃクラリッサを守るのは難しいぞ)
扉の前でゴロゴロと転がりながら子猫はクラリッサの警護をどうやって行うか考え込んでいた。
(扉と窓の両方を守るのは俺一人じゃできないし、うむむ…)
ゴッン
「うぎゃ!」(痛っ!)
転がりすぎて廊下の恥に頭をぶつけてしまった子猫は、頭を抱えて大の字にひっくり返った。
(痛てて~。たんこぶが出来ちゃったな)
回復の奇跡を唱えてたんこぶを治した子猫は寝転んだまま上を見上げた。
(やっぱりトビアスに協力して貰うしかないな~)
子猫はそう決心すると、トビアスの元に向かうことにした。
子猫が女子寮を離れるに当たり、再度の暗殺者の襲撃を警戒する必要がある。そこで寮長の部屋の前と庭にインスタントゴーレムを設置しておいた。
インスタントゴーレムは、コボルトと戦ったときに魔法で呼び出した木製の小さな物である。インスタントゴーレムでは暗殺者を倒すどころか、足止めすら出来ないが、そんな事を子猫は考えてはいない。インスタントゴーレムの役目は暗殺者を見つけ、警報を鳴らすことにあるのだ。。
子猫は、インスタントゴーレムに不審人物…仮面を被った人間…を見つけると、手に持った木の棒と板を叩くように命じておいた。
(暗殺者は人目を避けている節があるから、騒ぎになれば逃げるだろう。兎に角ゴーレムの稼働時間内に戻ってこないとな)
ちなみに、インスタントゴーレムの稼働時間はおよそ二時間である。作成時に魔力を多く消費することでその時間は延ばすことが出来るが、それでも四時間が限界である。所詮インスタントであるので仕方ないと言えるのだが、この中途半端な稼働時間がネックとなり、夜の監視とかには使えないのだった。
子猫は女子寮を飛び出すと、トビアスの書斎に全力で駆けだした。
◇
「うみゃーみゃー」(トビアス校長先生、お願いがあります)
トビアスの書斎に飛び込んだ子猫は、トビアスの前で土下座をしていた。いや、四足歩行の猫がどうやって土下座をしたのかというと単に頭をついているだけだが、気分としては土下座である。
「慌てて飛び出していったと思ったら、もう戻ってきたのか。一体何事じゃ」
トビアスは、動物会話を唱え子猫の話を聞いてくれるのだった。
「また不審者が現れたとな?」
「はい。何とか追い払うことが出来ましたが…警戒厳重な女子寮にああ容易く侵入されるようでは困るのです」
「ぐぬぬ…、この前の泥棒騒ぎから警備体制を見直したのじゃが、それでも足りないというのか」
トビアスは歯ぎしりをして唸っていた。どうやら子猫がここを飛び出す前に彼が言いかけたのは、女子寮の警備を厳重にしたと言いたかったようだった。実際、女子寮の警備の女性兵士の数は倍増されていたのだが、暗殺者の侵入に気付かなかった時点で厳重な警備とは言えない。
「できれば、庭や寮内にも警備をお願いしたいのですが…」
「そうしたいのは山々じゃが、これ以上警備に人数を増やすのは予算的に無理なのじゃ」
警備の増強となると人件費がかかる。特に女性で腕の立つ兵士は王都でも需要が高く、幾ら魔術学校とはいえ数多く回してはもらえない。それでも増員したいとなると、王国に対してそれなりにお金を支払うことになると言うことだった。
ならば、「冒険者は?」と子猫はトビアスに提案したが、貴族の婦女子がいる女子寮を警備するほどの信頼のある女性冒険者というのは、女性兵士以上に数が少ないのだった。
「そうなれば、後は人件費のかからない巨人しかないと思うのですが…」
「そうなるのじゃが、巨人もいろいろ問題があっての~。ぶっちゃけると、素材と魔力供給の問題なのじゃ」
魔術学校で軽微に使われている巨人は、全てトビアスが作っている。巨人を作る際に必要な素材は、彼が集めた物や学校の警備のためにということで王国から譲渡されたということだった。
又、巨人はそのエネルギーとして魔力を消費する。トビアスの作る巨人は高性能だが、余り燃費が良くない。一日中動作させておくことができず、昼の間はトビアスや教諭が暇を見ては魔力を注入して動作させているのだった。
「魔力と材料ですか…。材料なら僕も少しは手持ちがあるのですが、これで足りませんか」
巨人の材料にならないかと、子猫はポケットに入っている素材を羊皮紙に書き出してトビアスに渡した。
「ふむ、ふむ…お主は何を持っているというのじゃ。…こ、これは?」
子猫から羊皮紙を受け取ったトビアスは、素材のリストを確認していくと羊皮紙を持つ手を震わせて驚きの声を上げていた。
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