やっと、みつけたよ
下らない、何もかもが下らない。
努力だ?
はっ、そんなもん、虚しいだけだ。
色々な物を犠牲にして苦しんだ挙句の、報われない努力。
結果の出せない努力なんて、なんの役にも立たない。
俺は頑張った積りだった。
中学、高校と、常に成績はトップクラス。
俺は努力した。
一生懸命勉強した。
だから、一流大学でさえ、安全圏だった……
はっ、なのに、そんな俺が結局は浪人だ。
馬鹿馬鹿しい……そうさ、馬鹿馬鹿しい詰まらないミスだった……
その上、馬鹿馬鹿しい俺のプライドが、滑り止めを受けさせてはいなかった。
でも、滑り止めを受けていたとして、滑り止めの大学に合格したとして、それで、俺は、満足、だったのか?
そんな事、俺のプライドが許す訳が無い。
結局、今の気分と何の変わりは無いだろうな。
敗北感に打ち拉がれて、落ち込んだ日々を送っていた俺に、親父の言った言葉が「見損なった……」だ。
ああ、もう、何もかもが嫌になった。
全てに脱力した俺は、予備校にも行かず部屋に引き篭もっていたが、煙草が切れたので、雨の中、気は進まなかったが近くのコンビにまで行く事にした。
まだ未成年の俺が、煙草を吸う事は法律で禁じられてはいるが、何となく、反社会的な事がしてみたくて吸い始めた。
幼稚な考えだとは思うが、今の俺は全ての物に反発したかった。
「なんだ?……」
コンビニへ行く途中の公園で、一人の少女が雨の中、傘も差さずに立っていた。
「なにしてんだ?……まぁ、どうでも良いけど」
そう言えば、この公園、子供の時良く遊んだな……はっ、そんな事さえ、今は下らなく思える。
俺は、少女を横目で見ながら通り過ぎ、少し心に引っかかる物があったがコンビニへと向った。
店内に入り、目当ての煙草を見つけて番号を見る。
「百二十三番……」
「へっ?」
「……煙草……」
「あっ……四百二十円っす……未成年?」
「……ちがうよ……」
「そっ」
なんだ、この野朗……それがお客様に対する態度か?
たかがコンビニのバイトの癖に……
まあ良い……言った所で始まらない。
頭の悪い奴等に何を言っても通じないもんだ。
俺は、お前とは違うんだ。
そうさ、俺が態々アルバイト如きに接客教育をする必要も無い。
こんな奴、一生、社会の底辺を這いずってりゃいいんだ。
俺は、雨だけでも鬱陶しいのに、更に不快感を膨らませて帰り道に付いた。
あれ?……
「あの子、まだいる」
なんか地味な感じの子だな。
前髪を二つに分けて、そのままストレートに流している長い黒髪。
おでこ、広!
年の頃は……中学生かな?
着ているのは……まさか、パジャマか?
「えっ!」
何でだよ!
あの子、ずっと雨の中に立っていたはずなのに……濡れていない……
いや、濡れている様には見えないが正解か。
結構、降っているから、十分も立ってりゃ、びしょ濡れに成っているはずなのに……
なんだろう?この不思議な感覚……
彼女が仄かに光って見える気がする。
俺は、ほっときゃ良い物を、少女が気に掛かり公園の中に入って行った。
雨の降る児童公園には、俺達の他には誰も居ない。
俺は、彼女の右側から近付いて行って、
「おい、何してんだよ」と、声を掛けた。
「え?」
ただ、ぼーと立っていた少女が俺に気付いて振向いた。
あっ、可愛い……
「あ、あのさ……雨降ってるよ……」
アホか!そんな事、言われんでも分かるわい!
なんちゅう、間の抜けた台詞だ!
「うん……」
不思議だ……
静かに頷く少女は、儚いまでに存在感が無く、色白で華奢な体が、今にも消えてしまいそうだった。
そして、何よりも、俺の見間違いでは無く、彼女は雨に濡れてはいなかった。
長い髪の毛は、さらさらとした感じで揺れていて、パジャマも濡れたいる様子は無かった。
「あ……」
やってもたぁ……これって、もしかして、所謂、その、世間で言う、詰まり、なんだ……幽霊?
口に出すのも恥かしい非常識な言葉だが、現在、俺の目の前にいる少女にピッタリ適合した言葉だった。
えっと、落ち着けよ……落ち着けよ……俺は、誰からも怨まれてなかったよな。
えっと、幽霊と喋っただけで、取り殺されるって事は無いよな。
……てっ、なに馬鹿な事考えてんだよ!
ゆ、ゆ、ゆう、幽霊だなんて、居る訳無いじゃないか!
……でも、目の前のこの子は……確実に居る。
詰まり、幽霊は居ないが、この子は幽霊以外の、幽霊の様な存在で……
あほか!現実逃避するな!
「あの……」
「はっ、はい!」
「お兄ちゃん、誰?」
「あっ、はい、私は、川崎智彦と言いまして、年は十八で、男です!」
だあぁぁぁ!なに幽霊に自己紹介してんだよ!
落ち着け、落ち着け、落ち着け……
「どこかで、会った事……」
「ない!ない!ない!ない!ない!」
あっ……あ、頭、思いっきり、ふ、振ったら、くらっと来た……
幽霊に、知り合いはございませんから。
でも、ひょっとして、この子が生きている時に会った事が有るのかな?
「君は、その、名前は?」
「えっ?……私……」
なんだよ、なに考えてんだ?
名前ぐらい、すっと言えよ。
あっ、もしかして、不審者かなんかと思ってんじゃねえだろうな……
「名前は……葵……」
「名字は?」
「……わかんない……」
はあ?
「分からないって、どう言う事?」
「……」
なんか、困ってる様に見えるけど……
取り合えず、害は無さそうだな。
うむ、恐怖心が消えると、面倒臭くなって来たな。
確かに好奇心は沸くが、果たして幽霊に関わっても良いものか……
学校では、習わなかったな……詰まり、関わらない方が無難である。
「じゃ、早く帰れよ」てっ、帰る所、有るのか?
まぁ、幽霊なんだし大丈夫だろう……たぶん……
……おい……付いて来てるよ……
家に帰りかけた俺は、彼女の気配を背中で感じ、公園の出口で振向いて、
「あ、あの、何か用かな?」と、穏やかに尋ねた。
「……」
彼女は、黙って俯いている。
「えぇっと……」
女の子を困らせる積りは無いが、俺は、フェミニストでも無い。
「用が無いなら、付いて来るなよ」
俺は、そう言い捨てて再び家路に着いた。
が、再び俺の背中に彼女の気配を感じた。
「うっ……」
もしかして、取り付かれた?
とは言え、何をすると言う訳でもなし……
ああ、もういい、無視無視。
俺は彼女を無視して、雨の中を歩き続けた。
---◇---
無視する事は、時には、いや、多くの場合、此方の意に反して、相手に誤解を与える事と成る。
俺が無視し続けた結果、彼女は俺の家の前まで付いて来てしまった。
「あのな……」
なんか、腹が立って来た……
「おい!なんの積りだよ!」
俺が振向いて怒鳴り付けると、彼女は驚いて大きな目を更に大きく開いた。
「お前な!何処まで付いて来る気なんだよ!」
「……ふぇ……」
「あっ、ちょっと……」
「ぐすっ、ひっく……」
なんで、幽霊が泣くんだよ!
泣きたいのは、こっちだ!
「あ、ごめんね……あのさ、そんな、積りじゃ無いんだよ……」
なんなんだよ!
なんで俺が、幽霊のご機嫌取らなきゃいけないんだよ!
「泣かないで、ねっ、ねっ、もう、怒鳴らないから、ねっ」
「……うん」
ああ、情けねぇ……
てっ……やばい、近所のオバはんが見てる……
こんな所見られたら、完全に俺が悪者じゃないか……
「ははは、どうもう……」
「あら、ほほほ、どうも……」
「あの、これはですね……」
なんで説明するんだよ!
いや、待て、なんて説明したらいいんだ?
やばい、思い付かない……
「智彦君、元気になったの?最近は外には出ないって聞いていて……」
「あっ、別に、大丈夫ですよ……なんともありませんから……」
くそ、どうせ、受験に失敗した事を笑ってんだろ!
お前んとこの息子は高卒だしな。
あっ、そうだ、こいつを、あのオバはんに押し付けて……
「あの、すみませんけど、この子、誰だか知りませんか?」
「えっ?」
「なんか、迷子みたいで……」幽霊に迷子ってあるのか?
「……」
なんだよ、その哀れんだ目は?
「あのね、智彦君……」
「えっ?」
「気をしっかり持ってね……」
「はぁ……」
「そうよ、たった一度、受験に失敗したからって、そんなに思い詰めちゃ駄目……」
「はあぁ?」
「来年があるんですもの、思い詰めちゃ駄目よ」
「あの、なんの事……」
「じゃぁ、頑張ってねえぇぇ……」
てっ、おい!
なんで逃げるみたいに、走って行くんだよ!
……まてよ、もしかして……良くあるパターンだけど、彼女の姿、俺にしか見えて無いのか?
あっ……
だあぁぁ!なんちゅう事や!
それじゃ、俺が一人で喋って、何も無い空間に向かって『この子』何て言った事になるじゃないか!
……ああ、終わりだ……
きっと、明日には、近所の噂になってるな。
『川崎さんちの智彦君、受験に失敗して、ノイローゼ気味なんですって』なんて……
「あの、お兄ちゃん……」
「……ああ……」
「どうか、したの?」
「……ははは、なんでも無いよ、なんでも……」
「あっ、お兄ちゃん……」
「ははは、何でもないさぁ……何でもないさぁ……」
俺は、無気力な脱力感と共に玄関に入り、自分の部屋へと重い足を引き摺って向った。
ああ、俺は社会的に二度死んだ……
ははは、もうどうでも良いや、もう怖いもんなんかねえぞ!
たとえ幽霊でも……
はっ!殺すんなら殺せ!殺してくれ!
結局、俺の部屋まで付いて来たのね。
俺は部屋に入り、別に何をする訳でも無く習慣的にパソコンの電源を入れて、煙草を咥えて火を点ける。
「ふぅ……」
吸い始めて一月ぐらいか……やめるんなら今のうちだな……でも、もうどうでも良いや……
「あのさ、なんで付いて来たんだ?」
「……」
椅子に座っている俺の前で、彼女は、只じっと立っていた。
「言いたくないのか?」
「そうじゃないの」
「だったら……」
「分からないの……」
「えっ?」
「分からないの、ぐすっ……」
「あっ……」
もう、泣き虫さんだなあぁ……なんて、余裕はねえよ!
「あの、ごめん、その、分からないなら、無理に喋らなくてもいいから、ねっ、ねっ、泣かないで、ねっ」
ああ、なに子守やってんだよ、情け無い。
でも、しょうがないだろ、こんな可愛い子に泣かれてみろ、誰だって、構ってやりたくなるだろうが……
「あのさ、葵ちゃん、だっけ……」
「……うん」
「あの、葵ちゃんは、幽霊だよね?」
「えっ?」
「その、死んだ……んだよね?」
「……私、死んだの?」
「さあ、どうでしょう……」って、俺が聞きいてんだ!
「死んだから、今、幽霊になってるんだよね」
「そうなの?」
「うむうぅ……」
考えて見れば、死ぬ時って『死ぬ』って、自覚して死ぬものなのか?
事故や病気で急死した人って「これから、死ぬんだ」なんた、自覚出来ないだろ?
そうか、葵ちゃんも、死ぬ事が自覚出来ない状況で死んだのかも……
そかだ、きっとそうだ、だから、この世に未練があって、幽霊になったんだ。
「葵ちゃん……」
「なに?」
「ほら……」
葵ちゃんの頭を撫でる様に差し出した俺の手は、葵ちゃんの広いおでこと重なった。
「あっ……」
どうやら、やっと葵ちゃんは、自分の存在を理解したらしいな。
でも、手が体をすり抜けるって、あまり気持ちの良い物では無いな……
それに……くそっ、触れ無いではないか……
いや、裸になれば、おかずには成る……
だあぁぁぁ!なに考えてんだよ!
こんな、純真そうな少女を見て、俺は何て下品な事を考えているんだよ!
葵ちゃんは、まだ中学生ぐらいなんだぞ!
きっと、まだ、なんの汚れも知らない葵ちゃんに対して、俺は何て低俗な事を想像したんだ!
……ああ、そうさ、溜まってんだよ……ストレスが……受験に失敗してからのストレスが……
ある意味、よかったよ……葵ちゃんが幽霊で……
だって、こんな可愛い子を目の前にして、俺は最後まで紳士で居られる自身なんてねえぞ!
ははは、笑えよ!
そうさ、今気付いたよ。
俺はロリコンだ!
ははは、笑うがいいさ!
どうせ、怖いものなど、何も無いんだからな!
俺はロリコンだったんだあぁぁ!
「あのう……」
「はい、なんでしょ」
ははは、開き直ると意外と楽なもんだな。
「私、なんで死んだのかな?」
「……」
「なんで、幽霊なんかになったのかな……」
「葵ちゃん……」
「なんで……なんで……」
俺は、つくづく自分の無力さを思い知らされた。
目の前で女の子が泣いているのに、何もしてやれない……何も出来ない……
「ごめん……俺……」
「……ぐすっ、ううん、ごめんね、ひっくっ、私こそ……お兄ちゃん、困らせて……」
うっ……見てられないよ……くそっ、女の子が泣いている姿なんて、見てられないよ……
「よし、分かった!」
「えっ?」
「俺が成仏させてやる」
「成仏?」
「えぇと、死んだら成仏して、あの世に行くもんなんだよ」
「そうなの?」
「そう、この世に恨みや未練を残して死んだら、成仏出来ずに幽霊になるんだよ」
「そうなんだ」
聊か、世間的に聞きかじっただけのソースで、結論付けるのは心元無いが、たぶんそうだろう。
「だから、何か無いかな、やりたい事とか、して欲しい事とか……」
「やりたい事?して欲しい事?」
「うん」
考えている葵ちゃんを見ていると、今までの憂鬱な気分が薄らいで行くのを感じた。
妹って、こんな感じなのかな?
一人っ子の俺には想像付かないけど。
受験に失敗してから、糞面白く無い事ばかり続きやがる。
だけど、可愛い女の子と話をしている時って、たとえ幽霊であっても、楽しいものだな。
ふふふ……はっ!今更!
ロリコンの分際で、なに言ってんだ!
ははは、ようし、こうなったら、とことん付き合ってやる。
「何か思い浮かぶ事は無いかな?」
「……うん……」
「そうか……」
「ごめんね……」
「いいよ、別に謝らなくても」
記憶が無いのか。
辛うじて〝葵〟と、言う名前だけは覚えていたんだ。
いや、それさえも、本人の名前かどうか確かめる術も無いけど。
記憶が無いって、不安なんだろうな、可哀そうに……
自分が死んだ事も自覚が無いんだ。
仕方が無いさ……
どんな死に方をしたのかは想像も付かないけど、死ぬって大変な事だよな……たぶん。
その大変な事を、まだ中学生くらいの葵ちゃんが経験した……
記憶が欠落しても仕方が無いよな。
「葵ちゃん」
「なぁに?」うっ、可愛えぇぇ!
小首を傾げて上目使いで見られたら……
ああ、なんだ?この込み上げて来る物は……
これが、ロリコンと言う者の習性なのか?
「あ、あの、好きな食べ物とか思い出さない?」
「好きな、食べ物……」
「うん」
「……あっ、たこ焼き!」
「たこやき?……」
何で、たこ焼きなんだ?もっと良い物があるだろうが。
例えば、ケンタッキーとか……いや、それも変だろ……
情け無い……
俺の発想は、こんなにも貧困だったのか!
そんなにも、食生活が貧しかったのか!
松坂牛とか、大間で獲れた黒マグロの大トロとか、利尻の昆布……違う!ウニとか!
なんで、それが直ぐに思い浮かばないんだよ!
「ははは、たこ焼きか……」
「うん」笑顔が、可愛えぇなぁ……
たこ焼きを食っただけで、成仏するとは思えんが……
まぁ、決め付けはいかんが、一つの情報として保留しておこう。
でも、いいぞ。
そうやって、一つづつでも思い出して行けば良い。
「学校は何処に行ってたの?」
「学校?」
「うん」
「……」駄目か……
「じゃ、友達は?」
「……」
「そうか、思い出さないか……」
困ったぞ……
日頃から、女の子との会話なんて慣れていないんだから、会話が続かない……
甘かったかな?
話しているうちに記憶が戻るかと思ったが、俺の方が会話のネタが思い付かねぇ!
どうしよう?
どうしようもないか……いや、待てよ。
「ねえ、葵ちゃんはどうして、あの公園に居たの?」
「あの公園?」
「そう、葵ちゃんが居た公園」
「……」
「はぁ、それも分からないか」
「……遊びたかった」
「えっ?」
「何となく、そんな感じがするの」
「公園で?遊びたかったの?」
「うん、そんな気がするの」
うっしゃあぁ!一歩前進だ!
「いいよ、それで、そんな感じで思い出して行こうね」
「うん」
「智彦、ご飯よう」
ちっ……これからだって言う時に……くそっ……
「智彦、聞こえたぁ」
「うるせえぇな!聞こえたっ!」
「ふぇ……」
「あっ!ごめん!驚かして、ごめん!」
ああ、面倒臭えぇ!何だよ、女って……
「ごめんね、葵ちゃん、驚かせて」
「ううん……」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
ああ、厄介……女の子の取り扱い説明書なんての無いのか?
「でも……」
「えっ?」
「どうして、お兄ちゃん、急に怒ったの?」
「えっ?」
あれ?何で俺、怒ったんだろう?
確かに、話に水を差されたタイミングではあったが、何も怒る事は無いよな。
母さんが、夕飯に呼んでくれただけだよな……
「そうだね、何で怒ったんだろうね」
「分からないの?」
「……うん、分からない……」
いや、何となく分かってる。
辛いんだ……たぶん……
こんな俺に、母さんは以前と変わらずに接してくれている。
親父は完全に俺の事を馬鹿にしてるけど、母さんは……
だから、だから、余計に辛いんだ……母さんと普通に話をする事が……
何時も何時も苛々して、俺は理由も無く、そんな辛い思いを母さんにぶつけてた。
ごめん、八つ当たりだって事は分かってるけど……
今の俺って、どうしようも無いんだ……ごめん……
「あ、俺、飯、食って来るわ」
「うん」
俺が下に下りると、母さんは気を利かせたのか台所にはいなかった。
親父は午後十時を過ぎないと帰っては来ない。
俺って、最近は一人で飯食ってるなぁ。
引き篭もりが進むと、母さんに部屋の前まで食事を運ばせる事になるんだろうなぁ。
あ、でも、長く引き篭もっている奴等って、トイレとかどうしてるんだろう?j
まさかのペットボトル?
俺は、其処まで重症じゃないけど……
うむ、引き篭もり初心者の俺としては、まだまだ開拓の余地があるな……って、一生引き篭もる気かよ!
くそっ!
「あっ……」葵ちゃんが見ている。
「えっと、食べる?」
「えっ?良いの?」
「うん、良いけど、食べられるかな?」
俺は、豚の生姜焼きを、箸で一つ抓み葵ちゃんに差し出すと、
「あ~ん……」と、小さな口を開けて葵ちゃんが待っていた。
あぁ……可愛いお口、ぺろぺろ……
くっ、くそっ!いかん、病気が進行している……だめだ、ロリコンが悪化している……
「あっ……」
やっぱり駄目か、噛む事が出来ないみたいだな。
「駄目みたいだね……」
「そうだね……」
馬鹿か、俺は……そんな事、簡単に想像出来ただろうが!
なのに、結局は葵ちゃんを悲しませる事になって……
くそっ!
「ごめん……余計な事言っちゃって……」
「ううん、そんな事無いよ……」
俺は、気まずい空気の中、情け無い気分で食事を終えて、再び自分の部屋へと戻って行った。
「さっきの続きだけど」
「うん」
「公園で遊びたかったって」
「たぶん、そうだと思うの」
「あの公園で?」
「どうかしら?気が付いたら、あそこに立っていたから」
「そうか……」
でも、なんの意味も無い場所に、幽霊が現れる訳無いよな。
葵ちゃんに取って、あの公園は何か意味があるのかな?
「あの公園で遊んだ事があるの?」
「……ううん、覚えていない……」
「うぅむ、そっかぁ……」
手詰まりかぁ……
辛いものだな、女の子が悲しい顔をしているのを、見ている事しか出来ないって……
ええぇい!外に出るのは嫌だけど、此処でうだうだ考えていてもしょうがない!
実行だ!
「よしっ!行くぞ!」
「えっ?行くって?」
「公園だよ、公園」
「公園?」
「そう、手掛かりが〝公園で遊ぶ〟しか無い以上、公園で遊ぶしかないじゃないか」
「お兄ちゃん……」
「さっきの公園に行くぞ」
「うん!」
あぁ、いい笑顔だ……病気が拗れて来たっす……
---◇---
葵ちゃんは、俺の肩の高さに浮かびながら、公園へと向う俺の後に付いて来た。
パジャマ姿は可愛いけど、なんかシュールだな……
幽霊って普通、白装束とかじゃねぇのか?
「さて……何して遊ぶかな……」
公園に着いた俺は、取り合えず、他に人が居ない事を確認して、遊具を見渡した。
「何が良い?」
「そうね……ブランコ!」
ははは、やっぱ子供だな。
あんなに喜んでる……
あっ、もしかして中学生じゃ無いのかな?
まさかの小学生?
やばいぞ……それだと、重症じゃねえか……
そう言えば、幼稚園児に欲情するロリコンも居るとか……
ああ、ロリコンやめますか?i人間やめますか?……
「ねえ、お兄ちゃん」
「はい、なんでしょう」悟られるな、悟られるな……
「私、出来ないの……」
「あっ……」
ブランコにちょこんと座っている様には見えるが、幽霊の葵ちゃんには、ブランコは揺らせない。
うう、どうしよう?背中を押す事も出来ないし……そうだ!
「じゃ、俺がブランコを揺らしてやるよ」
俺がブランコの鎖を持って揺らすと、
「あっ……」葵ちゃんを残して、ブランコだけが揺れた。
「ううう……」空中に浮いたままの葵ちゃんの顔が曇った。
「あっ!ほら、じゃ、滑り台は?」
俺の指差す先を見て、
「うん……」と、葵ちゃんは頷いた。
そして葵ちゃんは、ふわっと、浮いて飛んで行き、滑り台の上に立った。
「どうしたの?」
滑り台の上に立ったまま動かない葵ちゃんに声を掛けると、
「ううん、なんでもない……」と、葵ちゃんは寂しそうに首を振った。
そして葵ちゃんは座り、滑り台に沿って、すっと滑り……滑ってねぇ!
明らかに、滑ってねぇ!
……だよな……重さが無いから滑れねぇよな……虚しい……
滑る事を楽しむはずの滑り台で、ただ浮きながら降りるだけ……虚しい……
「ねぇ」
「えっ?」
「お兄ちゃんも一緒に滑ろ!」
「えっ?俺も?」
「うん、早く!」
あっ……良い笑顔だな……
この年で滑り台なんて恥かしいけど……ご一緒させていただきます!
「よし、行くぞ!」
「うん!」
「それぇ!」
「はははは」
なんか久しぶりだな……ははは、結構楽しいや。
「もう一回ね!」
「おお!」
子供の頃、近所の友達と一緒に遊んだ公園。
この年になって見てみると、随分と小さかったんだな。
あの頃は、鬼ごっごなんかして走り回って、結構広いと思っていたのに。
「ねぇ、お兄ちゃん、楽しい?」
「うん、楽しい」って、俺が楽しんで、どうすんじゃい!
「あの、葵ちゃんは楽しめたかな?」
「うん!楽しかったよ!お兄ちゃんと一緒だったから」
嗚呼……拗れてる、拗れてる……ロリコンが拗れてる……
眩しい笑顔を見る事が、こんなにも辛い事だなんて……
こんなにも、心を締め付けるだなんて……
「おい……智彦か?」
「えっ?」
何だよ……そんな、親父……今、帰りかよ……
「こんな所で何をしているんだ」
「別に……」こっちに来んなよ!
「勉強もしないで……」
「ほっとけよ!」
「……ふっ、本当に情け無い奴だな……」
はいはい、そうですよ……
「引き篭もって居たかと思えば、こんな時間に公園で遊んでいるなんて……何を考えて居るんだ」
ふんっ、お前には関係ねぇよ……
「いい加減にしろよ、母さんに心配掛けて……」母さんの事は言うな!
「うるせぇ!お前には関係ないだろうが!」
「甘えるな!」
「うっ!」いってえぇ……拳かよ……
「その歳になっても、ああしろ、こうしろって、一々言われたいのか、お前は!」
くそっ、放せよ……このトレーナー、お気に入りなんだぞ、首の所伸びるじゃねぇか……
「大学の受験の時もそうだ、もう、自分で考えて出来る歳だと俺は思っていた」
それがどうした……
「だから、お前の好きなようにさせた」
「ふんっ……」
「その結果がこれだ!見損なったよ、俺は!」
「そうだよ!所詮、俺は、この程度の、情け無い奴なんだよ!」
「甘えるのも、いい加減にしろ!」
「ぐっ!」また、拳かよ……
「勘違いするな!」
何がだよ……
「受験に失敗した事を攻めて居る訳じゃない!一度の失敗で、諦めた、お前を、情け無いと思って居るんだ!」
「……」
「たった一度の失敗で、人生が終わったみたいな顔しやがって、生意気なんだよ!たかが十八のガキが、全てを諦めた様な顔するな!」
「……」
「……好きにすれば良いさ、もう、一人で判断出来る歳のはずだ……」
「……」
「それが出来なきゃ、家を出て行け……そんな負け犬を、俺は養いたくはない」
「くっそ!」待ちやがれ!
「うっ……」
「俺だってな!俺だってな!俺だってなぁ!」当たれ!当たれ!当たれぇ!
「舐めるな!」
「ぐぼっ!」今度は、腹に膝かよ……
「ぐえ……」地面の石ころって、結構痛いな……腹痛てぇ……気持ち悪うぅ……
「いいか、自分で判断出来なきゃ、大人しく親の言う事に従え……」
「……」
「だけど、そんな事、嫌だろぅが、親の言いなりになる事なんぞ、嫌だろぅが」
分かってるじゃねぇか……
「だったら、自分でやれ……それで駄目な時は、土下座でもして頼みに来い……」
ちくしょう……さすがポリ公やってるだけはあるな……腕力じゃ勝てねぇ……
でも、言うだけ言って、とっとと帰りやがって……
後は放ったらかしかよ!
「お兄ちゃん……大丈夫……」
「……うん……大丈夫、だよ……」
ははは、情けねえな……女の子に心配させるなんて、ははは……
ああ、分かっているよ、情け無い奴だって……
「ちくしょう……」
だけど、どうしろって言うんだよ!
一人で考えろなんて……
そりゃ、あいつの言う事を聞くなんて絶対に嫌だけど、絶対に嫌……
でも……俺一人で何が出来るんだよ……
一人でやった結果が、これじゃねえか……
「ああ!ちくしょう!」くそっ、涙が出てきやがった……
学校では、先生は何時も、あれをしろ、これをしろって言ってくれてた。
なのに、急に一人で考えろ何て、どうすりゃ良いんだよ!
お前の言う事なんか聞きたくないけど、どうしたら良いのか教えてくれよ!
教えろよ!ぼけっ!
偉そうに、大人ぶってんじゃねえぇよ!
「ちくしょう……」ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうおぅ!
「お兄ちゃん……」
「葵ちゃん……」
ああ、もういいや……ロリコン拗らせても……
なんか、葵ちゃんの顔見てると、癒されるよ……
「お兄ちゃん、あの人誰?」
「うん?ああ、あいつは俺の親父だよ」
「えっ、お父さん?」
「うん……」
「お父さんと、仲が悪いの?」
仲が悪い……か……客観的に見ればそうだけど、実際は、俺が一人で反発してるだけかもな……
「うん、まぁ、俺は大嫌いだな……」
「どうして?」
「えっ?」
「どうして、お父さんの事、嫌いなの?」
「どうしてって……」
なんか、全てが嫌いだ……
高卒の癖に、手柄立てたり、勉強して昇進試験に合格したりして……自信満々の親父……
未だに母さんとラブラブで、子供の頃、俺とも良く遊んでくれた……優しかった親父……
その全部が嫌いだ!
何でだよ……なんでだよ……
あいつの言葉の一つ一つが気に食わない。
あいつのする事の全てが気に食わない。
一生懸命生きている、あいつの全てが気に食わない……何でだよ……
「分からない……」
「えっ?」
「分からないよ……」
「そっかぁ、分からないかぁ……」
「うん」
「でもね、お兄ちゃん」
「うん」
「私は、私のお父さんの事、大好きだよ……」
「……そっか……えっ?」
ちょっと待て!それって……
「葵ちゃん!」
「きゃっ!」
地面に転がっていた俺が、急に飛び起きた事に葵ちゃんは驚いて、
「どうかしたの?」と、目を大きく開けて尋ねて来た。
「思い出したんだよね」
「えっ?」
「お父さん!葵ちゃんのお父さんの事!」
「あっ……」
「どんな人だった?仕事は?会社は?」
「あ、あ、あの……」
あっ、馬鹿、なに追い詰めてんだよ、葵ちゃん困ってるじゃないか……
「あ、ごめん……ゆっくり、ゆっくりで良いから、思い出そうか」
「うん」
ああ、なんと言う笑顔、本当に癒されるよぉ……もう、私は覚悟を決めましたからぁ……私はロリコンでぇす、はい、そうですよおぅ、ロリコンで悪いですかあぁ…
…もう、戻れまっしぇえん!
あっ……どうしたの?
急に顔を曇らせて……おなかでも痛いの?
「お父さんと……」
「えっ?」
「お父さんと一緒に、公園で遊びたかった……」
「葵ちゃん……」ちょっと、どうしちゃったんだよ、何で泣いてるんだよ。
「お、お父さん、ぐすっ……お父さんと、遊びたかった、ひっくっ、一緒に、遊びたかった……」
「葵ちゃん……思い出したんだね……」
無力だ、なんて無力なんだろ、俺って……
こんな時に、優しい言葉の一つも思い浮かばないなんて……
思い出せたのに……せっかく自分の望みを、思い出せたのに……
ちくしょう、笑ってくれよ!
俺は葵ちゃんの笑顔が見たいんだ!
だから!
だから……泣かないでよ葵ちゃん……
「お父さんと遊びたかったのか……」
「うん……」
「葵ちゃんのお父さんは、何処に居るのか分かる?」
「……」黙って首を振る葵ちゃん。
「そうかぁ……思い出せないかぁ……」
なんとかしろ、俺。
なんとか……なんとかって、何だよ?どうする積りだよ……
俺が、お父さんの代わりになって……なんて、なに馬鹿な事考えてんだよ!
そんな事で、葵ちゃんが満足出来るかよ!
あっ……待てよ……
葵ちゃんが満足したら……成仏するんだ……
そうだ、成仏しちゃうんだ……
な、何考えてんだよ、俺!
それが、一番良い事だろ!
成仏するって事が、葵ちゃんとっても、一番良い事だろ!
それなのに、何を考えてんだよ!俺は!
葵ちゃんが、幽霊のままで良いのか?毎日泣いてても良いのか?
お前は、葵ちゃんが泣いている姿を見たいのか?
そんなのは、絶対に嫌だ!
俺は、葵ちゃんの笑顔が見たいんだ!
葵ちゃんには、笑っていて欲しいんだ!
よし、何とかしてやる!
「よし、帰るぞ」
「お兄ちゃん?」
「帰って、作戦を立てる」
「作戦?」
「そうだ、俺に任せておけ!」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん!」
そう!それそれそれ!その笑顔だよ!俺が見たいのは!
と、それは良いけど、どうしよう……任せておけって言ったけど……
ううむ……どうしよう……
家に向いながら俺は考えた、必死で考えた。
「あれ?」
電柱に張ってある紙……迷い犬、探しています……
おお、これだ!
これを応用すれば……
うん、いける!
……かも知れない。
……いけると良いな……
もう、なに弱気に成ってんだよ!
どうせ、他に良い考えが有る訳じゃないんだから、これに掛けるしかねぇだろ!
とにかく実行あるのみだ!
---◇---
家に着いた俺は、部屋に入ってパソコンの電源を入れて、
「葵ちゃん、写真撮るよ」と、携帯を取り出した。
「写真撮るの?」
「うん、これで、葵ちゃんのお父さんを探すんだ」
「えっ?どうやって?」
「葵ちゃんの写真入のビラを、駅前とかの人通りの多い所で配るんだ」
「うん」
「そうしたら、きっと、葵ちゃんを知っている人が現れる」
「本当に!」
「ああ、任せておけって、さっ、撮るよぉ」
「うん!あっ!ちょ、ちょっと、待って……」
「えっ?」
髪型、整えてるの?
ははは、女の子だな……うう、でも、また、其処が可愛いぃ!
「はい、お待たせぇ」
チーズはいらねぇな、そのままの笑顔でいいよぉ……
「よしっ……てっ、映ってねぇ!だあぁ!なんでだよおぉ!」
心霊写真とか有るじゃねえか!
あれは嘘なのかぁ!
どうしよう……良いアイデアだと思ったんだけど……
ええい、諦めるな!最後の手段だ!
「葵ちゃん、こっち向いて」
「えっ?」
「じっとして……」
写真が駄目なら、似顔絵だ。
絵心なんて、まったく無いけど……
何とか成るだろ……何とか……何とか……何とも、ならねぇ!
何だよ、子供の落書きかよ!くそっ!
諦めるな、そうだ、諦めるな……何度も書いているうちに、きっと上手になって来る。
「ごめん、ちょっと時間掛かるけど、そのままで居てね」
「うん」
いいよう、いいよう、笑顔はばっちりだよ……俺が、下手なだけだよう……ぐすっ……
負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか……
ううう、何枚目だろう……買い置きのコピー用紙、全部使っちゃった……
二百枚以上は残っていたはずなんだが……
もう、朝か……疲れた……葵ちゃんは幽霊だから疲れないのね……
けど、良い感じに描けた……これならばっちりだよな……たぶん……
「どう、これで?」
「……」あら、ご不満そうですね……
「駄目かな?」
「私、こんなに、おでこ広いかな……」
其処が、チャーム・ポインじゃ無いっすか!と、力いっぱい訴えたい!
「駄目か……」
それじゃ……こうやって、ここを塗って……
「こんな感じで?」
「……目の大きさが、左右で違う……」もう、わがままなんだからあぁ……
ここは消して……こうやって、こう……
「どうでしょうか?」
「……四十点……」
「うっ、ありがとうございます……」
もう、これが、今の私にとって、精一杯でございます!許してください!
とにかくこれを、パソコンに取り込んで……このこをしりませんか?変換、改行、あおいといいます変換……と、あっ、連絡先に俺の携帯番号を入れて……よしっ…
…って、コピー用紙がもうねぇ!
印刷出来ねえ!
なんで俺はこうも無計画なんだよ!
あっ、コンビにだ!コンビニで印刷出来る!
「よし、今から行って印刷すれば、通勤客に配れる」
SDカードにデータを移して……よし。
「行くよ」
「うん」
取り敢えずは最寄の駅か。
葵ちゃんは、あの公園に現れたんだからな。
近場から攻めて行くか。
そして俺は、一枚十円のA4白黒プリント百枚をして、駅へと向かった。
眠い……
だけど、僕、頑張るもん!
「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」
くそっ、みんな無視しやがる。
まずかったか、朝の通勤時間では、みんな余裕が無いもんな。
「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」
でも、やるだけやってやる。
八時まで……いや、九時まで粘ろう……
「お願いします!」
「おい、智彦……」
げっ、親父……
「何をしてる」
まずった……そうだよな、親父も此処から電車に乗るんだよな……
「何でも良いだろ……」
「ちゃんと、駅に許可を取ったのか」
「えっ?」
「許可を取っていないのなら、違法だぞ」
「ああ、そうですか……」
くそっ、何だよ……ポリ公面しやがって……
「おまえな……」
「うるせぇな!敷地から出れば良いんだろ!それより、邪魔なんだよ!俺は忙しいんだ!」
「……そうか」
「えっ?」嫌に素直だな……
「じゃ、頑張れ」
「はっ?」
「良い顔、してるな……」
へっ?なんなの?今の……
それに、またかよ……言うだけ言って、後はほったらかしか……
ああ、もう!余計な事考えるな!
今は、ビラ配りに集中しろ!
「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」
……結局、夕方も配ったけど……反応無しか……
よし、明日は隣の駅だ……って、どっちの隣が良いんだろう?
上りか?下りか?
ええい、細けぇ事は良いんだよ!
人が多い方が確立は高いんだ、だったら、あっちの駅の方が多い。
うん、決まりだな。
「葵ちゃん、明日もビラを配るからね」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん……」
「……どうか、したの?」浮かない顔して?
「あのね、どうして私の為に、そんなに一生懸命してくれるの?」
「どうしてって……」可愛いからです、はっきり言って。
「私、幽霊なのに……幽霊だから、お兄ちゃんに何もして挙げられないのに……」
「おい、誤解すんなよ……」
「え?」
「俺は、葵ちゃんから、見返りを貰おうなんて思ってないからな」
「でも……」
「そんな事、心配すんなって」
「お兄ちゃん……」
「うん、お兄ちゃんに任せなさい!」
「……あ、ありがとう……」
ああ、もう、泣かないでよ、そこ、笑ってよ。
「葵ちゃんって、泣き虫さんだね」
「うん、ごめんね……」
「謝るなよ、怒ってなんか居ないからさ」
「うん」
「葵ちゃんは、笑顔で居てくれたら……それだけで、いいからさ」
「……うん、分かった」
そう、それだよ、その笑顔だよ!
だから、俺、頑張れるんだよ!
---◇---
結局、次の日も駄目だった。
そして、次の日も……
でも、直ぐに反応が無くても、ビラを受け取ってくれた人も居たんだ。
後で連絡をくれるかも知れない。
「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」
ビラ配りを始めて四日目、俺は三駅離れた駅でビラを配っていた。
朝は、やっぱり駄目だ。
殆ど、受け取ってくれない。
そして夕方、
「お願いします!この子を知りませんか!葵ちゃんって言います!誰か知りませんか!」と、声を張り上げていた。
「ぶっ、何、これ、下手な絵……」
「ははは、ほっとけよ、そんなもん」
ちくしょう……寝ないで描いたんだぞ、ボケ!
それに、あれから葵ちゃんの希望で修正を重ねて、今は六十点の出来なんだぞ!
「お願いしまあぁす!」
でも、こんな事で良いのか?
間違ってないか?
もし、間違っていたら、こんな事、時間の無駄じゃないのか。
そうだよ、葵ちゃんのお父さんって、そもそも生きて居るのか?
もしかしたら、事故で葵ちゃんと一緒に死んでいたら……
もし、大きな災害だったら、可能性は高いし……
そうだよ、こんな事、無駄なんじゃないのか?
どんなに努力したって報われなきゃ意味無いじゃん。
馬鹿馬鹿しい……
俺は、馬鹿な事をしてるんじゃないの?
なんで、こんな事してんだよ俺……
無駄かも知れ無い事を……
だあぁぁ!違うだろ!
何が無駄だ!
そうだよ!
俺は、葵ちゃんの笑顔が見たいんだ!
だから、やってるんじゃねえのか!
たとえ、上手く行かなくても、ビラを配ってる俺を、葵ちゃんは笑顔で見てくれている。
もし、これが上手く行けば、もっと素敵な笑顔が見れるんだ!
そうさ、諦めちゃ駄目なんだ。
諦めたら、此処で全てが終わる!
葵ちゃんの、笑顔だって、此処で終わってしまう。
そんなのは、嫌だ!絶対に、嫌だ!
分かってる、分かってるって、諦めちゃ駄目なんだ。
だから、頑張るんだ、だから、努力するんだ。
無駄な努力なんて、一つも無い!
たとえ報われなくても、その努力は無駄なんかじゃ無い!
努力なんてものは、そもそも、そう言うものなんだ。
百の努力をしても、その内報われるのは、一つ有るか無いかだ。
その一つが報われる事を望んで、みんな、何度も何度も報われない努力を繰り返すんだ。
ああ、分かってるよ、分かってたよ、そんな事。
たった一度の受験に失敗しただけで、全てを諦めて落ち込んでた俺は、馬鹿だよ!
そんな事、そんな事、分かってるわい!ボケ親父!
あんたは偉いよ。
お前の言うとおりだよ。
ああ、そうさ、お前は何時も正しいよ。
だから、腹が立つんだよ!
だから、大嫌いなんだよ!
だから……だから……悔しいんだよ……
勝てないよ、お前には……くそっ……
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
「……うっ、な、泣いてなんか、いないよ……」くそっ……
「でも……」
「目にゴミが入っただけだよ……」カッコ悪うぅ……
「大丈夫?」
「ははは、大丈夫!」
俺は袖で悔し涙を拭いた。
「ちょっと、顔を洗って来るわ、葵ちゃんは此処で待っててね」
「うん」はい、良いお返事ですねぇ。
葵ちゃんに見られたら恥かしいからな……くそっ……
ああ、参った……
頑張る事は決めたけど、後、何日掛かるのかな?
でも、絶対に諦めないからな。
「ちょっと、君……」
「えっ?」
何だよ、おっさん……
「そこで拾ったんだけど、君が配っていた物かい?」
「え?ええ、そうすっけど……」
何が言いたいんだ?このおっさん……
いちゃもんでも付ける気か?
「このチラシの、葵って子、君は知っているのかい?」
「えっ!ええ……」もしかして!
「もしかして、おじさん、葵ちゃんを知っているんですか!」
「あ、ああ、たぶん……」
おい、おっさん、なに人の描いた絵を見て苦笑いしてんだよ……
「確かめてください!」
「確かめるって、どうやって?」
「こっちに来てください!」
「あ、ちょっと、君……」
速く来いよ、おっさん!
「葵ちゃん!葵ちゃん!こっち!こっち!」
ああ、もう、もどかしい、葵ちゃんも速く来て!
「あっ!あ、葵……」
「お父さん……お父さんだあぁ!」
やったあぁ!ざまあぁみやがれ!ちくしょうぅ!その笑顔が、見たかったんだあぁ!
「お父さん!お父さん!」
「そ、そんな、なんで、葵が此処に……」
まぁ、無理も無い。
死んだはずの娘が、目の前で、バンザイしながら喜んでいる姿見たら、誰だって戸惑うよな……
「葵ちゃん、死んでから……」
「なに!葵は、死んでなんかいない!」
「えっ?」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ、君は!葵は生きている!」
「うそっ……」
「嘘なもんか!」
「あ、でも、ほら……」ねっ、手が素通りするでしょ。
「あっ……」
うむ、やはり我が子の幽霊を見ると、親としてはショックなんだろうなぁ。
「あ、でも、どうして……なんで、こんな事に……」
どう言う事なんだ?……しっくり来ないな。
なんか事情が有るのかも……
「あの、お時間有ります?」
「あ?ああ……」
「ここじゃ、なんですから、三つ先の駅まで、ご一緒願いませんか?」
「どうしてだね?」
「最初に言っておきます、葵ちゃんの姿は他の人達には見えません」
「そうなのか……」
「ええ、だから、人通りの多い此処では、葵ちゃんと話をすれば目立ちます」
「そうだな……」
「それと、葵ちゃんが現れたのは、三つ先の駅の近くにある公園なんです」
「三つ先って言うと……」
「だから、話はそこで」
「……ああ、分かった、行こう」
---◇---
俺達は、葵ちゃんと最初に出会った公園に戻って来た。
駅のメイン通りから外れた児童公園は、夜の九時ともなると、まったく人気が無くなる。
「そうか、五日前に、そんな事が……」
「ええ、あの日、俺は此処で初めて葵ちゃんに会いました」
「五日前と言うと……葵の容態が急変して、集中治療室に入った日か……」
「急変?集中治療室?」
「……ああ、葵はね、白血病なんだよ……」
「えっ……」
そんな、葵ちゃんが、白血病……
「その治療の副作用でね……意識をなくしてから五日になる」
「……」
「今日も病院に行って来たんだが……もう容態は安定しているのに、何故か意識が戻らなくてね……そうか、此処に居たのか」
「へへへ、ごめんね、心配掛けて」
「ははは、いいよ、謝らなくても……」
安心しきった笑顔の葵ちゃん。
それを、愛おしいそうに微笑んで見ているおっさん。
なんか、羨ましいな……
こんな幸せそうな親子なのに、葵ちゃん、白血病だなんて……
「あ、あの、葵ちゃん、どれくらい入院しているんですか?」
「小学校に上がる前だったかな、病気が見付かってね、それからずっと、入院生活を送る事になって……」
ああ、そんな……今、おっさんの周りを、嬉しそうに飛び回っている葵ちゃんが、そんなに長く入院しているなんて……
あっ、そうか、思い出せないはずだ……学校や友達の記憶なんて、最初から無かったんだ……
「健康なら、今年から中学生になっていたはずなのに……」
ほっ、やっぱ中学生なんだ、よかったぁ……て、免罪にはなってねぇ!
「あの、つまらない事を聞くようですが」
「なんだね?」
「たこ焼きって、葵ちゃんと何か関係有ります?」
「たこ焼き?ああ、私が見舞いに行く時に、お土産で何時も持って行っていたよ」
「……ああ、それで」
なるほどな、印象に強く残っていたから、記憶にも残っていたんだ。
葵ちゃんにとって、松坂牛や大トロやウニより、見舞いに来てくれた大好きなお父さんと一緒に食べるたこ焼きが、何よりのご馳走だったんだ。
あっ……なんか、涙出そう……くそっ、たこ焼きなんかで泣いてたまるか!
でも、お父さんと、この公園で遊びたいって事は?何で此処?
「この公園は、葵ちゃんと何か関係があるのですか?」
「ここかぁ……懐かしいなぁ……」
「えっ?」
「そうだなぁ、もう七年になるか……妻が事故で死ぬまで、私達はこの町に住んで居たんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、ちょうど、この先のアパートに住んでいたよ」
えっ、それって、ご近所さん?
「休みには、まだ幼稚園の葵を連れて、この公園に遊びに来たもんだよ」
七年前って……あっ、俺がこの公園で遊んでいた頃だ……
「でも、妻が死んで……それから直ぐに葵の病気が分かって……葵が入院している病院の側に引っ越したんだよ」
「そうだったんですか」
もしかして、これって、何か繋がってるのか?
俺も葵ちゃんも同じ時期に、この公園で遊んでいた。
そして、俺には葵ちゃんの姿が見える……
ああ、そうかぁ……きっと、何か繋がっていたんだ……
「おじさん、葵ちゃんは、もう一度貴方と、此処で遊びたかったそうですよ」
「えっ?そうなのか、葵」
「うん、私ね、何となく覚えていたの、お父さんと公園で遊んだ事」
「出会ったばかりの葵ちゃんは、名前しか覚えていませんでした」
「覚えていなかった?」
「ええ、この姿になった為かどうかは分かりませんけど、でも、お土産のたこ焼きの事と、貴方と此処で遊んだ事は、思い出したんですよ」
「葵……」
「苗字も思い出せませんでした」
「苗字も?」
「ええ、でも、なぜだか分かりましたよ」
「……」
「葵ちゃんは、おじさんを中心に思い出せたんですよ、だから、貴方から呼ばれていた名前の〝葵〟だけを思い出した」
「……」
「俺、思うんです……葵ちゃんにとって、元気な頃、貴方と此処で、あ、遊んだ、思い出が……葵ちゃんの心の中で、きっと、きっと、た、宝物の様に、輝いて、いた
んだと、お、思います……だから、だから……」くそっ!泣くな!泣くなよ!
「……」
おっさんも泣いているのか……
良い大人が情け無いな……でも、羨ましいぜ、おっさん……
「……そうか……葵、ごめん……お前が入院してから、かまってやれなくて……ごめん……」
「ううん、そんな事無いよ、お父さんお仕事忙しいのに、お見舞いにも来てくれて、私、嬉しかったよ」
「でも……」
「しょうがないよ、病気だもん、外でお父さんと遊べないのは、しょうがないよ」
「葵……」
葵ちゃん、思い出して来たんだね。
自分の病気のことも……
遊びたい盛りだった小学生の頃を、ずっと、病院の中だけで過ごして……
寂しかったんだろうな……辛かったんだろうな……悔しかっただろうな……
だけど、そんな思いをしてても、素直で、明るくて、ちょっぴり泣き虫で……お父さんが大好きで……くそっ!
「よし!遊ぼう!」
「えっ?」
「遊びましょうよ!今の葵ちゃんなら、一緒に遊べますよ、また、この公園で」
「あっ……」
「お父さん、あそぼ!」
うん、それが葵ちゃんの望みなんだ、ここで、もう一度、お父さんと思いっきり遊ぶ事が。
あっ、でも待てよ……
それで満足した葵ちゃんはどうなるんだ?
病気とは言え、生きているんだ……だったら、成仏ってのはおかしいよな……
おいっ、やばいんじゃねえか?
もしかしたら、葵ちゃん本当に死んじゃうかも。
集中治療室に入ってるって言ってたよな。
未練があるから、辛うじて魂が此処に残っているのだとしたら……
だったら、満足したら……
おいっ、やばいよ!
「ははは、遊ぶって、何して遊ぶんだ?」
「そうねぇ……」
ああ、くそっ……言うべきか……ええい!
「あの、おじさん……」
「ん?」
「あの……」何て言えば良いんだよ……
「どうかしたのかい?」
やっぱり、言うべきだ!
「おじさんと遊ぶ事が葵ちゃんの望みです」
「ああ、そう聞いたよ」
「それで、葵ちゃんが満足したら……葵ちゃん、本当に死んでしまうかも知れません」
「……」
「今、未練があるから、集中治療室に入っても……」
「ああ、分かった、ありがとう……」
「えっ?」
「ありがとう……君は、本当に葵の事を、思ってくれているんだね」
「あ、いや、そんな……」
「葵はね……葵も知っている事なんだけど……このまま病気が進めば、後、二年持つかどうか分からないんだよ……」
「……そんな……」に、二年って……そんな……
「今は、抗がん剤や放射線で治療を続けているけど、それも最近、効果が無くてね」
「あっ、でも、臍帯血や骨髄移植をすれば直るって……」
「確かにそうだけど、それは、そんな簡単な物じゃないんだよ……」
「どう言うことですか?」
「移植に適合した物があれば良いけど……いや、適合した物が有ったとしても、生きるか死ぬかの大手術になるんだよ、移植治療の過酷さに、耐え切れなくて死亡する
例も沢山あるんだ」
「そんな……」
「だから、正直言って、手術を受ける事を迷っている……」
「……」
そんな、そんな……それじゃ、死ぬかも知れないって……もう直ぐ死ぬかも知れないって分かってて、どうして、葵ちゃん、笑顔でいられるんだよ……
記憶が……病気の事も思い出しているのに……
ああ、惨めだ……本当に惨めだ……たかが受験で落ち込んでいた俺が情け無い……
葵ちゃんは、あんなに小さいのに、死ぬかも知れないのに……なのに……
俺は、なんて詰まらない存在なんだ……無様だ……恥かしい……
「だからね、今を大切にしたいんだよ」
「……」
「そして、この奇跡を……これは、神様がくれたチャンスなんだ……葵と再び、この公園で遊べるチャンスなんだ……だから、大切にしたいんだ、なっ、葵」
「うん!」
ああ、何て綺麗な笑顔なんだ……どうして、そんな笑顔が出来るんだよ……葵ちゃん……
「お兄ちゃんも、一緒に遊ぼ!」
「あ、ああ……」
よしっ!もう迷わない!
葵ちゃんの為に、最後までやり抜く!
「で、何をして遊ぶんだい?」
「ブランコと滑り台は、駄目だったな、ははは」
「そうだったね、ははは」
「なんだ、二人とも、もう遊んでいたのか」
「うん、お兄ちゃんと一緒に滑り台で遊んだんだよ」
俺の方が楽しみましたけど……
「じゃ……鬼ごっこ!」
「鬼ごっこ?」あっ、おっさんとハモってしまった……
この年で鬼ごっこっすか……勘弁して下さいよ……
「ねっ、良いでしょ、お兄ちゃん!」
「お、おお、もちろん!やろう!」だめだ、葵ちゃんの笑顔は無敵だ……
「それで、鬼は誰だ?」
「二人が鬼で、私を捕まえて」
はっ、それも面白いか……
「良い?」
「よし!」
「わかった!」
「逃げるわよ!」
「おお!」
ああ、ちょっと、待って、くそっ、飛んでたら捕まえられないだろうが!
「こっちよぉ!」
「ああ、待て!」
ふう、ふう、ふう、駄目だ、完全に運動不足だ……
あっ、おっさん、葵ちゃんを壁際まで追い込んだ。
「よし、チャンス!」おっさん元気だな……
「残念でしたぁ……」
「待て、ずるいぞ!」
まぁ、霊体なんだから、壁も通り抜けられるもんなぁ……
「よし、君!挟み撃ちだ!」
「えっ?え、はい!」って、おっさん乗り乗りだな……
「ブランコの方から廻って!」
「はい!」まぁ、俺も乗ってるけど……
「行くぞ!葵!」
「きあぁぁ!」
「えいっ!」
「わっ!」飛び上がるなって!
「惜しい!もうちょっとだったね!」
「すまん……」
「いえ……」
くそっ、何でおっさんと、抱き合わなきゃいけないんだよ……がっぷり四つに……
そして、二十分経過……あかん、限界だ……
「はあ、はあ、あ、葵ちゃん……ちょ、ちょっと、休憩……」
「はあ、はあ、はあ……そ、そうだな、休憩、しようか……」
「ふふふ、二人とも、もう疲れたの?」
「ははは、運動不足でね……」
てか、無理だろ、絶対に無理だろ、葵ちゃんを捕まえるなんて……
「ねえ、お父さん」
「なんだい?」
「肩車……して……」
肩車って……葵ちゃん、浮かんでいるのに?
「ああ、いいよ」
「ありがとう……」
「どうだ?」
「……うん……嬉しい……」
葵ちゃん、立ち上がったおっさんの肩に引っ付いて、おっさんの頭にもたれ掛か様にしている。
「お父さん」
「ん?」
「大好きだよ……」
「うん、知ってるよ」
「私、手術……受けてみる……」
「……そうか……」
「お兄ちゃん」
「えっ?」
「ありがとう、楽しかったよ」
「ああ……俺も、楽しかったよ」
「お兄ちゃんと会えて、よかった……」
「あっ……」
「……大好きだよ、お兄ちゃん……」
「……そんな、葵ちゃん……」
葵ちゃん……消えた……
キラキラと煌く光と共に、俺が生涯忘れる事が出来ない、天使の笑顔を残して、葵ちゃんは消えた。
「うっ、うっ、うっ……」
おっさん、泣いている……立ったまま、空を見上げて泣いている……
俺も、なんか、涙が出て来た……
葵ちゃん、どうなったんだろう……
これで良かったのか?
分からない……きっと、一生分からないだろう。
俺は、一生懸命やった。
そう、だから、天使の笑顔を見る事が出来た。
俺の望んでいた笑顔……
だから、俺は満足だ。
だけど……葵ちゃんは?
葵ちゃんは、どうなったんだ……
おっさん、まだ泣いている……
俺は、このまま帰ろう。
このまま、俺の名前も告げづに帰ろう。
どうして?
それは、怖いから……
葵ちゃんが、どうなったのか、知るのが怖い……
このまま、あの天使の笑顔を心に刻み付けていたい。
だから、知るのが怖い……
はっ!まだまだガキだな……俺は……
じゃぁな、おっさん……もう会う事も無いだろな……
うっ、くそっ、涙が止まらねぇ……
何でだよ!
葵ちゃんは喜んでたんだぞ!
あんな、素敵な笑顔で、喜んでたんじゃないか!
なのに、なんで泣いてんだよ!俺!
なんでだよう!
--◇---
俺は、帰り道で色々な事を考えていた。
人の一生なんて、長さじゃないんだ。
目指すものを持って生きている人は輝いている。
短くても、輝いていれば、それはそれで素晴らしい人生だと思う。
長く生きても、目標も無く、何もしないで、ただ漫然と生きているなんて……それこそ下らない。
葵ちゃんは、本当に満足出来たのだろうか?
いや、満足なんて誰にもありえない事だ。
でも、葵ちゃんはきっと、一番欲しい物は手に入れたと思う。
大好きなお父さんとの思い出。
だから、あんな素晴らしい笑顔が出来たんだ。
それを見れた俺は、幸せだ……それだけで、幸せだ。
「なんだ、今帰ったのか」
玄関を入ると、風呂から出て来た親父がいた。
「あれ?親父、速いな」
「ああ、今日はな」
「そうか……」
「早く、飯食えよ」
「ああ……あっ、親父」
「ん?なんだ?」
「覚悟しとけよ」
「何がだ?」
「俺は大学出て、警察に入ってやる」
「ほう……」
「そうしたら、いずれ俺は、親父の上司様だ」
「ははは、面白い、やってみろよ」
「おう、やってやるさ」
「ははは!楽しみに待ってるよ、ははは!」
ふん!負けるかよ……
---◇---
速いもので、あれから二年が過ぎた。
俺は、一流大学に合格して、今は大学生だ。
あの事件は俺にとって、夢の様な出来事だったけど、今でも、はっきりと葵ちゃんの笑顔は覚えている。
俺は、葵ちゃんの為に頑張った積りだったけど、結局は葵ちゃんに救われた。
今では、そう思っている。
甘えていた俺の、目を覚まさせてくれた。
別に、葵ちゃんが、俺を教え諭してくれた訳ではないが……
葵ちゃんの生き様は見せてもらった。
その事を思うと、この公園が大切な場所に思えるな。
葵ちゃん……
一生、返せない借りが出来たみたいだ……
あの後、葵ちゃんはどうなったのかは分からないけど、俺は葵ちゃんに感謝している。
俺の心の天使……葵ちゃん……
「お兄ちゃん!」
「えっ?」
「えへへへ、やっと見付けたよ」
俺が振向いた所には、セラー服を着た天使が立っていた。
「あ、葵ちゃん……」
眩しいくらいの元気な笑顔で天使が立っていた。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
感想など一言頂けましたら幸いです。