表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

やっと、みつけたよ

作者: 衛狸庵

 下らない、何もかもが下らない。

 努力だ?

 はっ、そんなもん、虚しいだけだ。

 色々な物を犠牲にして苦しんだ挙句の、報われない努力。

 結果の出せない努力なんて、なんの役にも立たない。

 俺は頑張った積りだった。

 中学、高校と、常に成績はトップクラス。

 俺は努力した。

 一生懸命勉強した。

 だから、一流大学でさえ、安全圏だった……

 はっ、なのに、そんな俺が結局は浪人だ。

 馬鹿馬鹿しい……そうさ、馬鹿馬鹿しい詰まらないミスだった……

 その上、馬鹿馬鹿しい俺のプライドが、滑り止めを受けさせてはいなかった。

 でも、滑り止めを受けていたとして、滑り止めの大学に合格したとして、それで、俺は、満足、だったのか?

 そんな事、俺のプライドが許す訳が無い。

 結局、今の気分と何の変わりは無いだろうな。

 敗北感に打ち拉がれて、落ち込んだ日々を送っていた俺に、親父の言った言葉が「見損なった……」だ。

 ああ、もう、何もかもが嫌になった。

 全てに脱力した俺は、予備校にも行かず部屋に引き篭もっていたが、煙草が切れたので、雨の中、気は進まなかったが近くのコンビにまで行く事にした。

 まだ未成年の俺が、煙草を吸う事は法律で禁じられてはいるが、何となく、反社会的な事がしてみたくて吸い始めた。

 幼稚な考えだとは思うが、今の俺は全ての物に反発したかった。

「なんだ?……」

 コンビニへ行く途中の公園で、一人の少女が雨の中、傘も差さずに立っていた。

「なにしてんだ?……まぁ、どうでも良いけど」

 そう言えば、この公園、子供の時良く遊んだな……はっ、そんな事さえ、今は下らなく思える。

 俺は、少女を横目で見ながら通り過ぎ、少し心に引っかかる物があったがコンビニへと向った。

 店内に入り、目当ての煙草を見つけて番号を見る。

「百二十三番……」

「へっ?」

「……煙草……」

「あっ……四百二十円っす……未成年?」

「……ちがうよ……」

「そっ」

 なんだ、この野朗……それがお客様に対する態度か?

 たかがコンビニのバイトの癖に……

 まあ良い……言った所で始まらない。

 頭の悪い奴等に何を言っても通じないもんだ。

 俺は、お前とは違うんだ。

 そうさ、俺が態々アルバイト如きに接客教育をする必要も無い。

 こんな奴、一生、社会の底辺を這いずってりゃいいんだ。

 俺は、雨だけでも鬱陶しいのに、更に不快感を膨らませて帰り道に付いた。

 あれ?……

「あの子、まだいる」

 なんか地味な感じの子だな。

 前髪を二つに分けて、そのままストレートに流している長い黒髪。

 おでこ、広!

 年の頃は……中学生かな?

 着ているのは……まさか、パジャマか?

「えっ!」

 何でだよ!

 あの子、ずっと雨の中に立っていたはずなのに……濡れていない……

 いや、濡れている様には見えないが正解か。

 結構、降っているから、十分も立ってりゃ、びしょ濡れに成っているはずなのに……

 なんだろう?この不思議な感覚……

 彼女が仄かに光って見える気がする。

 俺は、ほっときゃ良い物を、少女が気に掛かり公園の中に入って行った。

 雨の降る児童公園には、俺達の他には誰も居ない。

 俺は、彼女の右側から近付いて行って、

「おい、何してんだよ」と、声を掛けた。

「え?」

 ただ、ぼーと立っていた少女が俺に気付いて振向いた。

 あっ、可愛い……

「あ、あのさ……雨降ってるよ……」

 アホか!そんな事、言われんでも分かるわい!

 なんちゅう、間の抜けた台詞だ!

「うん……」

 不思議だ……

 静かに頷く少女は、儚いまでに存在感が無く、色白で華奢な体が、今にも消えてしまいそうだった。

 そして、何よりも、俺の見間違いでは無く、彼女は雨に濡れてはいなかった。

 長い髪の毛は、さらさらとした感じで揺れていて、パジャマも濡れたいる様子は無かった。

「あ……」

 やってもたぁ……これって、もしかして、所謂、その、世間で言う、詰まり、なんだ……幽霊?

 口に出すのも恥かしい非常識な言葉だが、現在、俺の目の前にいる少女にピッタリ適合した言葉だった。

 えっと、落ち着けよ……落ち着けよ……俺は、誰からも怨まれてなかったよな。

 えっと、幽霊と喋っただけで、取り殺されるって事は無いよな。

 ……てっ、なに馬鹿な事考えてんだよ!

 ゆ、ゆ、ゆう、幽霊だなんて、居る訳無いじゃないか!

 ……でも、目の前のこの子は……確実に居る。

 詰まり、幽霊は居ないが、この子は幽霊以外の、幽霊の様な存在で……

 あほか!現実逃避するな!

「あの……」

「はっ、はい!」

「お兄ちゃん、誰?」

「あっ、はい、私は、川崎智彦と言いまして、年は十八で、男です!」

 だあぁぁぁ!なに幽霊に自己紹介してんだよ!

 落ち着け、落ち着け、落ち着け……

「どこかで、会った事……」

「ない!ない!ない!ない!ない!」

 あっ……あ、頭、思いっきり、ふ、振ったら、くらっと来た……

 幽霊に、知り合いはございませんから。

 でも、ひょっとして、この子が生きている時に会った事が有るのかな?

「君は、その、名前は?」

「えっ?……私……」

 なんだよ、なに考えてんだ?

 名前ぐらい、すっと言えよ。

 あっ、もしかして、不審者かなんかと思ってんじゃねえだろうな……

「名前は……葵……」

「名字は?」

「……わかんない……」

 はあ?

「分からないって、どう言う事?」

「……」

 なんか、困ってる様に見えるけど……

 取り合えず、害は無さそうだな。

 うむ、恐怖心が消えると、面倒臭くなって来たな。

 確かに好奇心は沸くが、果たして幽霊に関わっても良いものか……

 学校では、習わなかったな……詰まり、関わらない方が無難である。

「じゃ、早く帰れよ」てっ、帰る所、有るのか?

 まぁ、幽霊なんだし大丈夫だろう……たぶん……

 ……おい……付いて来てるよ……

 家に帰りかけた俺は、彼女の気配を背中で感じ、公園の出口で振向いて、

「あ、あの、何か用かな?」と、穏やかに尋ねた。

「……」

 彼女は、黙って俯いている。

「えぇっと……」

 女の子を困らせる積りは無いが、俺は、フェミニストでも無い。

「用が無いなら、付いて来るなよ」

 俺は、そう言い捨てて再び家路に着いた。

 が、再び俺の背中に彼女の気配を感じた。

「うっ……」

 もしかして、取り付かれた?

 とは言え、何をすると言う訳でもなし……

 ああ、もういい、無視無視。

 俺は彼女を無視して、雨の中を歩き続けた。

---◇---

 無視する事は、時には、いや、多くの場合、此方の意に反して、相手に誤解を与える事と成る。

 俺が無視し続けた結果、彼女は俺の家の前まで付いて来てしまった。

「あのな……」

 なんか、腹が立って来た……

「おい!なんの積りだよ!」

 俺が振向いて怒鳴り付けると、彼女は驚いて大きな目を更に大きく開いた。

「お前な!何処まで付いて来る気なんだよ!」

「……ふぇ……」

「あっ、ちょっと……」

「ぐすっ、ひっく……」

 なんで、幽霊が泣くんだよ!

 泣きたいのは、こっちだ!

「あ、ごめんね……あのさ、そんな、積りじゃ無いんだよ……」

 なんなんだよ!

 なんで俺が、幽霊のご機嫌取らなきゃいけないんだよ!

「泣かないで、ねっ、ねっ、もう、怒鳴らないから、ねっ」

「……うん」

 ああ、情けねぇ……

 てっ……やばい、近所のオバはんが見てる……

 こんな所見られたら、完全に俺が悪者じゃないか……

「ははは、どうもう……」

「あら、ほほほ、どうも……」

「あの、これはですね……」

 なんで説明するんだよ!

 いや、待て、なんて説明したらいいんだ?

 やばい、思い付かない……

「智彦君、元気になったの?最近は外には出ないって聞いていて……」

「あっ、別に、大丈夫ですよ……なんともありませんから……」

 くそ、どうせ、受験に失敗した事を笑ってんだろ!

 お前んとこの息子は高卒だしな。

 あっ、そうだ、こいつを、あのオバはんに押し付けて……

「あの、すみませんけど、この子、誰だか知りませんか?」

「えっ?」

「なんか、迷子みたいで……」幽霊に迷子ってあるのか?

「……」

 なんだよ、その哀れんだ目は?

「あのね、智彦君……」

「えっ?」

「気をしっかり持ってね……」

「はぁ……」

「そうよ、たった一度、受験に失敗したからって、そんなに思い詰めちゃ駄目……」

「はあぁ?」

「来年があるんですもの、思い詰めちゃ駄目よ」

「あの、なんの事……」

「じゃぁ、頑張ってねえぇぇ……」

 てっ、おい!

 なんで逃げるみたいに、走って行くんだよ!

 ……まてよ、もしかして……良くあるパターンだけど、彼女の姿、俺にしか見えて無いのか?

 あっ……

 だあぁぁ!なんちゅう事や!

 それじゃ、俺が一人で喋って、何も無い空間に向かって『この子』何て言った事になるじゃないか!

 ……ああ、終わりだ……

 きっと、明日には、近所の噂になってるな。

『川崎さんちの智彦君、受験に失敗して、ノイローゼ気味なんですって』なんて……

「あの、お兄ちゃん……」

「……ああ……」

「どうか、したの?」

「……ははは、なんでも無いよ、なんでも……」

「あっ、お兄ちゃん……」

「ははは、何でもないさぁ……何でもないさぁ……」

 俺は、無気力な脱力感と共に玄関に入り、自分の部屋へと重い足を引き摺って向った。

 ああ、俺は社会的に二度死んだ……

 ははは、もうどうでも良いや、もう怖いもんなんかねえぞ!

 たとえ幽霊でも……

 はっ!殺すんなら殺せ!殺してくれ!

 結局、俺の部屋まで付いて来たのね。

 俺は部屋に入り、別に何をする訳でも無く習慣的にパソコンの電源を入れて、煙草を咥えて火を点ける。

「ふぅ……」

 吸い始めて一月ぐらいか……やめるんなら今のうちだな……でも、もうどうでも良いや……

「あのさ、なんで付いて来たんだ?」

「……」

 椅子に座っている俺の前で、彼女は、只じっと立っていた。

「言いたくないのか?」

「そうじゃないの」

「だったら……」

「分からないの……」

「えっ?」

「分からないの、ぐすっ……」

「あっ……」

 もう、泣き虫さんだなあぁ……なんて、余裕はねえよ!

「あの、ごめん、その、分からないなら、無理に喋らなくてもいいから、ねっ、ねっ、泣かないで、ねっ」

 ああ、なに子守やってんだよ、情け無い。

 でも、しょうがないだろ、こんな可愛い子に泣かれてみろ、誰だって、構ってやりたくなるだろうが……

「あのさ、葵ちゃん、だっけ……」

「……うん」

「あの、葵ちゃんは、幽霊だよね?」

「えっ?」

「その、死んだ……んだよね?」

「……私、死んだの?」

「さあ、どうでしょう……」って、俺が聞きいてんだ!

「死んだから、今、幽霊になってるんだよね」

「そうなの?」

「うむうぅ……」

 考えて見れば、死ぬ時って『死ぬ』って、自覚して死ぬものなのか?

 事故や病気で急死した人って「これから、死ぬんだ」なんた、自覚出来ないだろ?

 そうか、葵ちゃんも、死ぬ事が自覚出来ない状況で死んだのかも……

 そかだ、きっとそうだ、だから、この世に未練があって、幽霊になったんだ。

「葵ちゃん……」

「なに?」

「ほら……」

 葵ちゃんの頭を撫でる様に差し出した俺の手は、葵ちゃんの広いおでこと重なった。

「あっ……」

 どうやら、やっと葵ちゃんは、自分の存在を理解したらしいな。

 でも、手が体をすり抜けるって、あまり気持ちの良い物では無いな……

 それに……くそっ、触れ無いではないか……

 いや、裸になれば、おかずには成る……

 だあぁぁぁ!なに考えてんだよ!

 こんな、純真そうな少女を見て、俺は何て下品な事を考えているんだよ!

 葵ちゃんは、まだ中学生ぐらいなんだぞ!

 きっと、まだ、なんの汚れも知らない葵ちゃんに対して、俺は何て低俗な事を想像したんだ!

 ……ああ、そうさ、溜まってんだよ……ストレスが……受験に失敗してからのストレスが……

 ある意味、よかったよ……葵ちゃんが幽霊で……

 だって、こんな可愛い子を目の前にして、俺は最後まで紳士で居られる自身なんてねえぞ!

 ははは、笑えよ!

 そうさ、今気付いたよ。

 俺はロリコンだ!

 ははは、笑うがいいさ!

 どうせ、怖いものなど、何も無いんだからな!

 俺はロリコンだったんだあぁぁ!

「あのう……」

「はい、なんでしょ」

 ははは、開き直ると意外と楽なもんだな。

「私、なんで死んだのかな?」

「……」

「なんで、幽霊なんかになったのかな……」

「葵ちゃん……」

「なんで……なんで……」

 俺は、つくづく自分の無力さを思い知らされた。

 目の前で女の子が泣いているのに、何もしてやれない……何も出来ない……

「ごめん……俺……」

「……ぐすっ、ううん、ごめんね、ひっくっ、私こそ……お兄ちゃん、困らせて……」

 うっ……見てられないよ……くそっ、女の子が泣いている姿なんて、見てられないよ……

「よし、分かった!」

「えっ?」

「俺が成仏させてやる」

「成仏?」

「えぇと、死んだら成仏して、あの世に行くもんなんだよ」

「そうなの?」

「そう、この世に恨みや未練を残して死んだら、成仏出来ずに幽霊になるんだよ」

「そうなんだ」

 聊か、世間的に聞きかじっただけのソースで、結論付けるのは心元無いが、たぶんそうだろう。

「だから、何か無いかな、やりたい事とか、して欲しい事とか……」

「やりたい事?して欲しい事?」

「うん」

 考えている葵ちゃんを見ていると、今までの憂鬱な気分が薄らいで行くのを感じた。

 妹って、こんな感じなのかな?

 一人っ子の俺には想像付かないけど。

 受験に失敗してから、糞面白く無い事ばかり続きやがる。

 だけど、可愛い女の子と話をしている時って、たとえ幽霊であっても、楽しいものだな。

 ふふふ……はっ!今更!

 ロリコンの分際で、なに言ってんだ!

 ははは、ようし、こうなったら、とことん付き合ってやる。

「何か思い浮かぶ事は無いかな?」

「……うん……」

「そうか……」

「ごめんね……」

「いいよ、別に謝らなくても」

 記憶が無いのか。

 辛うじて〝葵〟と、言う名前だけは覚えていたんだ。

 いや、それさえも、本人の名前かどうか確かめる術も無いけど。

 記憶が無いって、不安なんだろうな、可哀そうに……

 自分が死んだ事も自覚が無いんだ。

 仕方が無いさ……

 どんな死に方をしたのかは想像も付かないけど、死ぬって大変な事だよな……たぶん。

 その大変な事を、まだ中学生くらいの葵ちゃんが経験した……

 記憶が欠落しても仕方が無いよな。

「葵ちゃん」

「なぁに?」うっ、可愛えぇぇ!

 小首を傾げて上目使いで見られたら……

 ああ、なんだ?この込み上げて来る物は……

 これが、ロリコンと言う者の習性なのか?

「あ、あの、好きな食べ物とか思い出さない?」

「好きな、食べ物……」

「うん」

「……あっ、たこ焼き!」

「たこやき?……」

 何で、たこ焼きなんだ?もっと良い物があるだろうが。

 例えば、ケンタッキーとか……いや、それも変だろ……

 情け無い……

 俺の発想は、こんなにも貧困だったのか!

 そんなにも、食生活が貧しかったのか!

 松坂牛とか、大間で獲れた黒マグロの大トロとか、利尻の昆布……違う!ウニとか!

 なんで、それが直ぐに思い浮かばないんだよ!

「ははは、たこ焼きか……」

「うん」笑顔が、可愛えぇなぁ……

 たこ焼きを食っただけで、成仏するとは思えんが……

 まぁ、決め付けはいかんが、一つの情報として保留しておこう。

 でも、いいぞ。

 そうやって、一つづつでも思い出して行けば良い。

「学校は何処に行ってたの?」

「学校?」

「うん」

「……」駄目か……

「じゃ、友達は?」

「……」

「そうか、思い出さないか……」

 困ったぞ……

 日頃から、女の子との会話なんて慣れていないんだから、会話が続かない……

 甘かったかな?

 話しているうちに記憶が戻るかと思ったが、俺の方が会話のネタが思い付かねぇ!

 どうしよう?

 どうしようもないか……いや、待てよ。

「ねえ、葵ちゃんはどうして、あの公園に居たの?」

「あの公園?」

「そう、葵ちゃんが居た公園」

「……」

「はぁ、それも分からないか」

「……遊びたかった」

「えっ?」

「何となく、そんな感じがするの」

「公園で?遊びたかったの?」

「うん、そんな気がするの」

 うっしゃあぁ!一歩前進だ!

「いいよ、それで、そんな感じで思い出して行こうね」

「うん」

「智彦、ご飯よう」

 ちっ……これからだって言う時に……くそっ……

「智彦、聞こえたぁ」

「うるせえぇな!聞こえたっ!」

「ふぇ……」

「あっ!ごめん!驚かして、ごめん!」

 ああ、面倒臭えぇ!何だよ、女って……

「ごめんね、葵ちゃん、驚かせて」

「ううん……」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫……」

 ああ、厄介……女の子の取り扱い説明書なんての無いのか?

「でも……」

「えっ?」

「どうして、お兄ちゃん、急に怒ったの?」

「えっ?」

 あれ?何で俺、怒ったんだろう?

 確かに、話に水を差されたタイミングではあったが、何も怒る事は無いよな。

 母さんが、夕飯に呼んでくれただけだよな……

「そうだね、何で怒ったんだろうね」

「分からないの?」

「……うん、分からない……」

 いや、何となく分かってる。

 辛いんだ……たぶん……

 こんな俺に、母さんは以前と変わらずに接してくれている。

 親父は完全に俺の事を馬鹿にしてるけど、母さんは……

 だから、だから、余計に辛いんだ……母さんと普通に話をする事が……

 何時も何時も苛々して、俺は理由も無く、そんな辛い思いを母さんにぶつけてた。

 ごめん、八つ当たりだって事は分かってるけど……

 今の俺って、どうしようも無いんだ……ごめん……

「あ、俺、飯、食って来るわ」

「うん」

 俺が下に下りると、母さんは気を利かせたのか台所にはいなかった。

 親父は午後十時を過ぎないと帰っては来ない。

 俺って、最近は一人で飯食ってるなぁ。

 引き篭もりが進むと、母さんに部屋の前まで食事を運ばせる事になるんだろうなぁ。

 あ、でも、長く引き篭もっている奴等って、トイレとかどうしてるんだろう?j

 まさかのペットボトル?

 俺は、其処まで重症じゃないけど……

 うむ、引き篭もり初心者の俺としては、まだまだ開拓の余地があるな……って、一生引き篭もる気かよ!

 くそっ!

「あっ……」葵ちゃんが見ている。

「えっと、食べる?」

「えっ?良いの?」

「うん、良いけど、食べられるかな?」

 俺は、豚の生姜焼きを、箸で一つ抓み葵ちゃんに差し出すと、

「あ~ん……」と、小さな口を開けて葵ちゃんが待っていた。

 あぁ……可愛いお口、ぺろぺろ……

 くっ、くそっ!いかん、病気が進行している……だめだ、ロリコンが悪化している……

「あっ……」

 やっぱり駄目か、噛む事が出来ないみたいだな。

「駄目みたいだね……」

「そうだね……」

 馬鹿か、俺は……そんな事、簡単に想像出来ただろうが!

 なのに、結局は葵ちゃんを悲しませる事になって……

 くそっ!

「ごめん……余計な事言っちゃって……」

「ううん、そんな事無いよ……」

 俺は、気まずい空気の中、情け無い気分で食事を終えて、再び自分の部屋へと戻って行った。

「さっきの続きだけど」

「うん」

「公園で遊びたかったって」

「たぶん、そうだと思うの」

「あの公園で?」

「どうかしら?気が付いたら、あそこに立っていたから」

「そうか……」

 でも、なんの意味も無い場所に、幽霊が現れる訳無いよな。

 葵ちゃんに取って、あの公園は何か意味があるのかな?

「あの公園で遊んだ事があるの?」

「……ううん、覚えていない……」

「うぅむ、そっかぁ……」

 手詰まりかぁ……

 辛いものだな、女の子が悲しい顔をしているのを、見ている事しか出来ないって……

 ええぇい!外に出るのは嫌だけど、此処でうだうだ考えていてもしょうがない!

 実行だ!

「よしっ!行くぞ!」

「えっ?行くって?」

「公園だよ、公園」

「公園?」

「そう、手掛かりが〝公園で遊ぶ〟しか無い以上、公園で遊ぶしかないじゃないか」

「お兄ちゃん……」

「さっきの公園に行くぞ」

「うん!」

 あぁ、いい笑顔だ……病気がこじれて来たっす……

---◇---

 葵ちゃんは、俺の肩の高さに浮かびながら、公園へと向う俺の後に付いて来た。

 パジャマ姿は可愛いけど、なんかシュールだな……

 幽霊って普通、白装束とかじゃねぇのか?

「さて……何して遊ぶかな……」

 公園に着いた俺は、取り合えず、他に人が居ない事を確認して、遊具を見渡した。

「何が良い?」

「そうね……ブランコ!」

 ははは、やっぱ子供だな。

 あんなに喜んでる……

 あっ、もしかして中学生じゃ無いのかな?

 まさかの小学生?

 やばいぞ……それだと、重症じゃねえか……

 そう言えば、幼稚園児に欲情するロリコンも居るとか……

 ああ、ロリコンやめますか?i人間やめますか?……

「ねえ、お兄ちゃん」

「はい、なんでしょう」悟られるな、悟られるな……

「私、出来ないの……」

「あっ……」

 ブランコにちょこんと座っている様には見えるが、幽霊の葵ちゃんには、ブランコは揺らせない。

 うう、どうしよう?背中を押す事も出来ないし……そうだ!

「じゃ、俺がブランコを揺らしてやるよ」

 俺がブランコの鎖を持って揺らすと、

「あっ……」葵ちゃんを残して、ブランコだけが揺れた。

「ううう……」空中に浮いたままの葵ちゃんの顔が曇った。

「あっ!ほら、じゃ、滑り台は?」

 俺の指差す先を見て、

「うん……」と、葵ちゃんは頷いた。

 そして葵ちゃんは、ふわっと、浮いて飛んで行き、滑り台の上に立った。

「どうしたの?」

 滑り台の上に立ったまま動かない葵ちゃんに声を掛けると、

「ううん、なんでもない……」と、葵ちゃんは寂しそうに首を振った。

 そして葵ちゃんは座り、滑り台に沿って、すっと滑り……滑ってねぇ!

 明らかに、滑ってねぇ!

 ……だよな……重さが無いから滑れねぇよな……虚しい……

 滑る事を楽しむはずの滑り台で、ただ浮きながら降りるだけ……虚しい……

「ねぇ」

「えっ?」

「お兄ちゃんも一緒に滑ろ!」

「えっ?俺も?」

「うん、早く!」

 あっ……良い笑顔だな……

 この年で滑り台なんて恥かしいけど……ご一緒させていただきます!

「よし、行くぞ!」

「うん!」

「それぇ!」

「はははは」

 なんか久しぶりだな……ははは、結構楽しいや。

「もう一回ね!」

「おお!」

 子供の頃、近所の友達と一緒に遊んだ公園。

 この年になって見てみると、随分と小さかったんだな。

 あの頃は、鬼ごっごなんかして走り回って、結構広いと思っていたのに。

「ねぇ、お兄ちゃん、楽しい?」

「うん、楽しい」って、俺が楽しんで、どうすんじゃい!

「あの、葵ちゃんは楽しめたかな?」

「うん!楽しかったよ!お兄ちゃんと一緒だったから」

 嗚呼……拗れてる、拗れてる……ロリコンが拗れてる……

 眩しい笑顔を見る事が、こんなにも辛い事だなんて……

 こんなにも、心を締め付けるだなんて……

「おい……智彦か?」

「えっ?」

 何だよ……そんな、親父……今、帰りかよ……

「こんな所で何をしているんだ」

「別に……」こっちに来んなよ!

「勉強もしないで……」

「ほっとけよ!」

「……ふっ、本当に情け無い奴だな……」

 はいはい、そうですよ……

「引き篭もって居たかと思えば、こんな時間に公園で遊んでいるなんて……何を考えて居るんだ」

 ふんっ、お前には関係ねぇよ……

「いい加減にしろよ、母さんに心配掛けて……」母さんの事は言うな!

「うるせぇ!お前には関係ないだろうが!」

「甘えるな!」

「うっ!」いってえぇ……拳かよ……

「その歳になっても、ああしろ、こうしろって、一々言われたいのか、お前は!」

 くそっ、放せよ……このトレーナー、お気に入りなんだぞ、首の所伸びるじゃねぇか……

「大学の受験の時もそうだ、もう、自分で考えて出来る歳だと俺は思っていた」

 それがどうした……

「だから、お前の好きなようにさせた」

「ふんっ……」

「その結果がこれだ!見損なったよ、俺は!」

「そうだよ!所詮、俺は、この程度の、情け無い奴なんだよ!」

「甘えるのも、いい加減にしろ!」

「ぐっ!」また、拳かよ……

「勘違いするな!」

 何がだよ……

「受験に失敗した事を攻めて居る訳じゃない!一度の失敗で、諦めた、お前を、情け無いと思って居るんだ!」

「……」

「たった一度の失敗で、人生が終わったみたいな顔しやがって、生意気なんだよ!たかが十八のガキが、全てを諦めた様な顔するな!」

「……」

「……好きにすれば良いさ、もう、一人で判断出来る歳のはずだ……」

「……」

「それが出来なきゃ、家を出て行け……そんな負け犬を、俺は養いたくはない」

「くっそ!」待ちやがれ!

「うっ……」

「俺だってな!俺だってな!俺だってなぁ!」当たれ!当たれ!当たれぇ!

「舐めるな!」

「ぐぼっ!」今度は、腹に膝かよ……

「ぐえ……」地面の石ころって、結構痛いな……腹痛てぇ……気持ち悪うぅ……

「いいか、自分で判断出来なきゃ、大人しく親の言う事に従え……」

「……」

「だけど、そんな事、嫌だろぅが、親の言いなりになる事なんぞ、嫌だろぅが」

 分かってるじゃねぇか……

「だったら、自分でやれ……それで駄目な時は、土下座でもして頼みに来い……」

 ちくしょう……さすがポリ公やってるだけはあるな……腕力じゃ勝てねぇ……

 でも、言うだけ言って、とっとと帰りやがって……

 後は放ったらかしかよ!

「お兄ちゃん……大丈夫……」

「……うん……大丈夫、だよ……」

 ははは、情けねえな……女の子に心配させるなんて、ははは……

 ああ、分かっているよ、情け無い奴だって……

「ちくしょう……」

 だけど、どうしろって言うんだよ!

 一人で考えろなんて……

 そりゃ、あいつの言う事を聞くなんて絶対に嫌だけど、絶対に嫌……

 でも……俺一人で何が出来るんだよ……

 一人でやった結果が、これじゃねえか……

「ああ!ちくしょう!」くそっ、涙が出てきやがった……

 学校では、先生は何時も、あれをしろ、これをしろって言ってくれてた。

 なのに、急に一人で考えろ何て、どうすりゃ良いんだよ!

 お前の言う事なんか聞きたくないけど、どうしたら良いのか教えてくれよ!

 教えろよ!ぼけっ!

 偉そうに、大人ぶってんじゃねえぇよ!

「ちくしょう……」ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうおぅ!

「お兄ちゃん……」

「葵ちゃん……」

 ああ、もういいや……ロリコン拗らせても……

 なんか、葵ちゃんの顔見てると、癒されるよ……

「お兄ちゃん、あの人誰?」

「うん?ああ、あいつは俺の親父だよ」

「えっ、お父さん?」

「うん……」

「お父さんと、仲が悪いの?」

 仲が悪い……か……客観的に見ればそうだけど、実際は、俺が一人で反発してるだけかもな……

「うん、まぁ、俺は大嫌いだな……」

「どうして?」

「えっ?」

「どうして、お父さんの事、嫌いなの?」

「どうしてって……」

 なんか、全てが嫌いだ……

 高卒の癖に、手柄立てたり、勉強して昇進試験に合格したりして……自信満々の親父……

 未だに母さんとラブラブで、子供の頃、俺とも良く遊んでくれた……優しかった親父……

 その全部が嫌いだ!

 何でだよ……なんでだよ……

 あいつの言葉の一つ一つが気に食わない。

 あいつのする事の全てが気に食わない。

 一生懸命生きている、あいつの全てが気に食わない……何でだよ……

「分からない……」

「えっ?」

「分からないよ……」

「そっかぁ、分からないかぁ……」

「うん」

「でもね、お兄ちゃん」

「うん」

「私は、私のお父さんの事、大好きだよ……」

「……そっか……えっ?」

 ちょっと待て!それって……

「葵ちゃん!」

「きゃっ!」

 地面に転がっていた俺が、急に飛び起きた事に葵ちゃんは驚いて、

「どうかしたの?」と、目を大きく開けて尋ねて来た。

「思い出したんだよね」

「えっ?」

「お父さん!葵ちゃんのお父さんの事!」

「あっ……」

「どんな人だった?仕事は?会社は?」

「あ、あ、あの……」

 あっ、馬鹿、なに追い詰めてんだよ、葵ちゃん困ってるじゃないか……

「あ、ごめん……ゆっくり、ゆっくりで良いから、思い出そうか」

「うん」

 ああ、なんと言う笑顔、本当に癒されるよぉ……もう、私は覚悟を決めましたからぁ……私はロリコンでぇす、はい、そうですよおぅ、ロリコンで悪いですかあぁ…


…もう、戻れまっしぇえん!

 あっ……どうしたの?

 急に顔を曇らせて……おなかでも痛いの?

「お父さんと……」

「えっ?」

「お父さんと一緒に、公園で遊びたかった……」

「葵ちゃん……」ちょっと、どうしちゃったんだよ、何で泣いてるんだよ。

「お、お父さん、ぐすっ……お父さんと、遊びたかった、ひっくっ、一緒に、遊びたかった……」

「葵ちゃん……思い出したんだね……」

 無力だ、なんて無力なんだろ、俺って……

 こんな時に、優しい言葉の一つも思い浮かばないなんて……

 思い出せたのに……せっかく自分の望みを、思い出せたのに……

 ちくしょう、笑ってくれよ!

 俺は葵ちゃんの笑顔が見たいんだ!

 だから!

 だから……泣かないでよ葵ちゃん……

「お父さんと遊びたかったのか……」

「うん……」

「葵ちゃんのお父さんは、何処に居るのか分かる?」

「……」黙って首を振る葵ちゃん。

「そうかぁ……思い出せないかぁ……」

 なんとかしろ、俺。

 なんとか……なんとかって、何だよ?どうする積りだよ……

 俺が、お父さんの代わりになって……なんて、なに馬鹿な事考えてんだよ!

 そんな事で、葵ちゃんが満足出来るかよ!

 あっ……待てよ……

 葵ちゃんが満足したら……成仏するんだ……

 そうだ、成仏しちゃうんだ……

 な、何考えてんだよ、俺!

 それが、一番良い事だろ!

 成仏するって事が、葵ちゃんとっても、一番良い事だろ!

 それなのに、何を考えてんだよ!俺は!

 葵ちゃんが、幽霊のままで良いのか?毎日泣いてても良いのか?

 お前は、葵ちゃんが泣いている姿を見たいのか?

 そんなのは、絶対に嫌だ!

 俺は、葵ちゃんの笑顔が見たいんだ!

 葵ちゃんには、笑っていて欲しいんだ!

 よし、何とかしてやる!

「よし、帰るぞ」

「お兄ちゃん?」

「帰って、作戦を立てる」

「作戦?」

「そうだ、俺に任せておけ!」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん!」

 そう!それそれそれ!その笑顔だよ!俺が見たいのは!

 と、それは良いけど、どうしよう……任せておけって言ったけど……

 ううむ……どうしよう……

 家に向いながら俺は考えた、必死で考えた。

「あれ?」

 電柱に張ってある紙……迷い犬、探しています……

 おお、これだ!

 これを応用すれば……

 うん、いける!

 ……かも知れない。

 ……いけると良いな……

 もう、なに弱気に成ってんだよ!

 どうせ、他に良い考えが有る訳じゃないんだから、これに掛けるしかねぇだろ!

 とにかく実行あるのみだ!

---◇---

 家に着いた俺は、部屋に入ってパソコンの電源を入れて、

「葵ちゃん、写真撮るよ」と、携帯を取り出した。

「写真撮るの?」

「うん、これで、葵ちゃんのお父さんを探すんだ」

「えっ?どうやって?」

「葵ちゃんの写真入のビラを、駅前とかの人通りの多い所で配るんだ」

「うん」

「そうしたら、きっと、葵ちゃんを知っている人が現れる」

「本当に!」

「ああ、任せておけって、さっ、撮るよぉ」

「うん!あっ!ちょ、ちょっと、待って……」

「えっ?」

 髪型、整えてるの?

 ははは、女の子だな……うう、でも、また、其処が可愛いぃ!

「はい、お待たせぇ」

 チーズはいらねぇな、そのままの笑顔でいいよぉ……

「よしっ……てっ、映ってねぇ!だあぁ!なんでだよおぉ!」

 心霊写真とか有るじゃねえか!

 あれは嘘なのかぁ!

 どうしよう……良いアイデアだと思ったんだけど……

 ええい、諦めるな!最後の手段だ!

「葵ちゃん、こっち向いて」

「えっ?」

「じっとして……」

 写真が駄目なら、似顔絵だ。

 絵心なんて、まったく無いけど……

 何とか成るだろ……何とか……何とか……何とも、ならねぇ!

 何だよ、子供の落書きかよ!くそっ!

 諦めるな、そうだ、諦めるな……何度も書いているうちに、きっと上手になって来る。

「ごめん、ちょっと時間掛かるけど、そのままで居てね」

「うん」

 いいよう、いいよう、笑顔はばっちりだよ……俺が、下手なだけだよう……ぐすっ……

 負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか……

 ううう、何枚目だろう……買い置きのコピー用紙、全部使っちゃった……

 二百枚以上は残っていたはずなんだが……

 もう、朝か……疲れた……葵ちゃんは幽霊だから疲れないのね……

 けど、良い感じに描けた……これならばっちりだよな……たぶん……

「どう、これで?」

「……」あら、ご不満そうですね……

「駄目かな?」

「私、こんなに、おでこ広いかな……」

 其処が、チャーム・ポインじゃ無いっすか!と、力いっぱい訴えたい!

「駄目か……」

それじゃ……こうやって、ここを塗って……

「こんな感じで?」

「……目の大きさが、左右で違う……」もう、わがままなんだからあぁ……

 ここは消して……こうやって、こう……

「どうでしょうか?」

「……四十点……」

「うっ、ありがとうございます……」

 もう、これが、今の私にとって、精一杯でございます!許してください!

 とにかくこれを、パソコンに取り込んで……このこをしりませんか?変換、改行、あおいといいます変換……と、あっ、連絡先に俺の携帯番号を入れて……よしっ…


…って、コピー用紙がもうねぇ!

 印刷出来ねえ!

 なんで俺はこうも無計画なんだよ!

 あっ、コンビにだ!コンビニで印刷出来る!

「よし、今から行って印刷すれば、通勤客に配れる」

 SDカードにデータを移して……よし。

「行くよ」

「うん」

 取り敢えずは最寄の駅か。

 葵ちゃんは、あの公園に現れたんだからな。

 近場から攻めて行くか。

 そして俺は、一枚十円のA4白黒プリント百枚をして、駅へと向かった。

 眠い……

 だけど、僕、頑張るもん!

「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」

 くそっ、みんな無視しやがる。

 まずかったか、朝の通勤時間では、みんな余裕が無いもんな。

「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」

 でも、やるだけやってやる。

 八時まで……いや、九時まで粘ろう……

「お願いします!」

「おい、智彦……」

 げっ、親父……

「何をしてる」

 まずった……そうだよな、親父も此処から電車に乗るんだよな……

「何でも良いだろ……」

「ちゃんと、駅に許可を取ったのか」

「えっ?」

「許可を取っていないのなら、違法だぞ」

「ああ、そうですか……」

 くそっ、何だよ……ポリ公面しやがって……

「おまえな……」

「うるせぇな!敷地から出れば良いんだろ!それより、邪魔なんだよ!俺は忙しいんだ!」

「……そうか」

「えっ?」嫌に素直だな……

「じゃ、頑張れ」

「はっ?」

「良い顔、してるな……」

 へっ?なんなの?今の……

 それに、またかよ……言うだけ言って、後はほったらかしか……

 ああ、もう!余計な事考えるな!

 今は、ビラ配りに集中しろ!

「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」

 ……結局、夕方も配ったけど……反応無しか……

 よし、明日は隣の駅だ……って、どっちの隣が良いんだろう?

 上りか?下りか?

 ええい、細けぇ事は良いんだよ!

 人が多い方が確立は高いんだ、だったら、あっちの駅の方が多い。

 うん、決まりだな。

「葵ちゃん、明日もビラを配るからね」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん……」

「……どうか、したの?」浮かない顔して?

「あのね、どうして私の為に、そんなに一生懸命してくれるの?」

「どうしてって……」可愛いからです、はっきり言って。

「私、幽霊なのに……幽霊だから、お兄ちゃんに何もして挙げられないのに……」

「おい、誤解すんなよ……」

「え?」

「俺は、葵ちゃんから、見返りを貰おうなんて思ってないからな」

「でも……」

「そんな事、心配すんなって」

「お兄ちゃん……」

「うん、お兄ちゃんに任せなさい!」

「……あ、ありがとう……」

 ああ、もう、泣かないでよ、そこ、笑ってよ。

「葵ちゃんって、泣き虫さんだね」

「うん、ごめんね……」

「謝るなよ、怒ってなんか居ないからさ」

「うん」

「葵ちゃんは、笑顔で居てくれたら……それだけで、いいからさ」

「……うん、分かった」

 そう、それだよ、その笑顔だよ!

 だから、俺、頑張れるんだよ!

---◇---

 結局、次の日も駄目だった。

 そして、次の日も……

 でも、直ぐに反応が無くても、ビラを受け取ってくれた人も居たんだ。

 後で連絡をくれるかも知れない。

「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」

 ビラ配りを始めて四日目、俺は三駅離れた駅でビラを配っていた。

 朝は、やっぱり駄目だ。

 殆ど、受け取ってくれない。

 そして夕方、

「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」と、声を張り上げていた。

「ぶっ、何、これ、下手な絵……」

「ははは、ほっとけよ、そんなもん」

 ちくしょう……寝ないで描いたんだぞ、ボケ!

 それに、あれから葵ちゃんの希望で修正を重ねて、今は六十点の出来なんだぞ!

「お願いしまあぁす!」

 でも、こんな事で良いのか?

 間違ってないか?

 もし、間違っていたら、こんな事、時間の無駄じゃないのか。

 そうだよ、葵ちゃんのお父さんって、そもそも生きて居るのか?

 もしかしたら、事故で葵ちゃんと一緒に死んでいたら……

 もし、大きな災害だったら、可能性は高いし……

 そうだよ、こんな事、無駄なんじゃないのか?

 どんなに努力したって報われなきゃ意味無いじゃん。

 馬鹿馬鹿しい……

 俺は、馬鹿な事をしてるんじゃないの?

 なんで、こんな事してんだよ俺……

 無駄かも知れ無い事を……

 だあぁぁ!違うだろ!

 何が無駄だ!

 そうだよ!

 俺は、葵ちゃんの笑顔が見たいんだ!

 だから、やってるんじゃねえのか!

 たとえ、上手く行かなくても、ビラを配ってる俺を、葵ちゃんは笑顔で見てくれている。

 もし、これが上手く行けば、もっと素敵な笑顔が見れるんだ!

 そうさ、諦めちゃ駄目なんだ。

 諦めたら、此処で全てが終わる!

 葵ちゃんの、笑顔だって、此処で終わってしまう。

 そんなのは、嫌だ!絶対に、嫌だ!

 分かってる、分かってるって、諦めちゃ駄目なんだ。

 だから、頑張るんだ、だから、努力するんだ。

 無駄な努力なんて、一つも無い!

 たとえ報われなくても、その努力は無駄なんかじゃ無い!

 努力なんてものは、そもそも、そう言うものなんだ。

 百の努力をしても、その内報われるのは、一つ有るか無いかだ。

 その一つが報われる事を望んで、みんな、何度も何度も報われない努力を繰り返すんだ。

 ああ、分かってるよ、分かってたよ、そんな事。

 たった一度の受験に失敗しただけで、全てを諦めて落ち込んでた俺は、馬鹿だよ!

 そんな事、そんな事、分かってるわい!ボケ親父!

 あんたは偉いよ。

 お前の言うとおりだよ。

 ああ、そうさ、お前は何時も正しいよ。

 だから、腹が立つんだよ!

 だから、大嫌いなんだよ!

 だから……だから……悔しいんだよ……

 勝てないよ、お前には……くそっ……

「お兄ちゃん、泣いてるの?」

「……うっ、な、泣いてなんか、いないよ……」くそっ……

「でも……」

「目にゴミが入っただけだよ……」カッコ悪うぅ……

「大丈夫?」

「ははは、大丈夫!」

 俺は袖で悔し涙を拭いた。

「ちょっと、顔を洗って来るわ、葵ちゃんは此処で待っててね」

「うん」はい、良いお返事ですねぇ。

 葵ちゃんに見られたら恥かしいからな……くそっ……

 ああ、参った……

 頑張る事は決めたけど、後、何日掛かるのかな?

 でも、絶対に諦めないからな。

「ちょっと、君……」

「えっ?」

 何だよ、おっさん……

「そこで拾ったんだけど、君が配っていた物かい?」

「え?ええ、そうすっけど……」

 何が言いたいんだ?このおっさん……

 いちゃもんでも付ける気か?

「このチラシの、葵って子、君は知っているのかい?」

「えっ!ええ……」もしかして!

「もしかして、おじさん、葵ちゃんを知っているんですか!」

「あ、ああ、たぶん……」

 おい、おっさん、なに人の描いた絵を見て苦笑いしてんだよ……

「確かめてください!」

「確かめるって、どうやって?」

「こっちに来てください!」

「あ、ちょっと、君……」

 速く来いよ、おっさん!

「葵ちゃん!葵ちゃん!こっち!こっち!」

 ああ、もう、もどかしい、葵ちゃんも速く来て!

「あっ!あ、葵……」

「お父さん……お父さんだあぁ!」

 やったあぁ!ざまあぁみやがれ!ちくしょうぅ!その笑顔が、見たかったんだあぁ!

「お父さん!お父さん!」

「そ、そんな、なんで、葵が此処に……」

 まぁ、無理も無い。

 死んだはずの娘が、目の前で、バンザイしながら喜んでいる姿見たら、誰だって戸惑うよな……

「葵ちゃん、死んでから……」

「なに!葵は、死んでなんかいない!」

「えっ?」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ、君は!葵は生きている!」

「うそっ……」

「嘘なもんか!」

「あ、でも、ほら……」ねっ、手が素通りするでしょ。

「あっ……」

 うむ、やはり我が子の幽霊を見ると、親としてはショックなんだろうなぁ。

「あ、でも、どうして……なんで、こんな事に……」

 どう言う事なんだ?……しっくり来ないな。

 なんか事情が有るのかも……

「あの、お時間有ります?」

「あ?ああ……」

「ここじゃ、なんですから、三つ先の駅まで、ご一緒願いませんか?」

「どうしてだね?」

「最初に言っておきます、葵ちゃんの姿は他の人達には見えません」

「そうなのか……」

「ええ、だから、人通りの多い此処では、葵ちゃんと話をすれば目立ちます」

「そうだな……」

「それと、葵ちゃんが現れたのは、三つ先の駅の近くにある公園なんです」

「三つ先って言うと……」

「だから、話はそこで」

「……ああ、分かった、行こう」

---◇---

 俺達は、葵ちゃんと最初に出会った公園に戻って来た。

 駅のメイン通りから外れた児童公園は、夜の九時ともなると、まったく人気が無くなる。

「そうか、五日前に、そんな事が……」

「ええ、あの日、俺は此処で初めて葵ちゃんに会いました」

「五日前と言うと……葵の容態が急変して、集中治療室に入った日か……」

「急変?集中治療室?」

「……ああ、葵はね、白血病なんだよ……」

「えっ……」

 そんな、葵ちゃんが、白血病……

「その治療の副作用でね……意識をなくしてから五日になる」

「……」

「今日も病院に行って来たんだが……もう容態は安定しているのに、何故か意識が戻らなくてね……そうか、此処に居たのか」

「へへへ、ごめんね、心配掛けて」

「ははは、いいよ、謝らなくても……」

 安心しきった笑顔の葵ちゃん。

 それを、愛おしいそうに微笑んで見ているおっさん。

 なんか、羨ましいな……

 こんな幸せそうな親子なのに、葵ちゃん、白血病だなんて……

「あ、あの、葵ちゃん、どれくらい入院しているんですか?」

「小学校に上がる前だったかな、病気が見付かってね、それからずっと、入院生活を送る事になって……」

 ああ、そんな……今、おっさんの周りを、嬉しそうに飛び回っている葵ちゃんが、そんなに長く入院しているなんて……

 あっ、そうか、思い出せないはずだ……学校や友達の記憶なんて、最初から無かったんだ……

「健康なら、今年から中学生になっていたはずなのに……」

 ほっ、やっぱ中学生なんだ、よかったぁ……て、免罪にはなってねぇ!

「あの、つまらない事を聞くようですが」

「なんだね?」

「たこ焼きって、葵ちゃんと何か関係有ります?」

「たこ焼き?ああ、私が見舞いに行く時に、お土産で何時も持って行っていたよ」

「……ああ、それで」

 なるほどな、印象に強く残っていたから、記憶にも残っていたんだ。

 葵ちゃんにとって、松坂牛や大トロやウニより、見舞いに来てくれた大好きなお父さんと一緒に食べるたこ焼きが、何よりのご馳走だったんだ。

 あっ……なんか、涙出そう……くそっ、たこ焼きなんかで泣いてたまるか!

 でも、お父さんと、この公園で遊びたいって事は?何で此処?

「この公園は、葵ちゃんと何か関係があるのですか?」

「ここかぁ……懐かしいなぁ……」

「えっ?」

「そうだなぁ、もう七年になるか……妻が事故で死ぬまで、私達はこの町に住んで居たんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、ちょうど、この先のアパートに住んでいたよ」

 えっ、それって、ご近所さん?

「休みには、まだ幼稚園の葵を連れて、この公園に遊びに来たもんだよ」

 七年前って……あっ、俺がこの公園で遊んでいた頃だ……

「でも、妻が死んで……それから直ぐに葵の病気が分かって……葵が入院している病院の側に引っ越したんだよ」

「そうだったんですか」

 もしかして、これって、何か繋がってるのか?

 俺も葵ちゃんも同じ時期に、この公園で遊んでいた。

 そして、俺には葵ちゃんの姿が見える……

 ああ、そうかぁ……きっと、何か繋がっていたんだ……

「おじさん、葵ちゃんは、もう一度貴方と、此処で遊びたかったそうですよ」

「えっ?そうなのか、葵」

「うん、私ね、何となく覚えていたの、お父さんと公園で遊んだ事」

「出会ったばかりの葵ちゃんは、名前しか覚えていませんでした」

「覚えていなかった?」

「ええ、この姿になった為かどうかは分かりませんけど、でも、お土産のたこ焼きの事と、貴方と此処で遊んだ事は、思い出したんですよ」

「葵……」

「苗字も思い出せませんでした」

「苗字も?」

「ええ、でも、なぜだか分かりましたよ」

「……」

「葵ちゃんは、おじさんを中心に思い出せたんですよ、だから、貴方から呼ばれていた名前の〝葵〟だけを思い出した」

「……」

「俺、思うんです……葵ちゃんにとって、元気な頃、貴方と此処で、あ、遊んだ、思い出が……葵ちゃんの心の中で、きっと、きっと、た、宝物の様に、輝いて、いた


んだと、お、思います……だから、だから……」くそっ!泣くな!泣くなよ!

「……」

 おっさんも泣いているのか……

 良い大人が情け無いな……でも、羨ましいぜ、おっさん……

「……そうか……葵、ごめん……お前が入院してから、かまってやれなくて……ごめん……」

「ううん、そんな事無いよ、お父さんお仕事忙しいのに、お見舞いにも来てくれて、私、嬉しかったよ」

「でも……」

「しょうがないよ、病気だもん、外でお父さんと遊べないのは、しょうがないよ」

「葵……」

 葵ちゃん、思い出して来たんだね。

 自分の病気のことも……

 遊びたい盛りだった小学生の頃を、ずっと、病院の中だけで過ごして……

 寂しかったんだろうな……辛かったんだろうな……悔しかっただろうな……

 だけど、そんな思いをしてても、素直で、明るくて、ちょっぴり泣き虫で……お父さんが大好きで……くそっ!

「よし!遊ぼう!」

「えっ?」

「遊びましょうよ!今の葵ちゃんなら、一緒に遊べますよ、また、この公園で」

「あっ……」

「お父さん、あそぼ!」

 うん、それが葵ちゃんの望みなんだ、ここで、もう一度、お父さんと思いっきり遊ぶ事が。

 あっ、でも待てよ……

 それで満足した葵ちゃんはどうなるんだ?

 病気とは言え、生きているんだ……だったら、成仏ってのはおかしいよな……

 おいっ、やばいんじゃねえか?

 もしかしたら、葵ちゃん本当に死んじゃうかも。

 集中治療室に入ってるって言ってたよな。

 未練があるから、辛うじて魂が此処に残っているのだとしたら……

 だったら、満足したら……

 おいっ、やばいよ!

「ははは、遊ぶって、何して遊ぶんだ?」

「そうねぇ……」

 ああ、くそっ……言うべきか……ええい!

「あの、おじさん……」

「ん?」

「あの……」何て言えば良いんだよ……

「どうかしたのかい?」

 やっぱり、言うべきだ!

「おじさんと遊ぶ事が葵ちゃんの望みです」

「ああ、そう聞いたよ」

「それで、葵ちゃんが満足したら……葵ちゃん、本当に死んでしまうかも知れません」

「……」

「今、未練があるから、集中治療室に入っても……」

「ああ、分かった、ありがとう……」

「えっ?」

「ありがとう……君は、本当に葵の事を、思ってくれているんだね」

「あ、いや、そんな……」

「葵はね……葵も知っている事なんだけど……このまま病気が進めば、後、二年持つかどうか分からないんだよ……」

「……そんな……」に、二年って……そんな……

「今は、抗がん剤や放射線で治療を続けているけど、それも最近、効果が無くてね」

「あっ、でも、臍帯血や骨髄移植をすれば直るって……」

「確かにそうだけど、それは、そんな簡単な物じゃないんだよ……」

「どう言うことですか?」

「移植に適合した物があれば良いけど……いや、適合した物が有ったとしても、生きるか死ぬかの大手術になるんだよ、移植治療の過酷さに、耐え切れなくて死亡する


例も沢山あるんだ」

「そんな……」

「だから、正直言って、手術を受ける事を迷っている……」

「……」

 そんな、そんな……それじゃ、死ぬかも知れないって……もう直ぐ死ぬかも知れないって分かってて、どうして、葵ちゃん、笑顔でいられるんだよ……

 記憶が……病気の事も思い出しているのに……

 ああ、惨めだ……本当に惨めだ……たかが受験で落ち込んでいた俺が情け無い……

 葵ちゃんは、あんなに小さいのに、死ぬかも知れないのに……なのに……

 俺は、なんて詰まらない存在なんだ……無様だ……恥かしい……

「だからね、今を大切にしたいんだよ」

「……」

「そして、この奇跡を……これは、神様がくれたチャンスなんだ……葵と再び、この公園で遊べるチャンスなんだ……だから、大切にしたいんだ、なっ、葵」

「うん!」

 ああ、何て綺麗な笑顔なんだ……どうして、そんな笑顔が出来るんだよ……葵ちゃん……

「お兄ちゃんも、一緒に遊ぼ!」

「あ、ああ……」

 よしっ!もう迷わない!

 葵ちゃんの為に、最後までやり抜く!

「で、何をして遊ぶんだい?」

「ブランコと滑り台は、駄目だったな、ははは」

「そうだったね、ははは」

「なんだ、二人とも、もう遊んでいたのか」

「うん、お兄ちゃんと一緒に滑り台で遊んだんだよ」

 俺の方が楽しみましたけど……

「じゃ……鬼ごっこ!」

「鬼ごっこ?」あっ、おっさんとハモってしまった……

 この年で鬼ごっこっすか……勘弁して下さいよ……

「ねっ、良いでしょ、お兄ちゃん!」

「お、おお、もちろん!やろう!」だめだ、葵ちゃんの笑顔は無敵だ……

「それで、鬼は誰だ?」

「二人が鬼で、私を捕まえて」

 はっ、それも面白いか……

「良い?」

「よし!」

「わかった!」

「逃げるわよ!」

「おお!」

 ああ、ちょっと、待って、くそっ、飛んでたら捕まえられないだろうが!

「こっちよぉ!」

「ああ、待て!」

 ふう、ふう、ふう、駄目だ、完全に運動不足だ……

 あっ、おっさん、葵ちゃんを壁際まで追い込んだ。

「よし、チャンス!」おっさん元気だな……

「残念でしたぁ……」

「待て、ずるいぞ!」

 まぁ、霊体なんだから、壁も通り抜けられるもんなぁ……

「よし、君!挟み撃ちだ!」

「えっ?え、はい!」って、おっさん乗り乗りだな……

「ブランコの方から廻って!」

「はい!」まぁ、俺も乗ってるけど……

「行くぞ!葵!」

「きあぁぁ!」

「えいっ!」

「わっ!」飛び上がるなって!

「惜しい!もうちょっとだったね!」

「すまん……」

「いえ……」

 くそっ、何でおっさんと、抱き合わなきゃいけないんだよ……がっぷり四つに……

 そして、二十分経過……あかん、限界だ……

「はあ、はあ、あ、葵ちゃん……ちょ、ちょっと、休憩……」

「はあ、はあ、はあ……そ、そうだな、休憩、しようか……」

「ふふふ、二人とも、もう疲れたの?」

「ははは、運動不足でね……」

 てか、無理だろ、絶対に無理だろ、葵ちゃんを捕まえるなんて……

「ねえ、お父さん」

「なんだい?」

「肩車……して……」

 肩車って……葵ちゃん、浮かんでいるのに?

「ああ、いいよ」

「ありがとう……」

「どうだ?」

「……うん……嬉しい……」

 葵ちゃん、立ち上がったおっさんの肩に引っ付いて、おっさんの頭にもたれ掛か様にしている。

「お父さん」

「ん?」

「大好きだよ……」

「うん、知ってるよ」

「私、手術……受けてみる……」

「……そうか……」

「お兄ちゃん」

「えっ?」

「ありがとう、楽しかったよ」

「ああ……俺も、楽しかったよ」

「お兄ちゃんと会えて、よかった……」

「あっ……」

「……大好きだよ、お兄ちゃん……」

「……そんな、葵ちゃん……」

 葵ちゃん……消えた……

 キラキラと煌く光と共に、俺が生涯忘れる事が出来ない、天使の笑顔を残して、葵ちゃんは消えた。

「うっ、うっ、うっ……」

 おっさん、泣いている……立ったまま、空を見上げて泣いている……

 俺も、なんか、涙が出て来た……

 葵ちゃん、どうなったんだろう……

 これで良かったのか?

 分からない……きっと、一生分からないだろう。

 俺は、一生懸命やった。

 そう、だから、天使の笑顔を見る事が出来た。

 俺の望んでいた笑顔……

 だから、俺は満足だ。

 だけど……葵ちゃんは?

 葵ちゃんは、どうなったんだ……

 おっさん、まだ泣いている……

 俺は、このまま帰ろう。

 このまま、俺の名前も告げづに帰ろう。

 どうして?

 それは、怖いから……

 葵ちゃんが、どうなったのか、知るのが怖い……

 このまま、あの天使の笑顔を心に刻み付けていたい。

 だから、知るのが怖い……

 はっ!まだまだガキだな……俺は……

 じゃぁな、おっさん……もう会う事も無いだろな……

 うっ、くそっ、涙が止まらねぇ……

 何でだよ!

 葵ちゃんは喜んでたんだぞ!

 あんな、素敵な笑顔で、喜んでたんじゃないか!

 なのに、なんで泣いてんだよ!俺!

 なんでだよう!

--◇---

 俺は、帰り道で色々な事を考えていた。

 人の一生なんて、長さじゃないんだ。

 目指すものを持って生きている人は輝いている。

 短くても、輝いていれば、それはそれで素晴らしい人生だと思う。

 長く生きても、目標も無く、何もしないで、ただ漫然と生きているなんて……それこそ下らない。

 葵ちゃんは、本当に満足出来たのだろうか?

 いや、満足なんて誰にもありえない事だ。

 でも、葵ちゃんはきっと、一番欲しい物は手に入れたと思う。

 大好きなお父さんとの思い出。

 だから、あんな素晴らしい笑顔が出来たんだ。

 それを見れた俺は、幸せだ……それだけで、幸せだ。

「なんだ、今帰ったのか」

 玄関を入ると、風呂から出て来た親父がいた。

「あれ?親父、速いな」

「ああ、今日はな」

「そうか……」

「早く、飯食えよ」

「ああ……あっ、親父」

「ん?なんだ?」

「覚悟しとけよ」

「何がだ?」

「俺は大学出て、警察に入ってやる」

「ほう……」

「そうしたら、いずれ俺は、親父の上司様だ」

「ははは、面白い、やってみろよ」

「おう、やってやるさ」

「ははは!楽しみに待ってるよ、ははは!」

 ふん!負けるかよ……

---◇---

 速いもので、あれから二年が過ぎた。

 俺は、一流大学に合格して、今は大学生だ。

 あの事件は俺にとって、夢の様な出来事だったけど、今でも、はっきりと葵ちゃんの笑顔は覚えている。

 俺は、葵ちゃんの為に頑張った積りだったけど、結局は葵ちゃんに救われた。

 今では、そう思っている。

 甘えていた俺の、目を覚まさせてくれた。

 別に、葵ちゃんが、俺を教え諭してくれた訳ではないが……

 葵ちゃんの生き様は見せてもらった。

 その事を思うと、この公園が大切な場所に思えるな。

 葵ちゃん……

 一生、返せない借りが出来たみたいだ……

 あの後、葵ちゃんはどうなったのかは分からないけど、俺は葵ちゃんに感謝している。

 俺の心の天使……葵ちゃん……

「お兄ちゃん!」

「えっ?」

「えへへへ、やっと見付けたよ」

 俺が振向いた所には、セラー服を着た天使が立っていた。

「あ、葵ちゃん……」

 眩しいくらいの元気な笑顔で天使が立っていた。



                    最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 



感想など一言頂けましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ