↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国家の審査観測記録  ―皇居へ拝謁するまで四日間―  作者: マック アダソン
第1章 来日 ―「観測される存在」
PR
7/37

⑤東京都内の異変

その頃、都内では、はっきりと説明できない変化が静かに広がり始めていた。仕事帰りの人が足を止めるほどではない。だが、いつも見ているはずの景色に、どこか引っかかるものが残る。

 レインボーブリッジの光が変わっていることに、最初に気づいたのは橋を見上げた車の助手席の人間だった。

「……あれ、色」

小さくこぼれた声に、運転席の視線も一瞬だけ上がる。緑、赤、オレンジ。見慣れた夜景の中で、その並びだけがわずかに浮いて見えた。

 同じころ、別の場所でも似たようなことが起きている。東京スカイツリーの色がいつもと違うと、駅前で写真を撮っていた学生がスマートフォンの画面を見比べる。東京都庁のライトアップも、よく知っているはずの配色からわずかに外れている。

「今日、イベントあったっけ?」

誰に向けるでもない問いが、その場に残る。

 どの場所も、派手に変わっているわけではない。ただ、いつもと同じだと思って見ていた光が、よく見ると違う。その違いが、ひとつではなく、都内のあちこちで同時に起きている。

 緑、赤、オレンジ。

 意味を知らなければ、ただの色の組み合わせに見える。だが、ニュースに触れている人間の中には、どこかで引っかかる者もいた。

「……サイバーサイジング?」

誰かがつぶやく。確信ではない。ただ、思い当たる名前が一つ浮かぶ。

 やがて、画面の中でその違和感が言葉にされる。駅の構内に設置されたモニター、カフェの壁にかかったテレビ、スマートフォンの配信画面。どこでも同じように、アナウンサーが落ち着いた声で伝えていた。

「現在、都内各所で特別なライトアップが実施されています」

 映像が切り替わる。レインボーブリッジ、スカイツリー、都庁。それぞれの光が、同じ配色で映し出される。

「関係者によりますと、これはサイバーサイジング社創業者夫妻の来日、および、天皇皇后両陛下との面会を記念したものとみられています」

 別の局でも、ほとんど同じ内容が繰り返される。

「期間限定の演出とされており、詳細な決定経緯については明らかにされていません」

「政府関係者の関与も指摘されていますが、公式なコメントは出ていません」

 説明は与えられる。だが、それを聞いたあとも、完全に納得したような空気にはならない。画面を見ている人間の中に、わずかな間が残る。

なぜ、この規模なのか。なぜ、この速さで整えられたのか。なぜ、そこに個人の嗜好まで含まれているのか。

誰もはっきりとは言わない。けれど、同じ光景を見ている者同士のあいだで、言葉にならない認識だけが共有されていく。偶然ではない。単独でもない。ばらばらに見えていたものが、どこかで同じ方向を向いている。

 誰かが、スマートフォンの画面から目を上げて、もう一度だけ街の光を見る。

そして、小さくつぶやく。

「……つながってる」

 その一言は、すぐに夜の中へ消えていく。だが同じ感覚は、別の場所でも、別の誰かの中にも、同じように残っていた。



挿絵(By みてみん)

第一章は、こうして終わる。

『それ』が、日本に到達する前に。

 羽田の夜は、いつもと変わらない明るさだった。滑走路の灯りも、街へ伸びていく車の列も、どこかで見慣れた光景のまま並んでいる。けれど、その中に混じっている何かだけが、うまく言葉にならないまま引っかかっていた。

 「到着した」という言葉は、あちこちで繰り返されている。ニュースも、現場の声も、同じようにそれを伝えている。だが、その様子を実際に見ていた者ほど、どこか納得しきれないものを残していた。

 空港の中で動いていたのは、人の列というよりも、整えられた流れのように見えた。車が止まり、扉が開き、また閉じる。その繰り返しの中で、誰かが急ぐ様子もなく、声が飛び交うこともない。それでも、すべてが同じ方向へ自然に揃っていく。

 外と内の境目も、はっきりしない。どこからが区切られているのか分からないまま、気づけば周囲の動きのほうが先に変わっているように感じられた。それは、ただ「来た」というよりも、もっと前からここにあったものが、形を持って見え始めたような感覚に近い。だから、このあとに起きることも、単なる訪問の続きには見えない。

外からやってきたものを迎えるというより、すでに入り込んでいる何かを、あとから確かめていくような流れに思えた。

 やがて、その視線は丸の内へ移る。日本サイバーサイジング社、丸の内支社。人が出入りし、会話が交わされ、仕事が流れていく、ごく普通のオフィスのように見える場所だった。

だが、そこで目にする光景は、空港で感じたものとどこか繋がっているのに、少しだけ違っている。人と向き合い、言葉を交わし、子どもと同じ高さで目を合わせる。その様子は特別なものではなく、日常の延長のように自然に見える。

 だからこそ、その中に混じる違和感のほうが、かえってはっきりと残る。優しく見える振る舞いが、ただの優しさとしては受け取れない。何か別の基準で動いているような感覚だけが、うまく言葉にならないまま残っていく。理由は分からない。ただ、その場にいると、どこかで立ち止まりたくなる瞬間がある。


 第二章は、その観測記録である。それが『人間として観測されている』限り、まだ、異常は定義されない。

そして物語は、次の段階へ進む。

――第二章へ続く。


第二章に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。