第10話 彼女は回転しました
茜はしばらく犬の散歩ゾンビの後ろに張り付いて歩いていたが、急にその場にスッと『しゃがんだ』。
それと同時。
ゾンビがくるん、と背後を振り返る。
彼女はそのまま、流れるように『中腰』で立ち上がりつつ左側に移動した。
ゾンビは振り返った後、そのまま自身の握るリードの先に視線を移す。
「タイミングがシビアなので、気をつけて。後ろを振り返った後、すぐに下を向くので、しゃがんだまま左後ろに移動します。で……」
ゾンビが視線を戻すと同時、彼女は『中腰』のまま、ススッと背後に戻った。
ゾンビはそのまま左を向くと、階段を登り始める。
「あのまま動かないでいると、普通にバレます。なので、ちゃんと背後に戻りましょうね」
そして、彼女はそのままその場に『しゃがむ』。
「ちなみにあのお散歩ゾンビ、結構視界が広いんですよね。なので、絶対にお散歩ゾンビより前に行ってはいけません。はい。階段を登りきったら、右に歩き出します。私はそのまま河川敷を歩きたいんですが、前に出ると、気付かれちゃいますので。はい。当然即死です」
犬の散歩ゾンビが階段を登り切ったのを確認し、彼女は立ち上がってゆっくりと歩き始める。チラチラと上を歩くゾンビを確認しながら、彼女は慎重に歩みを進めていった。
「あ、そういえば、みなさんはここまで接近する必要はありませんので。はい。橋の下の暗がりにしばらく隠れておいて、お散歩ゾンビが階段を登り切ってから動けば安全に移動できます」
そう解説する茜。
つまり彼女は、わざわざ無駄に危険な行動を取っていた、ということである。
控えめに言っても、間違いなく狂人だった。
「あと、この階段の上ですが、道路には他のゾンビが何体かうろうろしているので、まだ上に行くのはお勧めしませんねぇ。隠れる場所もありませんし。と言うわけで、このまま遊歩道を歩いていきましょう」
彼女は解説を続けつつ、上のゾンビの移動に合わせてゆっくりと歩いて行く。
やがて、目の前に土手を上がる階段が見えてきた。
「さて、河川敷はここまでです。この先は、草野球をやってるゾンビ達が居ます。気付かれると、強制的に仲間にされちゃいます。どう見ても人数足りないですからね。はい。というわけで、登りましょう」
そう言って、彼女は階段を上り始める。
「この先、視界が開けた2車線の道路になっていますので、とても危険な場所です。油断すると、すぐにゾンビに見つかってしまいますので、皆さんも気を付けてください」
そんな解説と注意喚起を架空の視聴者に対して行いつつ、しかし本人は全く警戒すること無く階段を上りきった。
そんな行動を取れば、当然――
『イチニイチニチニホッホッホッホホホホォーーーー!!』
ランニング中のゾンビに見つかることになる。
反対側の歩道を走っていたゾンビが茜を目視し、凄まじい勢いで走ってきた。
ランニングをしていただけあって、これまでのゾンビよりも姿勢良く、走る速度も非常に速い。
「はい、ジャンプ!」
そして彼女は、その瞬間後ろに『跳んだ』。
階段を3段分ほど下がり、ややたたらを踏みつつ着地する。
「ここで側転して――!」
そしてそのまま、流れるように『側転』を行う。無様な格好ながら、彼女は右手に向かって身を投げ出し、ぐるりと身体を回した。
「しゃがむ!」
草の生えた土手の斜面に着地した彼女は、そのままその場所に『しゃがみ』込む。
『イチニイチニイチニイチニイチニイチニ――!』
そこに、ランニングゾンビがタックルするように飛び出してきた。
あまりにも全力で走り寄ってきたため、縁石を避けきれずに蹴躓いたのだ。とんでもない勢いでランニングゾンビは吹っ飛び、さきほどまで彼女が立っていた場所を通り過ぎて河川敷に向けて落下していく。
「そのまま、そのままです」
そんなランニングゾンビを目で追うこともせず、茜は斜面に『しゃがんだ』状態でじっと動かない。
よく見ると、犬の散歩ゾンビが後ろを振り向いていた。
ここからは確認できないが、近くに居たゾンビはみな、この場所に注目しているはずである。
ランニングゾンビの上げた叫び声に、ゾンビ達が反応しているのだ。
「はい、視線を切るだけなら階段でしゃがむだけでいいんですが、そうすると、さっきのルパンダイブに引っ掛けられて一緒に落ちちゃいますので。必ず、側転からのしゃがみで回避するようにしましょう」
『――ニイイチホッホォッゴッガッ!』
どぐしゃ、バタバタバタ、と下方から音がする。
ランニングゾンビが、落下する勢いのまま階段に全身を叩き付け、そのまま転がり落ちていったのだ。
あの様子では、全身骨折でまともに動けないだろう。
脅威を一つ減らすことができた、というわけだ。
「けっこうタイミングがシビアなので、アクションが苦手な方はしっかり周りを確認してから、見つからないように走って道路を渡りましょう。ゾンビの視線が切れるタイミングは割と多くありますので、そんなに難しくありませんよ」
そう捕捉しつつ、彼女は『中腰』になってから階段まで歩いて戻っていった。




