第31話 彼女は目が合いました
『たダダいまだいイィィ!! おかだまいダマおかサンタダイィ!!』
「右、入って、窓際に!」
「は、はい!」
佳子と茜が、走り出す。
住人ゾンビはゾンビ特有の叫び声を上げながら、茜を追いかけ始めた。
「窓際から、右に向かって!」
「はいぃ!」
リビングの入り口に飛び込み、佳子は茜の指示通り、窓に向かって走る。
茜も、その後ろに続いた。
後ろを振り向く。
『オカかぁおかさタダイだだまいぃ!』
住人ゾンビが、彼女らを追ってリビング入り口から入り込んだ。
『ただいぃマアアァァ!!』
「おじゃましてますぅ!」
茜は反射的に、配信テンションでゾンビにそう返しつつ、思いっきり右に飛ぶ。
「え!?」
窓際で右に方向転換した佳子は、突然躊躇無く跳んだ茜を目撃し、驚愕の声を上げた。
ゾンビはそんな茜の動きに反応し、障害物であるリビングテーブルを回り込むため、ソファの間を通り抜けようと方向転換する。
そこに張られた、虎縞ロープは気に留めぬまま。
ゾンビは、常に全力だ。
全力で、生きた人間に襲いかかる。
故に、張られたロープ程度は障害物とは認識せず、そのまま突っ込んだ。
ロープがゾンビに接触し、引っ張られる。
結びつけられたテーブルとソファがゾンビに引きずられ、ゾンビを挟み込むように引きずられる。
結果、テーブルとソファはゾンビを両側から挟み、絞るように抑え込んだ。
『おおっおかぁかぁおかぁチャン!?』
ゾンビは、特に筋肉量の多い成人男性であれば、とんでもない膂力を発揮する。
そして、その力が、この場では仇となった。
走ろうとするゾンビにロープが絡まり、テーブルとソファはそれに引きずられさらにゾンビを締め上げる。
当然、そんな状態でまともに動けるはずが無い。
ゾンビは叫びながら、派手に音を立てながら転倒した。
「えぁわぁ……」
「ふんっ」
突如発生した多重衝突事故のような現場に、佳子は恐れおののく。
同時に、跳んでたい茜はくるんと綺麗に一回転して立ち上がった。
「玄関に戻って逃げて!!」
「ぁはいぃ!」
時間は有限だ。
茜は佳子に鋭く『指示』し、それを受けた佳子は混乱したまま、指示通りふたたびリビングから走って逃げ出す。
その後を追いかけながら、茜は冷静に思考を回していた。
ゾンビは、とにかく頑丈で、力が強い。
あの状態でも、すぐに起き上がって追いかけてくるだろう。
だが、視線さえ切れれば、隠れるのは容易い。
――はずだ。
住人ゾンビは、ゲーム中では、家の中を回った後は庭に出て、その後路地からまた外に出ていくという経路を徘徊していた。
よって、路地まで逃げて身を隠せば、ひとまずは逃げ切れる。
問題は、住宅の廊下から路地まで、障害物も無く視線が通るということだ。
つまり、ゾンビがリビングから顔を出すまでに、路地まで逃げて隠れなければならない、ということだ。
7~8秒、時間があれば間に合うだろう。
だが、その時間が、あのロープの罠だけで稼げるだろうか?
茜はゾンビの動きは知っているし、ゲーム中の出来事であれば、ほぼ全てを記憶している。
だが今、この時は、ゲームとは異なる動きをしているのだ。
よって、路地に間に合うかどうかは、賭けだった。
『ダだままイぃぃいぃぃぃいぃ!!』
『ァアママままママままどこドコドコどこォ!!』
そうだった、忘れていた。
玄関には、宙吊りになった子供ゾンビがいるのだった。
ゾンビ2体の叫び声に挟まれながら、2人は走る。
「ロープ、気を付けて!!」
「はいぃ!」
玄関すぐ外には、虎縞ロープが張られている。
まかり間違って足を掛けてしまえば、恐らく無事では済まないだろう。
茜の忠告に佳子はしっかりと反応し、ロープを飛び越えた。
同様に、茜もロープをまたいで走り。
後ろを振り向く。
――目が、合った。
◇◇◇◇
走る佳子と茜。それを、住人ゾンビは視認した。
よって、ゾンビにより近い、茜がターゲットに選ばれる。
『――タダあイまあアァァああぁぁぁ!!』
「外に出ちゃってますよぉ!」
ゾンビの叫び声に、茜の茶化した解説が被さった。
だが、それでゾンビの行動に影響が出るわけではない。
ゾンビが走る。
その身体には虎縞ロープが巻き付いたままだが、テーブルやソファの妨害は無い。
恐らく、暴れることで外れたか、破壊されたか。
つまり、住人ゾンビを妨げるものは無い。
ゾンビは視認した茜を目指して、走り始めた。
ボロボロになった革靴が、僅かに足裏を滑らせつつも身体を前に押し出す。
残念ながら、足を滑らせて転倒する、などといった事故は期待できない。
佳子が、茜の指示に従って路地を右に進む。
茜はそれに続き、門扉をくぐる。
住人ゾンビは、廊下から一気に玄関に飛び出そうと大きくジャンプし。
『ママドコぉあどこママまマままままアアぁァァ!!』
『おぉおかカカカオカちゃあぁアァァ!?』
玄関にぶら下げられた子供ゾンビと、住人ゾンビが衝突した。
ほとんど反射的に動いた両ゾンビは、手やロープを絡ませるように一体となり、もつれ、振り子のように宙に浮く。
破砕音。
ロープが巻かれた手摺りが、子供1人と全力で走る大人の荷重を受けて破損。
壁を破壊し、途中から折れた手摺りから、ロープがすっぽ抜けた。




