猫は暗殺者を見つける
「みゃーん」(クラリッサ~)
「クラリッサちゃん?」
子猫とリュリュは女子寮の一階、寮長のジュンコさんの部屋に来ていた。
「あら、貴方たちどうしたの?」
ドアを開けて俺達を見たジュンコさんは驚いていた。
「にゃー」(クラリッサは?)
「ジュンコさん、クラリッサちゃんはここに?」
「ああ、今は寝ているよ」
ジュンコさんが部屋の隅のベッドを指差す。そこでクラリッサはスヤスヤと眠っていた。
どうやらクラリッサは昨晩余り寝ていなかったようで、ジュンコさんがこの部屋に連れて来るなり眠ってしまったとの事だった。
「それで貴方、授業はどうしたの?」
「えっと、校長先生にクラリッサちゃんがお休みだと言いに行ったら、猫ちゃんが急に走り出して…。猫ちゃんどうして急に走り出したの?」
そう言って、リュリュがプラカードを差し出す。
『クラリッサがしんぱいなのでおやすみします』
「猫ちゃんじゃなくて、リュリュちゃんに聞いているのですが?」
「えっ…リュリュなの?」
ジュンコさんは、子猫が授業に出ているなどと聞いていない為、リュリュの方に尋ねていたのだった。
その後リュリュは、『ちゃんと授業に出席しないと駄目です』と、ジュンコさんにお叱りを受けていた。
◇
「じゃあ、授業に行ってきます」
『ちゃんとべんきょうしてください』
授業に向かうリュリュを見送った子猫は、ジュンコさんの部屋の前でごそごそと作業を開始した。
(ここに警報魔法の魔法陣を書いておかないと…)
子猫としては部屋の中に描きたかったのだが、ジュンコさんの部屋に勝手に描くのは不味いと言う判断から廊下に描いていた。今は授業時間と言うことも有り、廊下を通る人もほとんど居なかったため警報魔法の魔法陣を描くことも可能腕有った。
(後は、窓の外側に描くか)
俺達の部屋は二階のためそう簡単には窓から入ることはできないが、寮長の部屋は一階のため窓からの侵入は用意である。子猫は寮の外に出ると、警報魔法の魔法陣を描くために窓が面する寮の庭に向かった。
寮の庭には色とりどりの花が咲き乱れており、蝶が飛び交っていた。子猫はヒラヒラと舞う蝶に猫の本能が刺激されるが、ぐっと我慢して窓の側に向かった。
(あれ? 誰かいるぞ)
女子寮の庭は、防犯の都合から三メートル高さの城壁に囲われている無聊を慰めるため噴水や花壇が多数ある。もちろん業者が手入れを行っているのだが、女子生徒の中にも花壇の世話をする者もいる。
子猫はそんな女子生徒が庭にいるのかと思ったが、よく考えてみれば今は授業中の時間であり、こんな所に女子生徒がいるはずもなかった。
女子生徒は、庭の草花の世話をしているわけでは無く、窓から寮の中を窺っていた。
(思いっきり怪しい奴だな)
背後からなので容姿は分からなかったが、その背格好から16、7歳でだろうと子猫は予想した。女子生徒は紅色の髪の毛をお下げにしていた。
(顔を確認しないと)
不審な女子生徒の顔を確認すべく、子猫は忍び足で近づいていった。
(あとちょっとで顔が確認できる~)
子猫がそう思った時、目の前をヒラヒラと蝶が横切った。
「にゃっ!」(うぉっ!)
突然目の前に現れた蝶に驚き、子猫は鳴き声を上げてしまった。
「!」
不審な女子生徒が、子猫に気付いて振り向く。
(ラッキー、これで顔が……って何じゃそりゃ)
振り向いた不審な女子生徒の顔は、石造りの白い仮面で覆われていた。そして、子猫はその石造りの白い仮面に見覚えがあった。
(こいつは、クラリッサを狙った暗殺者じゃないか)
女子寮の庭に居た不審な女子生徒は、寮に入ったその日の夜に襲ってきた暗殺者だった。
(こ、ここは普通の猫のフリをしなければ…)
暗殺者の表情は仮面を被っているため分からないが、その視線は子猫にロックされていた。
「にゃ~」(こんにちは~)
子猫は普通の猫のように鳴いてみたのだが、
「根源たるマナよ氷の矢となりて敵を貫け~アイス・アロー」
暗殺者は、問答無用とばかりに子猫に向かって氷の矢の魔法を放ってきたのだった。
「うみゃっ!」(本気かよ!)
いきなり魔法を放たれるとは思っていなかった子猫は、間一髪で氷の矢を避けると庭の茂みに逃げ込んだ。
「根源たるマナよ…ッ!」
魔法を唱えかけていた暗殺者は、茂みに逃げ込んだ子猫が見つからず、詠唱を止めた。
暗殺者に気付かれないように移動した子猫は、別の場所から暗殺者の動きを見張っていた。
(いきなり魔法を唱えてくるとは…俺が、普通の猫じゃ無いと知っているのか)
このとき子猫は、クラリッサと自分が魔術学校で話題に上がっていることを全く知らなかった。
話題となっている理由は言うまでも無く、クラリッサが魔法の実技の授業や薬学の授業でその実力を見せたことで、担当の先生の手に負えずトビアス校長の個人授業を受けるという破格の待遇を得たことが理由である。そしてその使い魔(と思われている)子猫も、注目されていた。
つまり、少し調べればクラリッサと子猫の情報は簡単に手に入る状態であった。
暫く子猫を探してキョロキョロと辺りを窺っていた暗殺者だったが、
「チッ! この場所で彼奴を探すのは無理のようね。授業に出ていると思ったのに…」
茂みに隠れている子猫の居場所を探るのを諦め、寮の城壁に向かって駆けだした。
(逃げるのか)
これは暗殺者を捕まえる千載一遇のチャンスである。子猫は暗殺者を捕まえるために魔法を唱え始めた。
「みゃーにゃーにゅにゃー…みゃにゃにゃん」(マナよ彼の者を拘束せよ、パラライズ)
麻痺の魔法を詠唱し魔法が発動したが、暗殺者は平然としていた。
(効かないって…あっ、そういえば、あの夜も麻痺の魔法は効かなかったんだっけ。)
子猫は、前にクラリッサを襲って来た時も麻痺の魔法を唱えて、それが効かなかった事を思い出した。
(間抜けだ~。こうなったら眠りの粉魔法で)
しかし、子猫が眠りの粉魔法を唱えようとしている間に盗賊は既に魔法を唱え終わっていた。
「マナよ我が身大地の束縛から解放したまえ」
暗殺者は、落下制御の呪文を唱えるとそのまま城壁を駆け上がっていった。
(ええっ、そんな事が出来るのか?)
子猫は、落下制御の呪文を使って女子寮の城壁を駆け上がっていく暗殺者を見て驚いてしまった。
子猫は、落下制御の呪文は落下する自分の動きを制御する魔法で、落ちる速度を制御は出来ても身体を上に持ち上げることは出来ないと思っていた。
しかし身体が落下する速度を0にした場合そこから自力で上に登ることが出来れば、今暗殺者が行っているように壁を駆け上がることも出来るのだった。
(あの夜も、ああやって屋根に登ったのか…凄いな。…って、感心している場合か!)
子猫が感心している間に、暗殺者は城壁を登り切っていた。
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