魔力流出事件の拡大 ― 五界会議の速報
カムイ支部・地下四階。
境界観測フロア。
ここは、五界の“揺れ”を最も早く察知する支部の心臓部であり、壁一面に並ぶ結晶モニターが常に淡い光を放っている。
その光が、今日は不穏に揺れていた。
「速報です! 五界観測網、第三波!」
若い観測員の声が、室内の空気を震わせる。
美香が駆け寄り、モニターに映し出された各界情報を読み上げた。
「……妖精界・霊界・魔獣界で、魔力流出を同時観測。
三箇所とも、タイムスタンプが……同時刻?」
霧亜が眉をひそめる。
「そんなはずないわ。界膜の強度も、魔力周期も全然違うのに……」
美香は、画面を指差した。
「妖精界は、金属含有魔素の流出。場所は資源採掘区域。
霊界は……霊子霧の圧が急低下。墓所区画の方。
それから魔獣界は──境界膜の薄化。魔獣密度が異常上昇……!」
健太郎は、観測フロアに満ちる緊張を肌で感じていた。
いつもの亀裂とは違う。
あまりにも規模が大きく、そして──同時だ。
霧亜が呟く。
「……もしかして、誰かが五界の“膜”を外側から撫でている……?」
室内の空気が一段重くなった。
そのとき、奥の暗がりから夜宮レイジが歩み出た。
結晶ライトの光を受けても、影のような雰囲気を崩さない。
「因果の筋を読んだ。
これは、自然現象ではない」
短い言葉だったが、その場の全員の背筋がざわりと震えた。
夜宮はデータを一瞥し、低く続ける。
「三界で異なる種類の魔力が、分単位で同時に流出。
この一致は偶然ではあり得ない。
……もっと質の悪い何かが、五界の“境界構造そのもの”に触れている」
健太郎は息をのんだ。
美香がその横で唇を震わせる。
「じゃあ……これは本当に、五界規模の事件……?」
夜宮は答えず、代わりに観測台の端末を操作した。
画面に、新たな速報が赤字で跳ね上がる。
【五界連絡会議、緊急招集】
【原因:三界同時魔力流出】
【各界、警戒レベル II に引き上げ】
霧亜が小さく呟く。
「……特務科が動くわけだ。
この規模なら、本部も黙っていない」
観測フロアの灯りの下、緊張がさらに高まる。
カムイ市の小さな密入界事件は、序章に過ぎなかった。
世界そのものが“軋んでいる”。
誰かが、五界の境界を揺らしている。
そして、その“揺らぎ”が健太郎の異常な測定値と響き合うことを──
まだ誰も知らなかった。




