猫は少女と引き離される
(つまり、クラリッサは大人になってしまって、その為に情緒不安定だったのか…)
クラリッサはジュンコさんの後ろに隠れて子猫をソッと覗き見ているが、目が合うと又彼女の背中に隠れてしまった。
(そういやリュリュも一緒に居るけど、そんな事起きてなかったよな~。アマネもそんなそぶりを見せてなかったけど…)
子猫が悩んでいると、
「クラリッサちゃん、今度から薬を飲みましょうね」
とジュンコさんが、クラリッサに薬を飲むようにと教えていた。彼女の手には、小さな素焼きの瓶が握られていた。
「リュリュも飲んでるよ」
「知ってる。エーリカも飲んいた」
後で知ったのだが、この世界には女性のアレを止めてしまう薬が存在する。それを月に一度飲めば厄介な状況にならないという、女性冒険者御用達の物らしい。魔法薬ではなく薬草を煎じて作る薬であるため、値段も一般の人が入手可能なレベルである。
「この薬、初めてを経験しないと飲めないからね」
どうやらこの薬に副作用はほとんど無いのだが、アレが始まっていない女子に飲ませるのは不味いらしい。
「にゃーっ、みゃー」(ふう~。良かったクラリッサに嫌われた訳じゃ無かったのか)
原因が分かり、子猫は安堵の溜め息をついた。
「最初だけはそのまま過ごして貰うしかないのです。それで、クラリッサちゃん、これからどうしますか?」
「クラリッサちゃん、どうするの?」
ジュンコさんとリュリュがクラリッサに尋ねるが、彼女は顔を赤くしてジュンコさんの背後で何事かリュリュに囁いていた。
「暫くプルートと別な部屋が良いってさ~」
「なー」(そんな~)
クラリッサは暫く子猫と顔を合わせたくないと言うことだった。
「仕方ないですね。じゃあ、クラリッサちゃんは私が預かりましょう」
寮長であるジュンコさんは、二人部屋を一人で使用している。クラリッサはアレが治まるまで、子猫と離れて過ごすことになるのだった。
「クラリッサちゃんは今日はお休みだね。校長先生に報告しないと~」
そう言って、リュリュは子猫を抱きかかえた。
「みゃー」(クラリッサ~)
リュリュに連れ去られる子猫の鳴き声が、むなしく廊下に響くのだった。
◇
「なるほどの~。そんな事があったのか。それで今日はクラリッサちゃんはお休みなの」。
「そうなの。だから今日はクラリッサちゃんはお休み~」
子猫とリュリュはトビアスの書斎に来て、クラリッサがお休みの理由を説明していた。
「しかし、お前さんもあんまり浮気をせんことじゃな」
トビアスは子猫とクラリッサの話を聞いて髭を撫でながら笑っていた。
(ぬう~。トビアスめ~。人の不幸を笑いおってからに~。いつかその髭に爪を立ててやる~)
子猫はトビアスにむかっ腹を立てつつも、それをおくびにも見せずプラカードを掲げた。
『クラリッサがおやすみということをドロシーさんにもつたえておいてください』
いつもなら朝早くにトビアスの書斎のある小屋に来ているはずのドロシーだが、今日はまだその姿が無かった。
「そうじゃな。…しかしドロシーは今日は遅いの~」
「トビアス校長先生、おはようございます」
(噂をすれば影だな)
そんな話をしている間に、書斎の扉がノックされ、ドロシーが入ってきた。
「おはよう。ドロシー、今日は遅かったの~」
「おはようなの」
『ドロシーさん。おはようございます』
「皆さん、おはようございます。…あら、クラリッサさんは御一緒じゃ無いのですか?」
「それが…」
リュリュがドロシーにもクラリッサがお休みしている理由を説明すると、彼女は目を丸くした。
「それは大変ですわ。…そうです。確か実家に痛み止めの魔法薬があったはず。それを届けさせましょう」
ドロシーは、お付きの侍女を呼んで、彼女の実家から魔法薬を持ってくるように言いつけていた。
『おおげさです。それにくすりならクラリッサもつくれますから』
子猫はそう言って魔法薬を辞退しようと思ったのだが、
「猫さん、アノ時は魔法を使うのは大変なのですよ。クラリッサさんでも魔法薬の作成は難しいですわ」
とドロシーに窘められてしまった。
「アノ時は魔法に必要な意識の集中が難しいんだよね~」
リュリュもそう言って隣でうなずいていた。
(なるほど、女性はアノ時は魔法が使いづらいのか…って、それってもしかしてクラリッサが危ないんじゃ!?)
後でトビアスに聞いたのだが、女性の魔法使いはアノ時は集中力が鈍るため魔法が使えない若しくは著しく魔法を使うのに制約が付くらしい。そのため女性の魔法使いは必ず一月に一回の薬を飲むのを忘れないということだった。
(やっぱり、俺はクラリッサの側に居た方が良いかな~)
日中と言うことと、女子寮の警備体制からクラリッサを一人で残してきたのだが、魔法が使えないとクラリッサは普通の11歳の女の子である。初級の上クラスの冒険者で、剣を使わせてもそこそこの腕前ではあるが、クラリッサを襲ってきた暗殺者と戦うとなると、少し心許ないと子猫は感じていた。
「猫ちゃんどうしたの?」
腕の中でもぞもぞとしている子猫に気付いたリュリュが、不思議そうな顔をする。
『クラリッサのもとにむかいます。リュリュはじゅぎょうにでてください』
子猫はプラカードにそう表示すると、リュリュの腕から飛び降りて走り出した。
「猫ちゃん、待って~」
リュリュも子猫を追いかけて走り出す。
「おいおい、何を慌て取るんじゃ。女子寮の警備は…」
後ろではトビアスが何か叫んでいたが、子猫はそれを無視して女子寮に向かって全力で駆けていくのだった。
◇
昼の間、女子寮の警備は巨人では無く女性兵士が行っている。何故女性兵士が警備をしているかだが、トビアスのカスタマイズした巨人は高性能なのだが、燃費が悪いため昼の間は魔力を補充するためであった。
「あら、猫ちゃんどうしたの?」
「侍女の、えーっと、リュリュちゃんだっけ…は一緒じゃ無いの?」
首輪のタグを確認しながら女性兵士が子猫の頭を撫でる。
「なー」(早く通して~)
女性兵士が扉を開けるのと同時に子猫は寮に飛び込むと、寮の階段を駆け上がってクラリッサの居る部屋に向かった。
何故かクラリッサの居る部屋のドアは開け放たれていた。
(ドアが開けっ放しだと。部屋に不審者が入った警告は無かったはずだが。何があったんだ?)
「うみゃーん」(クラリッサ!)
部屋に飛び込むと、……そこには誰も居なかった。
(あれ? クラリッサは一体何処に行ったんだ…)
子猫は部屋に駆け込んだ姿のまま固まってしまった。
「ひぃ、はぁはぁ…猫ちゃん、リュリュを置いてかないでよ~」
子猫から遅れること数分、リュリュが部屋に駆け込んできた。
「にゃーにゃー」(クラリッサが居ない~)
「? ああ、クラリッサちゃんはジュンコさんの部屋に居るんでしょ」
(そういえば、ジュンコさんが預かるって言ってたっけ)
子猫はその場で腰を抜かしたように座り込んでしまった。
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