第20話 彼女は警戒されました
このサバイバーだが、ゲーム内ではリビングで生活しており、出入りは基本的に裏口を使用していたはずだ。
「こんにちは~」
一応、礼儀として。
茜はそう声を出しつつ、階段を降りていく。
気配を消して驚かせよう、などと考えてはいけない。
実際、そういうプレイも可能ではあるのだが。
「気配を消して近付くと、攻撃されますからねぇ。こちとら、何の力も無い一般少女ですから、めでたくゲームオーバーです」
ゲーム内では、そういうゲームオーバーもあったのである。
茜がやったような、正規ルート以外で入り込んだ場合に備えた死亡ルートも、しっかりと用意されているのだ。
一瞬も油断できない、というか、基本は死んで覚えろ、それが『ZOMBIE - ゾンビ』というゲームなのである。
「どなたかいらっしゃいますか~?」
1階に降りた茜は、のしのしと躊躇無く廊下を進み、リビングの引き戸を開けた。
「…………」
「…………」
視線の先。
ソファの後ろで、野球のバットを構えた少女が。
「あ」
目が合った。
見つめ合う二人の間に、沈黙が落ちる。
――どうやら、イベントシーンは自動では始まらないらしい。
茜は、ぬん、と腹に力を入れると、目の前の少女に話し掛けた。
「……こ、こんにちわ……」
恐る恐る。
彼――彼女は、人見知りだった(優しい表現)。
◇◇◇◇
「急に、人の家に入ってきて。……何の、つもりですか」
それは、侵入された側としては当然の、まっとうな台詞だった。
そして、ゲーム内で実際に表示された台詞でもあった。
そのことに、彼――彼女は、内心で安堵する。
どうやら、ゲームのストーリーに沿っている限り、イベントや台詞はそのままのようだった。
まあ、なぜ目の前の少女がバットを構えているのかは分からないのだが。
ゲーム内では、ただこちらを警戒していただけだったはずだが……。
茜は、見た目も、その実体も、何の力も持たない小柄な少女だ。
まさか、中身の成人男性の雰囲気が滲み出ている、とでもいうのであろうか。
そんな事を、彼――彼女は考えていた。
黙ったままでは話は進まない。
茜は、口を開いた。
「……すみません、勝手に入って。なにか食べ物でも無いかと、探していたので……」
「……そう、ですか……」
ゲームであれば。
この程度の会話で、ある程度警戒が解け、会話が始まったはず。
「…………」
「…………」
沈黙。
どうやら、目の前の少女に、非常に警戒されているらしい、ということは、人見知りの彼――彼女でも理解できていた。
だが、その理由が分からない。
ストーリーでは、こんな展開にはならなかったのだ。
「……あなた、名前は?」
「あっ……あの、ええと……」
人見知り(マイルドな表現)である彼――彼女にとって、自己紹介というのは非常に難しい行動であった。
そもそも、この場合、中の人である彼と、主人公たる茜のどちらで返答するのが正しいのか。
いや、考えるまでも無いのだが。
「木之下茜、です……」
「……私は、柚野佳子」
自己紹介をしたことで、ようやく、警戒度を下げたのか。
柚野佳子、と名乗った最初のサバイバーは、掲げていたバットを、ゆっくりと下ろした。
「……一応、確認だけど。あなた、どこに住んでるの?」
「う……」
ただでさえ会話が苦手なのに、茜として会話を続けなければならない。
ゲームと異なる進行になったことで、中の人は完全に混乱していた。
彼――彼女は、アドリブに弱いのである。
「……明日田新町、から、……逃げてきたんです、けど……」
「隣町? そうなんだ……。……」
そして、自身の異常な行動を見られていた、ということを知らない茜は、どうしてそこまで警戒されているのかが分からない。
そもそも、自身の行動が第3者からどう映るのか、ということを理解していない。
ともあれ、目の前の佳子はため息をつくと、ソファの後ろから歩いて出てきた。
これで、ストーリーを進めることができる。
と、茜は判断した。
「ええと……。ちょっと当てがあって。私は、由斗永市を目指しているんです。……知り合いと、最後に連絡が取れたので……」
「……そう、なんだ」
ここで、佳子が何を考えているのか。
ゲーム内にもそういった描写は無かったため、茜には知りようが無い。
佳子は、何かに迷っているように沈黙する。
ゲーム中でも、この会話イベントは発生した。
そのため、茜は、佳子がしゃべり出すのを手持ち無沙汰に待つしかない。
「そこ……私も、着いていっていい?」
「それは……」
ここだ。
ここが、ゲーム中での一つ目の分岐だった。
「……ごめんなさい」
そして。
茜は、心を鬼にして同行を断る。
「当ては、あるけど。……私も、行ったことは無いの。だから、すごく危険だと思う」
「……そう」
ストーリー上の選択として、佳子の同行を受け入れるか、断るか。
本当は、こちらから同行をお願いしたいくらいだが。
それでも、このタイミングで、同行するという選択を取ることはできないのだ。




