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短編に挑戦シリーズ

エルフの記憶

作者: くろイけ
掲載日:2026/08/19

 エルフの寿命は千年とも二千年とも言われており、一部では不老だという説まであるのだという。


 もし本当にそうだとしたら、例え寿命が最短説の千年だったとしても、人間がその一生を追える類の生物ではないだろう。


 人間に換算するなら、ざっと四十世代ほどの期間に相当するからだ。


 文化や風習だけではなく、生活そのものがまるで別モノになる時間。

 生物としての在り方すら、変わっている可能性がある時間。


 その変遷を目にした時、エルフは何を思うのだろうか。


 もしかすると、エルフにとっても千年もの間、記憶を保持し続けるのは難しいのかもしれない。


 エルフの脳が人間のそれと比較して、著しく発達していたり機能や容量が異なっていたりしない限り、記憶できる限界も自ずとあるのではないだろうか。


 私は考えた。


 考えても答えの出ないことを、考え続けるのが好きなのだ。


 もしかするとエルフはあの長くて真っ直ぐな髪の毛を、外部記憶デバイスとしているのかもしれない。


 髪の毛一本一本に、長期記憶を保存する。


 髪は年月を経ることで伸びるので、保存領域も拡張されていく。


 エルフの髪は、ほとんど抜けないと言われている。

 それは髪の毛を大事にしているからだ、と何かで読んだ記憶がある。


 髪の毛を大事にしているのではなく、髪の毛に保存した記憶を大事にしているのではないだろうか。

 そう考えると、とてもロマンチックだ。


 あの美しい銀髪の中に、数十年数百年の記憶が刻まれている。


 エルフは生まれてから一度も散髪しないという通説も、そう考えると納得がいく。


 エルフの生活や風習については、ほとんど知られていない。


 それは髪の毛に代表されるような、彼らならではの特性がほかにもあって、それらの情報を門外不出として守るための情報統制が、徹底しているからではないだろうか。


 人間と交流を持たないのも、そのためだ。

 もっとも、人間ほど危険なものはないという意見には、人間である私自身も賛同するところなので、致し方ない。


 魔族というのも私はよく知らないが、たぶん人間の方が醜い。


 かつて、エルフの里に迷いこみ、やがて帰還した人間の自伝が存在していたらしい。

 しかし、ほどなくその人物は消息を絶ち、自伝も失われたのだという。


 「禁書」に指定されているらしいのだが、現物が存在しないのに、なぜそんな大袈裟にする必要があるのだろうか。


 私は、そこにはエルフが関わっているのだと思う。


 種族を守るために、対策をとったのだ。

 極めて迅速かつドラスティックに。


 だからもし私がいつか突然姿を消したら、私の予想が当たったのだろう。

 それをエルフがどうやって知ったのかは全く想像もつかないが。


 私の想像は膨らむ。


 エルフの社会とは、極めて厳格な掟と過酷な罰の社会ではないだろうか。


 例えば、罪を犯したものは髪を刈られる。

 それまで記録してきた長期記憶をごっそり失うのだ。


 考えただけでも恐ろしい。


 短く刈っただけなら、時間と共にまた髪は伸びる。


 しかし、もし剃髪したり、完全に毛根から抜いたりしたらどうなるのだろうか。


 短期記憶と、人間と同じ容量の記憶装置しかなくなった時、その長い一生を、どのように生きることになるのだろうか。


 なぜ、そんなことを考えるのかというと、今日見てしまったのだ。


 町の外れで、尼僧頭巾を被った女とすれ違った。

 私の視線に気づくと、顔を伏せて小走りに去ってしまった。


 彼女の耳は長かった。

 頭巾の横の膨らみでわかったのだ。


 もちろん、頭巾の中で髪を結っているだけかもしれない。


 わからないけれども、「もしかすると」と想像するだけで、好奇心でうずうずしてしまうのだ。


 彼女がもしエルフなら、なぜ尼僧の格好などしているのか――。

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