第29話 彼女は振り切りました
『――キエェエエェェエエエェアァァアアアアアァァ!!』
北明新町のギミックである、ランナーゾンビ。
十数分に1度、という頻度で町を1周しているこのゾンビは、その叫び声によって周囲のゾンビの聴覚を麻痺させる、という能力を持っている。
これは、一見、ステージの難易度を下げるお助けギミックに見える。
だが、見通しの良い道路を自動車に劣らぬ速さで走り回る存在は、想像以上に厄介だ。
遥か遠くから主人公を視認し、凄まじい勢いで近付いてくるランナーゾンビに殺されたプレイヤーは数知れず。
物理的な突破力も兼ね備えているため、視認されてから車などの障害物に隠れると、障害物を破壊して突進してくることすらあるのだ。
そのため、ランナーゾンビから視認されないように立ち回るというのが、このステージの進め方だ。
『――ァァアアアアァァアアァィィィイイイイイィィ!!』
そうして、ランナーゾンビが道路を爆走し、通り過ぎていく。
「はい。行きましたね。では私も出ましょう。ほいっと」
それを確認し、茜は塀を乗り越え道路に飛び降りた。
すたんと着地し、クリアリング。この辺りは完全に手癖だ。無意識レベルで、彼女は周囲の情報をインプットしている。
「さて、これでイベントフラグがオンになりましたので――」
そして。
彼女の行動により、ストーリーが動き出す。
「――第一章のクライマックスが始まります」
「――あ、茜さん!!」
道路に降り立った茜。
そして、たまたま、その姿を目撃した佳子。
佳子は、茜が出立して程なく、寝泊まりしていた住宅を出発していたのだ。
物陰に隠れながらゆっくりと移動していた彼女は、ランナーゾンビが通り過ぎたところで周囲を確認しようと顔を上げ、そして道路に降り立った茜を見つけた。
元来、天真爛漫でどこか抜けたところのある佳子は、茜と過ごしたことで、少しだけその本質を取り戻していた。
よって、彼女はその瞬間だけ普通の少女に戻った。
戻ってしまった。
ぱあ、と顔を輝かせ、佳子は隠れていたブロック塀から身を乗り出し、道路に降り立つ。
そのまま、彼女は茜目掛けて走り出した。
そして当然。
そんな迂闊な行動を、ゾンビが見逃すはずが無い。
『――マぁまぁまあまあマアまあぁァァアアァァ!!』
佳子の視界からは隠れていた、向かいの路地の奥。
そこに佇んでいた子供のゾンビが、駆け出した佳子を視認した。
「えっ」
ランナーゾンビが走り去った後は、音を立ててもゾンビは気付かない。
だが、直接視認されれば、その限りでは無い。
子供ゾンビの叫び声に、佳子はびくりと身体を硬直させた。
足がもつれ、体勢が崩れる。
躓きそうになった佳子は慌てて身体をひねり、地面に転がる。
転倒による怪我は、恐らく無いだろう。
だが、ゾンビの前で転倒するということは。
「あ……」
佳子が慌てて顔を上げると、こちらに向かって走る子供ゾンビが正面に――
◇◇◇◇
「鉄パイプを『持ちます』」
佳子が走り出すと同時に、茜も行動を開始した。
鉄パイプを両手で握りしめ、バットを持つように斜め後ろに構える。
そして、茜は『走り』始めた。
『――マぁまぁまあまあマアまあぁァァアアァァ!!』
転倒した佳子。
子供ゾンビの叫び声。
ゲーム中では、ここで選択肢が発生する。
即ち、『佳子を見捨てて逃げる』か、あるいは『佳子を助ける』か。
見捨てて逃げるなら、茜は踵を返して走り出す。
助けるなら、彼女は佳子に駆け寄る。
そしてもちろん、茜は佳子に駆け寄る選択をした。
――手に、鉄パイプを構えて。
「あ……」
佳子が、呆然と子供ゾンビを見つめている。
両手を前に突き出し、走り寄る子供ゾンビ。
「――よい、しょおっ!」
子供ゾンビは、最初にターゲッティングした佳子しか見ていない。
よって、隣から走り込む茜には気付いていない。
あるいは、気付いていたとしても完全に無視する。
茜は、子供ゾンビに向かい、躊躇無く鉄パイプを振り切った。
ゴィン、と小気味の良い音が響く。
『マミィアァインッ!!』
双方がほぼ全力で走り寄った状態で、鉄パイプで殴られれば。
いくら茜が非力な少女とはいえ、相手が彼女の体重の半分しか無ければ、押し負けるはずが無い。
茜は全力で鉄パイプを振り切り、それは子供ゾンビの胸の辺りにぶち当たった。
走る勢いと、体重差。
子供ゾンビは、おかしな悲鳴を上げつつ吹き飛んだ。
その結果を確認すること無く、茜は躊躇無く鉄パイプを『捨てる』。
「佳子ちゃん、こっち!!」
「あっ……!」
茜は佳子の腕を『掴み』、『引っ張った』。
たたらを踏みながら立ち上がった佳子に目もくれず、茜は子供ゾンビが出てきた路地目掛けて走り始める。
佳子も、慌てて茜を追った。
『マ、まぁ……ママぁアアぁ! ママドコぉおおぉ!』
そして、鉄パイプで殴り飛ばされた子供ゾンビだったが、飛ばされた先ですぐに起き上がると、茜を視認した。
『どこどこドコォ! どまドドママママァ!』
ゾンビは、攻撃されると優先ターゲットが切り替わる。
ゾンビを殴った茜が、今度は最優先に狙われるのだ。




