猫は少女が大人の階段を上がるのを見る
「な~」(ふぁぁ~)
翌朝、子猫は眠い目をこすりながら食堂に向かう。
子猫は一晩中謝り続けたのだが、結局クラリッサの機嫌は直らず彼女はまだ部屋でふて寝をしていた。
「クラリッサちゃん、大丈夫なの?」
リュリュが心配そうな顔で子猫に尋ねてくるが。
『わかりません…』
としか、子猫には答えることができなかった。
(こんなに長い間機嫌が悪いなんて、今まで無かったからな~)
クラリッサは今まで子猫にあのような態度を取ったことは無かった。子猫が綺麗なお姉さんに囲まれて機嫌を悪くすることは何度かあったが、すぐに機嫌を直してくれた。
しかし今回はまるで機嫌が直る様子がない。子猫の声に全く反応せず、ベッドの上で丸くなったままだった。
「あら、クラリッサさんはどうされたですか?」
「お加減でも悪いのでしょうか?」
子猫とリュリュが食堂に入ると、クラリッサがいないことに気付いた女子生徒達が集まってきた。
『えーっと、クラリッサは、ちょっとたいちょうがわるいのです』
女子生徒達に子猫は無難な説明をプラカードに表示したのだが、
「そうなの。クラリッサちゃん、昨日猫ちゃんが皆に可愛がられたのを見て、気分が悪くなったみたいなの~」
それをぶち壊すかのようにリュリュが喋ってしまった。
「うにゃっにゃ」(ちょっ!リュリュさん)
子猫は慌てるが、言ってしまったことは取り返しがつかない。
リュリュの発言を聞いた女子生徒達は、食堂の一角に集まってがやがやと騒ぎ始めた。
「クラリッサちゃん、独占欲が強いのですわね~」
「私も、お気に入りのお人形をお姉様に取られたとき、同じような事をしましたわ」
「お気に入りのモノを取られるのは、悔しい…そうですわね」
「これは、クラリッサちゃんに謝った方が良いのでしょうか?」
「それが宜しいかもしれません」
「では、今からクラリッサの所に謝りに行きましょう」
女子生徒達は、昨晩の子猫に対する『あ~ん』の件に付いて、クラリッサに謝ることで合意し、食堂から俺達の部屋へ移動しようと下。
「あら、皆さん集まって何を相談されているのですか?」
そこに現れたのは、寮長のジュンコさんだった。
「ジュンコさん、実は…」
女子生徒達とリュリュが、ジュンコさんに昨晩の子猫の状況と、それからのクラリッサの状態を話して聞かせた。
「…なるほど。それは大変なことに。…クラリッサちゃんも子供らしい面もあるのですね」
ジュンコさんはそう言って苦笑する。
普段の態度が余りにも落ち着いており言動も大人びているためは失念していただ、クラリッサはまだ11歳の子供である。この程度の癇癪を起こしても不思議はなかったのだ。
「当事者の貴方達が行っても、クラリッサちゃんが余計意固地になってしまいそうですね。…ここは寮長である私に任せてはいただけませんか?」
ジュンコさんは、連れ添ってクラリッサに謝りに行こうとした女子学生達を押しとどめた。
「「「………」」」
女子学生達は顔を見合わせて、暫く考え込んでいたが、
「ジュンコさん…お願いできますでしょうか」
とジュンコさんにお願いしていた。
「ええ、任せてください。これでも実家の弟や妹の面倒を見たことがありますから」
女子学生達にそう言うと、ジュンコさんは俺達に向き直った。
「リュリュさん、貴方は一緒に来てもらえますか。子猫さんは…」
『ついていったほうがよいのでしょうか?』
プラカードを掲げて子猫はじっとジュンコさんを見つめたが、
「…ついてこない方が良いでしょう」
彼女は首を横に振った。
(まあ、一晩中謝り続けても機嫌が直らなかったからな~)
『ジュンコさん…クラリッサをよろしくお願いします』
子猫はジュンコさんにぺこりと頭を下げる。
「ええ、ちょっと待っててね」
ジュンコさん子猫に手を振って、リュリュと供に食堂を出て行った。
◇
子猫は食堂で皿ミルクをなめながら、ジュンコさんとリュリュが戻ってくるのを待っていたのだが、二人はなかなか戻ってこなかった。
「そろそろ登校の時間ですわね」
「そうですね。名残惜しいですが、登校の準備をしないと駄目ですわね」
「子猫ちゃん、夕方にまた遊びましょうね~」
「なぁ~」(行ってらっしゃい~)
子猫をかまっていた女子生徒が次々と食堂を出て行った。
(そろそろ授業に行かないと不味い時間だな。…ジュンコさんでも駄目だったか)
ジュンコさんとリュリュが戻ってこないということは、クラリッサの機嫌が直っていないのであろう。
子猫は大きく溜め息をつくと、人気の無くなった食堂を出て、部屋に戻ることにした。
(あれれ、部屋の戸が開きっぱなしだな~)
部屋の戸が開いていたので、これ幸いと子猫はそっと部屋の中を覗き込んだ。
部屋の中では、クラリッサとジュンコさん、リュリュの三人が、シーツがはぎ取られたベッドに腰掛けて話し込んでいた。クラリッサの服が制服から大きめのワンピース…恐らくジュンコさんのモノ…に替わっていた。
「こんなの、プルートに知られたら…」
「クラリッサちゃん、これは恥ずかしいことじゃないのよ。女性なら誰もが経験することなのよ」
「リュリュも辛いけど我慢しているよ?」
クラリッサは青い顔で不安そうにジュンコさんを見つめていた。そんなクラリッサをジュンコさんが優しく撫でていた。
(お籠もりから出てきたって事は、機嫌は少しは良くなったのかな?)
「うにゃー?」(クラリッサ?)
子猫は扉の隙間から顔を覗かせてクラリッサに呼びかけた。
「プルート、入ってこないで!」
子猫に気付いたクラリッサは、そう叫ぶと慌ててジュンコさんの背後に隠れた。
「みゃーっ?」(えーっ?)
そんなクラリッサの態度に子猫はショックを受けていた。
「あら、猫ちゃん来ちゃったの?」
「子猫ちゃん、もうちょっと待っていて欲しかったな~」
ショックの余り真っ白になって立ちすくむ子猫を見て、ジュンコさんとリュリュは溜め息をついた。
「にゃにゃ…うみゃーん?」(もしかして…クラリッサは僕のこと嫌いになったの?)
「ち、違うの。プルートのこと嫌いになったりしないの!」
うなだれる子猫に、クラリッサはジュンコさんの背後に隠れたまま焦ったように叫ぶ。彼女は何故かすごく焦っていた。
「にゃーん」(それじゃどういうことなの?)
クラリッサの態度を不審に思い、子猫は部屋に入ろうとした。
「子猫ちゃん、入っちゃ駄目~!」
「猫ちゃん、貴方は入っちゃ駄目よ!」
子猫が部屋に足を踏み入れようとした瞬間、リュリュとジュンコさんからすごい剣幕で駄目出しされてしまった。
「うにゃっ?」(えっ?)
その剣幕に部屋に入ろうとしていた子猫はビクッと足を引っ込めてしまった。
「あのね、クラリッサちゃんは今微妙な時期なの。男性…猫さんには分からないかもしれないけど、近づいて欲しくないのよ」
ジュンコさんが怒った顔で腰に手を当てて俺の前に立ちはだかる。
そんなジュンコさんを子猫は可愛らしい仕草で見上げるが、彼女は通してくれそうに無かった。
(ジュンコさんが怖い。一体何が起きているんだ?)
子猫はクラリッサに何が起きているのか分からず混乱していると、
「猫ちゃん、クラリッサちゃんは大人になったんだよ。しばらくソッとしておいてあげてね~」
リュリュが答えを教えてくれた。
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