エピローグ
扉を開けて教室の中に入ると、ざわついていた生徒たちが急に静かになる。時刻は朝のHRが始まる五分前。クラスのほぼ全員がそろっている。気にせずに自分の席へ向かう。クラスメイトたちは俺を見ながら、おそらく昨日のことをひそひそ囁きあっているのだろう。
「高上―!」
椅子に座ると、突然背後から乱暴に首へ腕が巻きついてきた。誰だと思いながら後ろを見ると、それは草田だった。
「昨日何があったんだよ? なあ、教えろよー」
「いいから、まず腕を離せ」
俺は背中に走った痛みに、顔をしかめる。昨日バーイットの攻撃で受けた傷は、医者の話によるとあと一センチ深ければ脊髄を傷つけてしまうほどだった。そんな大怪我をした次の日に登校して来れたのは、朝日先生と同じ魔法使いの人の治癒魔法のおかげだ。その女性は、なんと穂高学園の保険医らしい。
しかし治癒魔法といっても、これほどの深手を完治させるのは無理なようだった。でもそのおかげで、傷は数十針縫うだけで入院しなくてもよかったのだから、ありがたい。入学して数日でそんなことになるのは御免だ。
「僕も聞きたいな、昨日のこと」
「そうだよ、教えてよー」
いつの間にか横に立っていた、雪と内藤がそう言ってくる。
「そんなに聞きたいなら、夕日に頼めよ」
ちょうど教室へ入ってくる夕日を見つけた俺は言った。
「そうだね。そうする」
俺の言葉にあっさりと頷いた雪は、夕日の元へと向かう。
「ほら。お前らも行けよ」
「いいから、教えろって!」
草田が本気で俺にヘッドロックを決める。その時ちょうど朝日先生が入ってきたので、頭が解放されて助かった。
その後は休み時間になると、俺と夕日は大勢の人間に昨日の出来事について質問された。わざわざ別のクラスからやってくる奴もいたほどだ。
驚いたことに、夕日が質問にちゃんと答えていた。それは仕方がないことで、下手に黙っていると面倒な事態になりかねないので、坂崎さんたちと相談して、質問されたときはどう答えるか決めている。
「この前ゲーセンで女の子に絡んでた男達を夕日と雪が追い払ったことがあって、それに逆上したそいつらが俺たちを誘拐したんだ。それでアジトみたいな場所に連れて行かれたんだけど、そこにちょうど前から目をつけていた警察がやって来たってわけ」
かなり無理矢理な説明かもしれないが、これでなんとかごまかせた。それに魔法や銃のことを除けば嘘は言っていない。
昼休みになると、夕日が俺の席へと近づいてきた。
「……一緒に来てくれる?」
夕日は無表情でそう言った。俺は意味ありげな視線を向けてくる草田と内藤を無視して、無言で立ち上がる。
「で、今日も売店へ行くのか?」
「その前に……あの子、ちひろのクラスはどこなの?」
「ちひろ?」
意外な人物の名前が出て、俺は驚く。何故ちひろなのかという質問はせず、とりあえず彼女のクラスまで案内する。すると、ちょうど中から例の三人組が出て来た。夕日の姿を見た三人は、一斉に顔を強張らせる。
「な、なんなの。私たちは、もうあの子に何もしないわよ!」
「……あなたたちに用は無いわ。ちひろはいるの?」
「中にいるわよ……」
彼女たちはそそくさと去って行く。
「じゃあ、ちひろを呼んで」
何で俺がと思い夕日を見ると、きつい目で睨まれた。しかしその瞳は怒っているという感じではなく、なぜだか追い詰められているように見えた。
「……わかった。あの、ちひろさん」
「はっ、はいっ!」
声をかけると、ちひろは驚いた様子で椅子からぴょこんと立ち上がってこちらへ歩いてくる。
「どうしたんですか渡さん? それに夕日さんも?」
「……昼食はまだよね?」
「はい、まだですけど……」
「私がおごるから、一緒に食べましょう」
夕日はそう言うと、ちひろの返事も聞かずに歩き出した。
「えっ……あの……」
「とりあえず、ついて来てください……俺も何なのかわからないんですけどね……」
夕日が向かったのは、やはり売店だった。食べ物と飲み物を買ったあとやって来たのも、前と同じ目立たない場所にある花壇だ。
「すごかったです! 売店のモーセって、夕日さんのことだったんですね!」
「最初に見たときは、俺も驚いたよ……」
「でも、夕日さん、本当にお金はいいんですか?」
「ええ」
「でも、どうして私に?」
夕日はその質問には答えず、サンドイッチの袋を開けて食べ始める。
「……とりあえず、ちひろさんも食べて……」
ちひろは戸惑いながらも食事を始める。夕日と同じサンドイッチだ。俺もパンを食べる。今回は自分で金を払った。
「……」「……」「……ちひろさんはどんな本が好きなんだ?」
沈黙に耐え切れず、俺は話しかける。なぜちひろなのかというと、夕日は答えてくれないだろうからだ。
「私ですか? そうですね……やっぱり小説なんですけど、児童文学とか、あと絵本でも大人が読んでも十分面白いものとかがあって……」
どうやら、ちひろは他人と話すのは苦手でも、自分の好きなことを話すのは得意のようだった。これなら気まずくなることは無いだろう。
「……ちひろ、これ……」
しばらくして食事を終えた夕日は、おもむろに何かを取り出してちひろに差し出した。それはボロボロになった一冊の文庫本だった。
「……ごめんなさい。せっかくもらったのに、こんなにしちゃって……」
どうやら、夕日が昨日ちひろからもらった本のようだ。そういえばバーイットに反撃される前に、夕日がこれを濡れた鞄から取り出していたのを思い出した。
「ちひろさん、許してやってくれ。昨日いろいろあって、夕日も悪気があったわけじゃないんだ」
昨日夕日はこの本がボロボロになっているのを見て、泣きそうな顔になっていた。今も本を持って差し出している腕は微かに震えているし、その瞳もまるで怒られるのを待っている子供のように怯えている。
「そんな……許すも何も、それは私がお礼にあげたものですし。あっ! そういえば夕日さんたちって、昨日怖い人たちにさらわれたって……大丈夫だったんですか?」
「私は大丈夫だったけど……本が駄目になって……」
「本なんかどうだっていいんです! それより、怪我は無いんですね。ああ、よかった」
「怒らないの……?」
「怒りませんよ。友達じゃないですか」
ちひろの言葉に夕日は文庫本を胸に抱いて目を瞬かせる。
「私たちは、友達なの……?」
「はい、もちろんです!」
ちひろは夕日の手を握る。夕日は驚いた顔になるが、にこにこ笑うちひろと見つめ合っていると唇が綻び、今まで見たことが無いやわらかい笑顔を浮かべた。
その時、次の授業の予鈴が鳴った。
「まずいな。ここは教室から遠いから、急がないと間に合わないかもしれないな」
「そ、そうですね。行きましょう、夕日さん」
ちひろは夕日の手を持ったまま走り出す。手をつないで走る二人の姿は、本当に仲の良い友達同士に見えた。
「友達はいらないんじゃなかったのか?」
ちひろのクラスの前で彼女と別れ、俺たちは自分のクラスへと廊下を歩いている。その途中で夕日にそう聞いてみると、きつい目で睨まれた。
「……向こうの学校、魔法学院の生徒は嫌な人ばかりなのよ」
何の話かと思ったが、夕日が自分から向こうの世界での事を話すのは初めてなので、黙って聞くことにする。
「向こうでは他人を蹴落とすのが当たり前で、弱みを見せればすぐにそこにつけ込まれる。なのに、やけにグループを作りたがって、グループ同士で抗争したり……私はそういうのは馬鹿らしいと思ったから、どのグループにも入らなかったんだけど、それが気に入らない人もいるのよね。そのうち私は孤立して……まあ、嫌がらせみたいなことをされたわ」
朝日先生から夕日はいじめられていて泣いていたことを聞いていたが、他人に知られたくは無いことだろうから俺は言わないでおく。
「それじゃあ、友達はできなかったろうな」
「できなかったんじゃなくて、作らなかったのよ。でも、別にそんな人ばかりじゃなかったのよね……」
「どういうことだ?」
「私が嫌がらせを受けているとき、助けてくれようとしてくれた人がいたの。でもその時は善意じゃなくて、それを恩に着せて何か言ってくるんじゃないかとか思って、放っておいてって言ってしまったわ……でもその人はそれから何度も私に話しかけてきて、うっとうしいって思ってたけど、今思えば友達になれたんじゃないかなって……」
「今からでも遅くないだろ」
「でも、ずっと無視してたし、ひどいことも言ったわ……」
「大丈夫だって。電話で話してみろよ……って、無理なのか。じゃあ、手紙でも出したらどうだ?」
「……そうね。そうしてみようかしら……」
その時、授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
「やばい、始まった」
「急ぐわよ!」
夕日が廊下を走り出す。俺もその背中を追って走る。
「渡。今日の放課後空いてる?」
「空いてるけど、それがどうした?」
「だったら、付き合ってくれるわよね?」
「どこに?」
「ゲームセンターよ。次こそ雪に勝つんだから!」
夕日は走りながら、振り向く。その表情は、ドキッとするほど楽しそうで可愛い笑顔だ。
俺は顔が赤くなるのを自覚して、不必要なほど大声を出す。
「ああ、付き合ってやるよ! でも本当に勝てるんだろうな?」
夕日の笑顔がさらに深くなる。
「もちろんよ!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
書く前はなかなかいいのできるんじゃないかと思ってたら、書き上げるとそのクォリティに崩れ落ちました。
某新人賞に送りましたが、一次すら通らず……ライトノベルって難しい。
おかげでこれよりか上の作品を目指す、という目標はできましたが、それができているかというと……




