第15話 彼女は文明の利器を手に入れました
『歩く』は、基本的に音が出ない移動方法だ。
その状態でワンボックスカーの影に入ることで、ゾンビ達からの視線を切ったのである。
さらに、茜が向かう先には植木やその他の植物が茂った庭があった。
庭に入ると、茜は『中腰』になる。
『ハイオハヨウ! ハイオハヨウ! ハイオハヨウ! ハイオハヨウ!』
『チラカシテッ! またマタタタタタチラッ! ちらチラッ! らちラチラちッ!』
走り込んできたゾンビ達が衝突し、転がっていく。吹っ飛んだゾンビに巻き込まれ、何体かが転倒する。
多重衝突事故に巻き込まれなかったゾンビも、既に『中腰』で隠密態勢になった茜の姿を見失っており、一瞬の空白地帯が発生した。
「はい、この隙に裏に回りましょう」
主人公が『走る』から『中腰』などの無音移動に切り替えると、ゾンビは最後の音の発生源まで移動した後、視覚での探索を行うロジックになっている。
そのため、うまいこと姿を隠すことができれば、ゾンビは茜を見失った状態になる。
「ちなみに、一瞬でも『中腰』を解除すると見つかりますので、注意してください」
そして、ゾンビは探索状態になると、音にも視覚にも、非常に敏感になる。
通常では見逃すような物陰も、少しでも身体がはみ出していると見つけてくる、ということだ。
「探索状態のゾンビは、とっても敏感なので……」
そう言いながら、彼女は一瞬『歩く』に切り替えてすぐに『中腰』状態に戻った。
注意喚起したそばから、これであった。
『ハイオハヨウ! ハイオハヨウ!』
『カシチラまたマタ! チラッ!』
『ゴメンナサイィ!』
その一瞬の状態変化に、ゾンビ達は敏感に反応した。
ぐるん、と音の発生源に向き直ると、一斉に走り出す。
『ハイオハヨウウゥ!?』
『チラカッしっ!?』
『ゴゴメンナァー!』
ワンボックスと、ブロック塀の隙間。
その狭い空間に、5体ものゾンビが殺到した。
当然、そんな狭い場所を一気に走り抜けることなどできない。
ゾンビ達は互いに互いの進路を邪魔する形で、その狭い隙間に挟まり込んでしまったのだ。
「はい、いまのうちに……」
そして『中腰』の茜は、そのままゆっくりとワンボックスカーの反対側に移動すると、ソソソ、とそこを歩いて通り過ぎた。
ゾンビ達が暴れ、ワンボックスカーがゆさゆさと揺れている。
「……と、このように、周囲のゾンビを狭い場所に押し込むことで、一時的に行動不能にさせることができます。この状態だと、ゾンビの視線は音を発生させた場所でしばらく動かなくなります。覚えておいてくださいね」
茜は解説を続けつつ、『中腰』のまま道路に戻った。
先ほどの『走る』の効果で、この周辺に、アクティブなゾンビは残っていない。
後ろで押しくらまんじゅうをしているゾンビ達さえ乗り切れば、茜は今、このブロックを自由に移動できるということだ。
「あのゾンビ達が戻ってくる前に、まずは家捜しです。こちら、お隣のお宅。住人は、さきほど走って行ってしまいましたので。お邪魔します~」
そんなわけで、茜は『中腰』のまま、開け放たれた玄関を通って屋内に侵入した。
そのまま、迷わずキッチンに向かう。
「パントリーは、こちらですね。はい、ここに『エコバッグ』があります」
彼女は『エコバッグ』を『拾った』。そして、そのままパントリー内の食糧を手に取っていく。
「パスタ1kg、マミーのパスタソース、いいですね。コンソメがありました。ケチャップの瓶、マヨネーズ。お、スナック菓子がこんなに。これはタンパクブレッド、ちょっと長持ちするパンですね。最後に、ミネラルウォーター。まあ、こんなものでしょう」
そうしてエコバッグをいっぱいにすると、茜は踵を返す。
「長居は無用です。そろそろ、ゾンビ達も我に返るころですかね。裏口から脱出しましょう」
キッチンに備え付けられた裏口のカギを開け、彼女は外に出た。その後ろで、バタンと扉が閉まり。
『マタチラカッ! カッカッシイィー!』
女ゾンビの声が、響き渡る。
「……はい、悠長にしていると家主に見つかってしまいます」
ドタドタと走る音が聞こえ、そして、スン、と静かになった。
茜は、『中腰』で歩き、玄関に戻ってきていた。
「ということで、だいたい15秒くらい、あの裏口に釘付けにすることができます。今のうちに通っちゃいましょう」
彼女は解説を続けつつ、『中腰』で庭を横切る。
そこから見える、キッチンの奥。
エプロンをした女ゾンビが、裏口の扉をじっと見つめているのが確認できた。
「普通にここを歩くと、リビングからもキッチンからも丸見えですからね。さっさっと」
そして、茜は庭の隅に置いてある物置の前に来た。
「ちょっとタイミングがシビアなので、一気にやっちゃいますね」
そう言って、彼女は物置の扉の前に立つと、やや傾いている扉の取っ手を『掴み』、腰を落として『引いた』。
「えい!」
バキンッ!と何かが壊れる音がして、ガラガラ! と扉が開く。
『マタらかラカラちらカ! またマタマタちらかッ!』
瞬間、女ゾンビが音に反応し、振り返った。




