第18話 彼女は乗り越えました
「っと。……ふう」
曲がり角に入る直前。
茜は、そこで立ち止まる。
少しだけ息を整えると、彼女はブロック塀に『張り付いた』。
「では」
そこから、すっと『覗き』込む。
僅かに角から顔を出し、彼女は先を見る。
そこには、ベビーカーを押した母親ゾンビが、立ちすくんでいた。
目が、合った。
『――キャアアァァァアアァァァァアアァァ!!』
「はい」
茜はくるんと身を回すと、すぐにブロック塀に『登る』。
『タヘタヘンヘンタタヘンタイタイタイイィーー!!』
ざりゅざりゅ!と音を立て、ベビーカーを押したまま、母親ゾンビが走り出した。
ボロボロのベビーカーという障害物を両手で押しているため、その初動は遅い。
それで稼いだ時間を利用し、彼女は華麗にブロック塀を乗り越え、飛び降りた。
飛び降りた先で、彼女は『しゃがむ』。
『ヘンヘンタタアァァイイィァヘンタァーー!!』
「はい。このテクニック、庭木などで向こうから見えない場所じゃ無いと使えませんので、気を付けましょうね。実は、あんまり使いどころが無かったりします。ブロック塀ってわりと背が低いので、上に登るとあっちの視界に普通に入っちゃうので」
そんなことを解説しつつ、茜はじっとその場を動かない。
「それと、ここも、暴走特急が来た後じゃないと入れません。はい。飛び降りた音で、ゾンビに見つかっちゃいますので」
母親ゾンビは、ざりゅざりゅとベビーカーを無理矢理押しながら、曲がり角に走り込んできた。
「…………」
『…………』
ゾンビは人間を見失うと、最後に確認できた場所でしばらく動かなくなる。
母親ゾンビも、おおよそ15秒ほど曲がり角でフラフラと立ちすくんだ後、右回りにぐるんと身体を回し、元の場所に戻るために歩き始めた。
「よし、では私も移動しましょうか」
それを確認し、茜は背後のブロック塀に向き直ると再びそこを『登った』。
ブロック塀のすぐ下を、母親ゾンビがベビーカーを押して歩いている。
「飛び降りても、まだ気付かれませんが。それだと、ここを突破できません。ここは、塀の上を歩きましょう」
彼女は『中腰』となり、母親ゾンビの後を追うように塀の上を歩き始めた。
間違ってもゾンビの横に並ばないよう、ゆっくりと歩みを進める。
「このあたり、普通に住宅の中を通れば突破できますので、そちらをオススメします。在宅ゾンビの視線を掻い潜る必要はありますが、曲がり角でバッタリとかのイベントを回避できるので、たぶんそっちの方が安全です」
相変わらずなことを解説している間に、眼下の母親ゾンビが、既定位置に戻ってきた。その場で右回りに身体を回し、もとの姿勢に戻る。
そして、ゾンビの左側。壁の上を歩いている、茜。
母親ゾンビが右回りに身体を回したことで、その視界に入ることなく、無事に突破することができていた。
「はい、これでひとまず安心です。ただ、もうさっきの暴走特急ボーナスタイムは終わっているので、飛び降りたりするとすぐに見つかっちゃいます」
なので、と。
彼女は、目の前の電信柱に手をついてから、ゆっくりと壁から『降りた』。
「こういう、手を掛ける場所があれば、無音で地面に降りることができます。わりと重宝するので、練習しておくといいですねぇ」
そうして、路地に着地する茜。
さっと周囲を見渡し、自身の記憶と状況に変わりが無いことを確認する。
ふぅ、と彼女は息を吐いた。
この先に、現在の茜の探し人である、最初のサバイバーが隠れているのだ(倉庫のサバイバーは除く)。
サバイバーとの接触は、慎重にする必要がある。
特に、ゲームのストーリーを逸脱した状況になってしまった場合、その先、どんな危険が発生するか予想も付かなくなってしまう可能性がある。
今のところ、元のゲームである『ZOMBIE - ゾンビ』との相違は、ほとんどない。
しかし、ゲームが現実になったことで、その自由度は格段に上がっているはずだ。
ゲームで進入不可だった場所も、今なら何の制限もなく立ち入ることができるだろう。
だが、それをしてしまうと。
例えば、意図しないゾンビの暴走。
あるいは、別のサバイバーへの影響。
彼――彼女には制御できない、大きな問題が発生してしまうかもしれなかった。
「――それでは、最初のサバイバーに、会いに行きましょうか」
プレイ動画の中、当時の彼が呟いた言葉をなぞり。
彼女は、そう言って動き出す。
――母親ゾンビの背後を、平然と通り抜け。
その姿は、目の前の住宅に立て籠もった、サバイバーの少女にばっちりと視認されていた。
もしや、新たな種類のゾンビが発生したのか。
そう誤解されてしまったことも知らずに、茜はゲーム知識の通り、サバイバーと出会うことになる住宅の敷地に、侵入した。




