エルフの記憶
エルフの寿命は千年とも二千年とも言われており、一部では不老だという説まであるのだという。
もし本当にそうだとしたら、例え寿命が最短説の千年だったとしても、人間がその一生を追える類の生物ではないだろう。
人間に換算するなら、ざっと四十世代ほどの期間に相当するからだ。
文化や風習だけではなく、生活そのものがまるで別モノになる時間。
生物としての在り方すら、変わっている可能性がある時間。
その変遷を目にした時、エルフは何を思うのだろうか。
もしかすると、エルフにとっても千年もの間、記憶を保持し続けるのは難しいのかもしれない。
エルフの脳が人間のそれと比較して、著しく発達していたり機能や容量が異なっていたりしない限り、記憶できる限界も自ずとあるのではないだろうか。
私は考えた。
考えても答えの出ないことを、考え続けるのが好きなのだ。
もしかするとエルフはあの長くて真っ直ぐな髪の毛を、外部記憶デバイスとしているのかもしれない。
髪の毛一本一本に、長期記憶を保存する。
髪は年月を経ることで伸びるので、保存領域も拡張されていく。
エルフの髪は、ほとんど抜けないと言われている。
それは髪の毛を大事にしているからだ、と何かで読んだ記憶がある。
髪の毛を大事にしているのではなく、髪の毛に保存した記憶を大事にしているのではないだろうか。
そう考えると、とてもロマンチックだ。
あの美しい銀髪の中に、数十年数百年の記憶が刻まれている。
エルフは生まれてから一度も散髪しないという通説も、そう考えると納得がいく。
エルフの生活や風習については、ほとんど知られていない。
それは髪の毛に代表されるような、彼らならではの特性がほかにもあって、それらの情報を門外不出として守るための情報統制が、徹底しているからではないだろうか。
人間と交流を持たないのも、そのためだ。
もっとも、人間ほど危険なものはないという意見には、人間である私自身も賛同するところなので、致し方ない。
魔族というのも私はよく知らないが、たぶん人間の方が醜い。
かつて、エルフの里に迷いこみ、やがて帰還した人間の自伝が存在していたらしい。
しかし、ほどなくその人物は消息を絶ち、自伝も失われたのだという。
「禁書」に指定されているらしいのだが、現物が存在しないのに、なぜそんな大袈裟にする必要があるのだろうか。
私は、そこにはエルフが関わっているのだと思う。
種族を守るために、対策をとったのだ。
極めて迅速かつドラスティックに。
だからもし私がいつか突然姿を消したら、私の予想が当たったのだろう。
それをエルフがどうやって知ったのかは全く想像もつかないが。
私の想像は膨らむ。
エルフの社会とは、極めて厳格な掟と過酷な罰の社会ではないだろうか。
例えば、罪を犯したものは髪を刈られる。
それまで記録してきた長期記憶をごっそり失うのだ。
考えただけでも恐ろしい。
短く刈っただけなら、時間と共にまた髪は伸びる。
しかし、もし剃髪したり、完全に毛根から抜いたりしたらどうなるのだろうか。
短期記憶と、人間と同じ容量の記憶装置しかなくなった時、その長い一生を、どのように生きることになるのだろうか。
なぜ、そんなことを考えるのかというと、今日見てしまったのだ。
町の外れで、尼僧頭巾を被った女とすれ違った。
私の視線に気づくと、顔を伏せて小走りに去ってしまった。
彼女の耳は長かった。
頭巾の横の膨らみでわかったのだ。
もちろん、頭巾の中で髪を結っているだけかもしれない。
わからないけれども、「もしかすると」と想像するだけで、好奇心でうずうずしてしまうのだ。
彼女がもしエルフなら、なぜ尼僧の格好などしているのか――。





