第14話 彼女は走り出しました
茜は、外側に開かれた扉の向こうで、女ゾンビに見つからないよう『しゃがんで』やり過ごした。
『ぉぉおオトうぅさあぁぁーん!! オトウサアァン!!』
女ゾンビが、庭木を目指して走る。
その瞬間、茜は立ち上がって『中腰』で歩き始めた。
女ゾンビは庭木の前で、キョロキョロと左右を見回している。
そして、そこに居ないと分かると反対側の物置向かって走り去った。
茜は慌てず、『中腰』のまま住宅の玄関に辿り着いた。
幸い、門扉は片側が開きっぱなしになっている。
彼女はそのまま、路地に出た。
「――ここまで来れば大丈夫です。第一難関を突破しましたね」
中腰から通常の姿勢に戻ると、彼女は、大きく息を吐いた。
何度もやりこんだシーンとはいえ、ゲームの動きと現実になった世界では、やはりその緊張感は段違いの筈だ。
それでも、彼――彼女は、ゲーム通りの攻略法を貫き通し、やりきった。
本来、もっと簡単なルートがあるにもかかわらず、わざわざ彼が編み出したRTAチャートの通りに、ギリギリを攻めきったのだ。
その姿勢は、その行動は――控えめに言って、狂人だった。
◇◇◇◇
「さて、このゲームですが。ストーリーも練り込まれていまして、各チャプターに出てくるサバイバーにもいろいろなエピソードが設定されています。一応チュートリアルステージでも出会うことはできますが、彼はまあ……」
彼――彼女は、倉庫に立て籠もるサバイバーのエピソードを思い出す。
そのサバイバーは、窓を割って逃げ込んだ主人公を罵倒し、すぐに追い出そうとしてくるのだ。
そのサバイバーに追い立てられ、別の入り口から逃亡することになるのだが、最初に茜が壊した窓からゾンビが侵入し――
――という、微妙な気持ちになる被害者シーンを見せられることになる。
ただのゲームならまだしも、現実でそうなってしまうと、当然気分がいいものでは無い。
彼――彼女は、もちろん、わざわざそんな後味の悪いエピソードを発生させるつもりはなかった。それもあって、倉庫は最短で抜けるルートを使ったわけだが。
「……というわけで、この先には初めて出会うことになるサバイバーが居ます。もちろん、ガン無視して進むこともできますが。……できるだけ、助けてあげようと思います」
それは、彼――彼女が、ゲームの配信の中でも発言した台詞だ。
その繰り返しではあるが、今回の台詞には、その時よりもずっと、心が籠もっていた。
確かに、彼女の行動は気が狂っているようなものばかりではあるが。
別に、人の心まで捨てたつもりはないのだ。
配信動画では、単に縛りプレイとしてのサバイバー救出であった。
だが、この世界では。
茜は、なるべく多くのサバイバーを助けたい。
確かに、そう決意しているのだ。
「……さて。この先のブロックは、エピソードの開始ということもあって、ゾンビ関連の難易度はそれほどでもありません。なので、突っ切っていきましょう」
そして。
茜は、人助け、と言ったそばから最も危険なルートの疾走を開始した。
◇◇◇◇
「このブロックですが、道路はゾンビが常にうろついています。なので、隠密姿勢を崩さず住宅に侵入して、見つからないように静かに移動していく、と言うのが基本です。隠密姿勢を継続すると、空腹度や渇き度がどんどん溜まっていくので、今のうちに補給しておきましょう」
茜は解説しつつ、背負ったリュックを下ろすと中から『レトルト食品』である『カレー(甘口)』を取り出した。
「レトルトカレーは空腹度の回復量が微妙なんですが……」
そうぼやきつつ、彼女はレトルトカレーの封を開け、口の中に流し込んだ。
「んぐ、んぐ……。ふう。本当は温めてからご飯に掛けたいところですが、今はこれで我慢です。さて、口直しにジュースでも飲みましょうか」
レトルトカレーのゴミは持っていた別のビニール袋に仕舞い、次に取り出したのは白い乳酸菌飲料だ。2口ほど飲んでから蓋を閉め、リュックに仕舞う。
「ゴミはちゃんと持ち帰りましょうね。ポイ捨てはダメですよ」
注意喚起しながら、茜はリュックを背負い直した。
胸の前でハーネスを固定し、準備完了だ。
「では、スニーキングミッションを開始します!」
そう、高らかに宣言し。
彼女は、『走り』出した。
――こんな住宅街のど真ん中で『走る』を使用すると、どうなるか。
『ハイオハヨウ! ハイオハヨウ! ハイオハヨウ! ハイオハヨウ!』
『マたママまタチチッちらチラちらカシっカシテってマタちらカシッ!』
『ごメンなさイゴメんナサいごメンナサイ! ごめんなさイゴめンなサいごめンナサイ!』
「お、ゾンビカーニバルですね!」
それは、確かに祭りのような騒ぎだった。
茜の『走る』音に、範囲内の全てのゾンビが反応する。
道路を歩いていたゾンビは発生源に向けて走り出し、住宅内のゾンビも外に飛び出してきた。
その狂乱を尻目に、茜は目的の住宅の敷地に飛び込み『歩き』に切り替える。
そこは、駐車場にワンボックスカーが停まった、ごくごく普通の家だった。




