第19話 彼女は無断侵入しました
「さて、本作にはサバイバーと呼ばれる、ゾンビパンデミックを逃れて生き残った人間が複数登場するんですね。こちらのお宅にも、災禍を逃れたサバイバーが住んでいます。なので、早速訪ねてみましょう」
茜は、そう説明を続けつつ住宅の庭に入った。
「中に人が居るなら、ドアノックとかすれば開けてくれる――などと思わないでください。この世界のゾンビ、普通にドアノックとかしてきますからね」
そう。
この世界のゾンビは、人間の頃の行動を繰り返す、という特性がある。
もし、訪問販売、飛び込み営業が生業の人物がゾンビ化した場合、一定範囲内の住宅を訪ねて回り続ける、といった行動を取ることがあるのだ。
つまり、ノックしてきたからといって、人間とは限らない。
「まあ、声を掛けるというのが一番早いんですが。さすがにここで叫んでしまうと、何体かゾンビが寄ってきてしまいます。ええと、正攻法は、ゾンビに発見された状態で敷地に逃げ込んで、障害物を使ってやり過ごす、でしたっけ? そうすると、サバイバーの方から声を掛けてくるんですが」
そんなことを喋りつつ、彼女は庭を横切り、隣家との間にあるブロック塀の前に来た。
「まずは、こちらに登りましょう。ええと、この端っこギリギリで……」
住宅側ギリギリまで彼女は身体を寄せると、ブロック塀に『登る』。
そしてその場で、『中腰』になった。
「ちらっ」
茜は、僅かに視線を動かす。すると隣家の庭の反対側に、人影が見えた。
「この場所のみ、あのお兄さんの視界から隠れることができます。お兄さん、庭をうろうろしているので、たまにこっちを見てくるんですよね。ここは家の影になっているので、上に乗ってもバレません。はい」
中腰のまま彼女は、塀の上を奥に向かって歩いて行く。
「さて。サバイバーは基本、家に引きこもっています。なので、こちらから訪ねる必要があるんですね。というわけで」
住宅と住宅の隙間。
茜が小柄な少女であるからこそ、なんとか進むことができるような、狭い隙間だ。
「そして、なぜかここに放置されているハシゴがあるんですね」
茜は、家の隙間に置かれたその梯子まで移動すると、ゆっくりと『登り』始める。
「はい、はい、はい」
だが。
いくら小柄な少女とはいえ、適当に置かれただけの梯子に登れば、簡単にバランスを崩す。
案の定、梯子は足元から不吉な音を立て、ゆっくりと倒れ始めた。
「おっと。ここで『掴む』!」
梯子と共に倒れる茜。彼女は、がっしりと梯子を掴んだ。
がたん、と梯子が引っ掛かり、止まった。
「ふう。ここでしっかり梯子に掴まっていないと、落下して大けがしてしまいますので、注意してくださいね。で、梯子をいったん降りましょう」
斜めになった梯子から、彼女は下に降りる。
そうしてから、改めて上側にまわり、梯子を登る。
「……あれ。これ、もしかして普通に手で押せばちゃんと使えたのでは……?」
そこで。
彼――彼女は、真実に気が付いてしまった。
この世界は、ゲーム世界を元にしているだけだ。ゲームでできなかった行動でも、やろうと思えばできるのだ。
彼――彼女がその気になれば、ゲームのストーリーを外れた行動など、いくらでも可能だ。
手癖として、ゲームと同じ攻略方法を使ってしまった、というだけで。
梯子を倒すだけであれば、普通に手で押せばいいのである。
「まあ……いいか……」
だが。
彼――彼女は、首を振る。
ゲーム通りの行動を取ることで、ゲームと同じ結果になるというのなら。
それはそれで、間違いの無い対応だ。
逆に、現実世界特有の、偶然による結果の不確実さを排除できる、ということなのだ。
きっと。たぶん。
「気を取り直して――ここを登ると、2階の窓から、家の中に侵入できます」
茜は梯子を登り切ると、目の前の窓をガラガラ、と開けた。
2階、かつ外から視認できない場所であるということで、どうやら家主は、ここに鍵を掛けていなかったようだ。
「よいしょっと」
彼女は窓枠に足を掛け、屋内に着地した。
後ろを振り返ると、窓を閉めて鍵を掛ける。
「戸締まりはしっかりしておきましょう」
うん、と頷き、それから、改めて前に向き直った。
「はい。『おじゃまします!』っと。はい、これでサバイバーに私の存在を知らせることができました。これ、ちゃんとやっておかないと、物陰から襲撃されますので。はい」
彼女は『叫ぶ』を使い、自身の声を響かせる。
その後、さっさと履いている靴を脱いで、片手に持った。
「日本の家ですから、土足厳禁です。履いたままだと、怒られちゃいますからねぇ」
そんなことを喋りつつ、茜はドアを開いて廊下に出る。
廊下の突き当たりに、階下に向かう階段があるようだ。
「…………」
とすとす、と足音を立てながら、彼女は廊下を歩く。
サバイバーは、恐らく1階にいるはずだ。




