猫は、帰り道を警戒する
『閉館しますので、学生は退館してください。閉館しますので、学生は退館してください。…』
警備員&司書代わりの古木巨人が、図書館の閉館を告げて館内を巡回する。普通の巨人は喋ることはできないのだが、トビアスが魔改造した古木巨人は、決まった言葉であれば喋ることができる優れものであった。
「ング……。猫ちゃん本を読み終わったの?」
机に突っ伏して寝ていたリュリュが、古木巨人の声で目を覚まして、目をごしごしとこすっていた。リュリュのほほには机の木目が赤く残り、口には涎の跡がついていた。
(リュリュ…女の子としてそれは駄目だろ~)
『クラリッサ、これでリュリュのかおをふいてください』
子猫はリュリュに心の中で駄目出しして、こっそりとポケットから濡れたタオルを取り出して、クラリッサに渡した。
(本当に、どっちが年上か分からないよな~)
クラリッサがタオルで、リュリュの顔を綺麗にしているのを見て、子猫は溜め息を付いた。
そんな事をしている間に、図書館から人気が無くなり…気が付くとカーゴも居なくなっていた…図書館に残っているのは俺達だけになっていた。
古木巨人に追い出されるようにして俺達は図書館から出て行く。
◇
図書館を出て空を見上げると、太陽はかなり暗くなって、空は茜色に薄ぼんやりと光り始めていた。図書館の周りはただでさえ人通りが少ないのに、夕暮れの時間帯ともなると、正に人っ子一人いない状態であった。
(しまった、本を読むのに熱中しすぎた。これだけ人気が少ないと、昨日と同じように襲撃されるかもしれないぞ)
昨日襲撃があったのに、同じ手口で襲撃してくるとは思えないが、それでも可能性は減らすべきだった。子猫は自分の迂闊さを嘆いたが、後の祭りである。
「遅くなったね~。寮の夕食に間に合うかな~」
決闘騒ぎの間、リュリュは美味しい昼ご飯を食べてお茶とお菓子でもてなされていたのに、彼女は寮の夕飯を楽しみにしているようだった。
今日は色々な出来事があったので、リュリュの頭から昨日弓で狙撃されたことがスッポリと抜け落ちているようだった。
そんな脳天気なリュリュの台詞に子猫はため息を付いて、『それは、いそがないとまにあいませんね~』とプラカードで答えると同時に、
「にゃーにゃーみゃー」(クラリッサ、また襲撃あるかもしれない。警戒していこう)
とクラリッサに周囲の警戒を促した。
「了解」
「クラリッサちゃん、何が『了解』なの?」
不思議そうにするリュリュに「また襲撃されるかもしれない。周囲を警戒すること」とクラリッサが答える。
「あっ、…そうだったね。昨日襲われたんだ…」
襲撃があるかもと言われて、リュリュの顔が引きつる。
「冒険者の頃、お兄ちゃんに『お前は危機感が無い』って良く怒られたよ」
とリュリュは呟いて、彼女は冒険者らしい真剣な顔つきになった。
(よく見ると、こんなメンツじゃ、襲ってくださいと言わんばかりだな~)
クラリッサ(少女)とリュリュ(少女)+子猫というメンバーでは、襲撃者も襲うのを躊躇しないだろう。
(誰か一緒に帰ってくれそうな人、通りかからないかな~。出来れば襲撃犯が襲うのを躊躇しそうな、……そうだ、あの人がいるじゃないか!)
「にゃん」(ちょっと待ってて~)
子猫はそう鳴くと、リュリュの腕から飛び降りて、図書館の建物の女子トイレに駆け込んだ。
「猫ちゃん、何処に行くの~」
子猫を追いかけようとしたリュリュは、察しの良いクラリッサが引き留めてくれた。
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一分ほどして、女子トイレから現れたのは、金髪縦ロールなお嬢様、ドロシーだった。
「あれ、ドロシーちゃん…様がどうしてこんな所に? ドロシー様、うちの子猫ちゃん見かけませんでしたか?」
突然現れたドロシーにリュリュは驚いていた。
「リュリュさん、細かな事は気になさらない方が宜しいですわよ。後、子猫さんは、窓から外に出て行きましたわ」
「そうリュリュは、細かいことを気にしすぎる。プルートなら勝手に寮に帰るから大丈夫」
ドロシーとクラリッサに交互に「気にするなと」言い含められて、その場の雰囲気に流されるようにリュリュはあっけなくドロシーが現れたことに納得してしまった。
このドロシー、もちろん本物ではない。子猫が女子トイレで変身した姿である。今日の決闘騒ぎの際に、ドロシーに変身する為の魔法陣を作ったが、子猫はそれを使用して彼女に変身したのだ。
(ドロシーが一緒にいれば、手を出して来ないだろう)
ドロシーに何かあれば、実家のコーズウェル公爵家が黙ってはいない。クラリッサを狙っている者がどのような奴か分からないが、公爵家に喧嘩を売るほど愚かでは無いだろう。
「クラリッサさん、リュリュさん、陽が完全に暗くなる前に寮に帰りましょう。私が送って差し上げますわ」
「ドロシー、ありがとう」
「何を仰います。クラリッサさんは私の魔法の先生です。これぐらい当然ですわ」
ドロシーは、本人が言いそうなことをリュリュに聞かせるために喋る。
「ドロシーちゃん…様が一緒なら安心かな?」
そう言って、リュリュはドロシーの手を握ってくるのだった。
◇
(…ん? 人の気配が。…まさか襲撃犯が?)
図書館からしばらく街路を進みもう少しで人気のある街路に辿り着こうという所で、ドロシーは右手前の建物の植木の影に人の気配を感じとった。
「誰?」
クラリッサもその気配に気付いたのか、誰何の声を上げる。リュリュは怖いのか、ドロシーの腕にしがみついてきた。
(ちょっ、リュリュ! それじゃ邪魔になるから)
ぐいぐい胸を腕に押しつけてくる。腕の感触は嬉しいが、これではいざという時、行動が制限されてしまう。
「リュリュさん、少し離れてください」
ドロシーはそう言って、リュリュを後ろに追いやり、右手に杖を取り出していつでも魔法を唱えられるように体勢を整えた。そしてもし矢が飛んできたら切り払うために、ローブに隠れた背中の魔法の手にはポケットから取り出した小太刀を握らせていた。
「誰ですの、隠れていないで出ていらっしゃい!」
ドロシーが誰何の声を上げると、「ドロシー様がなぜ?」と小さく呟く声が聞こえ、直ぐに「ざざざっ」と茂みを掻き分ける音を立てて、人影が逃げ去っていく。
「待って」
クラリッサが追いかけようとしたが、「クラリッサ…さん、追っては駄目!」とドロシーはクラリッサを引き留めた。
「…捕まえられたのに」
引き留められてクラリッサは不満そうだったが、
「クラリッサさん、一人で追いかけては危険です。もし仲間がいたらどうするのですか?」
とドロシーが言うと、「あぁ」と納得してくれた。
(リュリュがしがみついてなきゃ、一緒に追いかけたんだけど…この姿で追いかけたら不味いよな。…しかし、逃げていった奴は何者だったんだ? 昨日狙撃してきた奴とは別人だよな~)
昨日、クラリッサを狙撃してきた奴は、遙か彼方から姿も見せずに、矢を放ってきた。しかし今回、待ち伏せ(?)をしていた奴は、近づいただけで俺やクラリッサに気配で居場所が分かるレベルの…素人に毛が生えたレベルだった。つまりこの狙撃犯と待ち伏せしていた奴は別人だと俺は考えた。
「とにかく、こんな所で立ち止まらず寮に帰りましょう」
ドロシーはそうかけ声をかけて、街路を進み始めた。
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