第32話 茜は連れ回しました
破砕音が後ろから響き、茜は振り返った。
屋内で住人ゾンビの視線を切ることには、失敗した。
であれば、次は道路まで逃げ、何かの障害物を使ってやり過ごせばいい。
ぶっつけ本番ではあるが、第一ステージは茜にとっては庭のようなものだ。
ゾンビ一体を撒く程度、造作もない。
そう、考えていたのだが。
「え……」
振り返った茜の視界に入ったのは、互いに互いを掴み、そして虎縞ロープが絡まり合った2体のゾンビが、玄関から転がり出した姿であった。
『マァマぁマアまあマァッ!!』
『オカッチャッたいダタイッ!!』
住人ゾンビは、かろうじて茜目掛けて手を伸ばしているようだったが。
子供ゾンビが、がっしりと住人ゾンビにしがみついている。
「…………!」
何が起こっているのかは、分からない。
分からないが、幸運なのは間違いない。
このまま放置して路地を抜ければ、確実に住人ゾンビの視線を切ることができるだろう。
「茜さん!」
「走って逃げましょう!」
「はい!」
佳子に続き、茜も路地を走った。
この先は大きな道路だが、この時間であれば他のゾンビはいない筈だ。
茜は佳子に、道路に出たらすぐに右に曲がって止まるよう『指示』すると、自身も路地を抜けて止まると、すぐに右のブロック塀に『張り付いた』。
「…………!」
佳子が荒い息をつく横で、茜は路地を窺う。
――ゾンビは、いない。
「よし……!」
あの家のゾンビは、確実に撒いた。
あとは、安全な場所に移動するだけだ。
「茜さん……」
心配そうに、佳子が茜に話し掛ける。
茜は、無言で頷いた。
「茜さん……!」
もちろん、格好を付けたとか、そういう意図は全く無い。単に、何を言えばいいか分からなかっただけ、というコミュ障仕草だ。
だが、その仕草は、佳子から見るとずいぶんと頼もしく見えたようだ。
ぱあ、と顔を輝かせ、思わずといった様子で茜にすり寄ってくる。
さすがにこの場で抱きつくのは遠慮したようだが、場所が場所なら間違いなく、盛大に抱き締めていただろう、蕩けた表情だった。
「……! ……移動、しましょう」
「……はい!」
後ろのゾンビは撒いた。
だが、この場は別に、安全地帯というわけでは無い。
ゾンビがいない今のうちに、今日の寝床に移動する必要がある。
逃走経路は、確保済みだ。
◇◇◇◇
「し、しぬかとおもった……」
ゲーム中で安全地帯として設定されている住宅の玄関で。
佳子は、魂が抜けて灰になった顔で、呆然と立ち尽くしていた。
茜はそんな佳子には目もくれず、玄関を施錠してから靴を脱いで家に上がる。
あれから。
ゾンビの佇む路地を、音を立てて呼び寄せ回避。
ランナーゾンビが間近を通り過ぎる物陰で回避。
老人ゾンビの目の前を、横切って移動。
母親ゾンビの後ろに張り付きながら歩いて回避。
在宅ゾンビが監視する住宅の庭を、視線を掻い潜って突破。
茜は、危なげなく全てをクリアし、この家に辿り着いていた。
その全ての移動に、佳子を引き連れて。
佳子は茜の『指示』通りに移動することで、何の危険も無くゾンビを回避した――ということになるなのだが。
「あかねさん……なにものなんだ……」
そのあまりにも常軌を逸した回避プレイに付き合わされた一般人は、精も根も尽き果てた様子で、玄関の小上がりにへたり込んだ。
同情を誘う姿だったが、茜は華麗にそれをスルーする。
なぜならば、ゲーム中で仲間になるサバイバーは大抵、『指示』しない場合は今の佳子のようにその場に立ったままか、座って待機していたからだ。
あまりの出来事に思考停止している佳子を放置し、茜は真っ先に台所に向かう。
「ここは確か、レトルトのご飯があったと思います」
レトルトご飯は、短時間で調理可能な優秀な食糧だ。確保できる場所で確保しておきたいものになる。
「お、ご飯が5食。うーん、賞味期限切れのパンは、無理ですねぇ。おなかを壊しちゃいます」
茜はその他に、ツナの缶詰、焼き鳥の缶詰、レトルトのハヤシソースをパントリー内で発見、回収した。
ゲーム内で回収可能な食糧は、これで全てだ。
「……。じゃがいも……」
そして、ゲーム背景としては存在したが、手に取ることはできなかったもの。
パントリー下段に詰められていた段ボールの中に、ジャガイモが保管されていた。
「これは……まあ、食べられるのは間違いないけども……」
ジャガイモは、優秀な保存食だ。光に当ててはいけない、という問題はあるものの、それを差し置いても確保しておきたい。
何より、ジャガイモは栽培可能だ。
現実化したこの世界の今後を考えると、自給についても今から準備が必要だろう。
問題は、運ぶ荷しても重くて嵩張る、ということだろうか。
「……佳子ちゃんに持たせるか」
茜は頷くと、段ボールを引きずり出す。
最終的に、何をどれだけ持って行くかは佳子と相談して決めればいい。
主人公に同行するサバイバーには、荷物を持たせることが可能なのだ。
もちろん、あまり多くの荷物を渡してしまうと、動きが鈍るという問題はある。
まあ、いくらか置いていったとしても、場所を覚えておけばまた取りに来ることもできるだろう。たぶん。
茜はそんなことを考えながら、いまだに玄関から動かない佳子を呼ぶために歩き出した。




