第11話 彼女は決意しました
「で、階段から離れた斜面は、普通に歩くと足を滑らせますので、こうやって中腰になりましょう。この状態なら、足を滑らせることはありませんので」
ゆっくりと『中腰』で移動し、彼女は階段に戻ってきた。
「では」
さっさと周囲を見回し、彼女は『中腰』をやめて立ち上がる。そのまま、『走って』道路を渡りきった。
「たまにこっちを見ているゾンビがいることがありますので、周囲の確認はしっかりしましょう。一応、さっきのゾンビの叫びの後、90秒くらいは視線が切れているので大丈夫とは思いますが、このゲーム、わりとランダム要素がちりばめられているので絶対ではありません、はい」
そうして彼女が道路を渡りきると、土手の下に広がる住宅街が一望できた。
住宅街に向かう土手を慎重に下りながら、茜は考えていた。
ここまでは、ゲームと同じ。
それならば、この先もゲームと同じなのか?
このゲームは、ホラーゲームだ。
しかも、ジャンルは死にゲーである。(諸説あり)
その構成上、主人公には多くの理不尽が襲いかかるし、その過程でたくさんの登場人物が亡くなるはずだ。
ゲームであれば、演出上のストーリーとして淡々とこなすことができる。
だが、彼――茜にとって、もはやこの世界は現実になってしまった。
ゲームに実装されたコマンドが使用できるとはいえ、その全ては補助効果であり、ゾンビを倒せるようなものは無い。
多少、生存に有利に働くだろうが、その程度だ。
だが、彼女の目の前で発生する多くの悲劇を、ストーリー展開のため仕方ない、と諦めることができるのだろうか。
「……無理だ」
少なくとも。
その結末を知っている茜が、ただそのまま見過ごすなど、良心の呵責に耐えられるはずが無い。
もちろん、どうあっても助けることができない、そんなシチュエーションもあるだろう。
だが、でるなら目の前の彼ら彼女らを、助けたい。
それが、茜の決意であった。
「という――訳で」
住宅街に降り立った彼女は、素早く周囲を見渡した。
このステージでは、悲劇が発生する。
それは、このホラーゲームの理不尽さを強調するために用意されたストーリー。
ゾンビに殺され、そしてその仲間入りを強制される、最初の犠牲者。
彼女を、助けなければならない。
このステージには、単なるアクションゲームではないということをプレイヤーに叩き付けるためのギミックが多数用意されている。
そう、単なる死にゲー(諸説あり)ではないのだ。
ホラーゲームなのである。
さらに、ゾンビゲームでもある。
このゲームを制作したメーカーは、いい意味で王道を外さない、という特徴があった。
つまり、ホラーゲームはしっかりと怖いし、ゾンビゲームはしっかりとグロいのだ。
そう。
ゾンビゲームで、死者が出ないはずがないのだ。
「この先、住宅街で物資を補給しつつ、今日の宿になる家にたどり着く必要があります。わりとどの家でも、寝るだけなら何とかなると思いきや。住宅街だけあって、在宅ゾンビが多いんですよね。何なら、外出先から帰宅してくるただいまゾンビも居ますので。適当な家に入ったら、高確率で家主に殺されちゃいます」
茜の現在地は、昼間の住宅街だ。
昼間だけあって、徘徊しているゾンビの数は少ない。居ても主婦や老人がほとんどで、運動性能は高くないのである。
「さて、ここからしばらく、見つからないように隠れながら進むことになります。地味な絵面になりますが、お付き合いくださいね」
彼女はそう言いつつ、早速民家の塀に『張り付いた』。
「この場所で張り付きをしていれば、ゾンビに見つかることはありません。この間に、周りを確認して、ゾンビの動きを確認しましょう。ちなみに、そのまま夜まで待っても見つかりませんが、暗くなったら野生動物が襲ってきますので、宿に向かうことをオススメします」
そうこう言っているうちに、1体のゾンビが彼女の視界に入ってくる。
それは、杖を尽きながら歩く、ご老人の散歩ゾンビだった。
「あのゾンビですが、音を立てない限りは顔も上げませんので、良心的なゾンビですね。だいたい、視界は3mくらいと思えばオッケーです。少々目の前を横切るくらい、なんてことはありません。ただ、足が遅いので、他のゾンビとかち合うとすごく邪魔になるんですよね」
コツ、コツ、と杖を突きながら歩くゾンビに続いて、ベビーカーを押すゾンビが現れる。
「母親ゾンビです。あ、ベビーカーは空ですね。あれはお散歩中なので、足は遅い方です。ただ、視界は若いだけあって優秀です。相当遠くでも、見つけて走ってきます。こっちから見えていたら、だいたいあっちからも見えていると思った方がいいですね。今は張り付いているから見つかりませんが、歩いているときは要注意です。個体数が少ないのが救いでしょうかねぇ」
母ゾンビは、ゆっくり歩くご老人散歩ゾンビを追い抜くと、そのまま曲がり角を曲がって消えていった。
「よし、この区画はあの2体だけのようですね。では、そろそろ先に進みましょう」
茜はそう言って、『張り付く』を解除する。そして、そのままトコトコと歩き出した。




