②車列――冬の東京を横切る数分
玄関の外に出た瞬間、空気の温度がはっきりと変わった。乾いた冬の冷気が頬に触れ、白い息がわずかに浮かぶ。視界の先には、建物のエントランスから一直線に、赤いカーペットが敷かれていた。磨かれた石畳の上にまっすぐ伸び、その先に黒塗りの車が静かに待っている。
その両側には、すでに人の列ができていた。警視庁のSP、警察官、アダソン家のSP警備部。それぞれが一定の間隔で配置され、動きは少ないが、視線だけが絶えず周囲をなぞっている。立ち位置は揃えられ、わずかなずれもすぐに修正される。
さらにその外側、柵の向こうには、報道陣が密集していた。カメラが肩に乗り、レンズが一斉にこちらへ向けられている。前列だけでなく、その後ろにも人の層が重なっている。誰かが合図を出したわけでもないのに、フラッシュが一斉に焚かれた。白い光が連続して弾け、冬の空気の中で乾いた音だけが短く響く。
夫妻は足を止めず、そのままカーペットの上を進む。歩く速度は変わらない。周囲の音や光も、特別なものとして受け取っている様子はなかった。
その後ろで、SPたちの動きがわずかに変わる。距離を保ったまま、位置が調整される。進行方向に合わせて、見えない線が引かれていくようだった。
車の手前には、先導車両が並んでいた。警視庁の車両が複数台、その間に白バイが入り、さらにアダソン家の黒い車が連なる。並びは一列ではなく、奥まで続いているのが見えた。エンジンはすでにかかっており、低く抑えられた振動だけが足元に伝わってくる。白バイの隊員はヘルメット越しに前方を見据え、わずかに体を傾けたまま動かない。
さらに遠くには、道路の一部がすでに整理されていた。信号は制御され、一般車両は見えない。交差点の先にも、同じような車両の影が並んでいる。ビルのガラスに、赤いカーペットと黒い車列が何重にも反射していた。
フラッシュが再び焚かれる。光が重なり、影が一瞬だけ揺れる。
夫妻は黒塗りの車の前でわずかに足を止める。ドアが静かに開く。余計な音はしない。妻が先に乗り込み、続いて夫が乗る。ドアが閉まると同時に、外の音が一段落ちる。
次の瞬間、車列が動き出した。先導の白バイがゆっくりと前に出る。その後ろで複数の車両が同時に動き、列が一つにまとまる。警視庁の車両、アダソン家の車両、間を空けずに連なり、流れが途切れない。後方にも同じような車列が続いているのが見えた。
丸の内の通りを抜ける。ビルの隙間から冬の光が差し込み、フロントガラスの上を流れていく。歩道には立ち止まる人の姿があり、車列を目で追っている。スマートフォンを向ける者もいるが、声は上がらない。ただ、その場で見送るだけだった。
交差点を一つ越えるごとに、景色がわずかに変わる。ガードレールの向こうにいた記者の列が途切れ、代わりに広い空間が見え始める。遠くに、皇居の森の緑がわずかに覗いていた。
距離は短い。ほんの数分で着く場所だった。
それでも、その数分のあいだ、車内の時間は外とは少し違っていた。振動はほとんどなく、音も抑えられている。窓の外だけが流れていく。
白バイが速度をわずかに上げる。前方の道が開ける。
視界の先に、低く広がる緑が見え始める。ビルの隙間に、皇居の森が静かに入り込んでいた。
もう、皇居の外縁に差しかかっていた。
黒い車列は、そのまま皇居へと向かって進んでいった。距離にすれば、歩いても届くほど近い場所だった。だが、その道は、歩くためのものではないように整えられていた。
通りに出た時点で、すでに交通は制御されていた。信号は通常の周期を外れ、交差点ごとに警察官が立ち、車の流れを止めている。一般車両の姿はほとんど見えない。代わりに、白バイと警視庁の車両が、一定の間隔で配置されていた。
交差点を抜けるたびに、同じ光景が続く。次の交差点、その次の通り。どこまで行っても、人の配置と車両の並びが崩れない。
車列の外側、歩道のさらに外には、人が集まっていた。最初はまばらだった。
だが進むにつれて、その密度は明らかに変わっていく。ガードレールの向こうに人の列ができ、その後ろにも、さらに人が重なっている。コートに身を包み、白い息を吐きながら、同じ方向を見ている。
手にスマートフォンを持つ者、カメラを構える者、ただ立ち止まっている者。声は上がらない。だが視線だけが、車列を追い続けていた。その合間に、報道陣の姿が混じる。三脚が並び、長いレンズが一斉に向けられる。中継用のケーブルが足元に伸び、スタッフが無言で位置を調整している。マイクには局名のロゴが貼られ、イヤホンを押さえながら、何かを聞き取るように小さく頷く姿も見えた。カメラの横では、別のスタッフが静かにカウントを取り、合図と同時にレンズが一斉に固定される。
フラッシュは、ここでも途切れない。
一度光り、間を置かず、また光る。冬の空気の中で、白い光だけが規則を持たずに弾けていた。
車は止まらない。
速度は一定のまま、揺れもなく進んでいく。
その間にも、配置は崩れない。警察官の位置、車両の間隔、人の流れ。すべてがそのまま保たれている。
理由を説明する声はどこにもなかった。
だが、その場にいる誰もが、何かを見ようとしていることだけははっきりしていた。
白バイがさらに速度を上げる。
前方の視界が一気に開ける。
門へと続く道が、まっすぐ伸びていた。
車列は、そのまま、皇居の内側へと入っていった。




