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ガーディアン・リヴァース:境界を駆ける者たち  作者: 南蛇井


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89/111

戦闘開始 ――均しの思想 vs 翻訳された世界

断層地帯に足を踏み入れた瞬間、世界は“意味”を失い始めた。


地面は確かに存在している。

だが、踏みしめた感触が一拍遅れて伝わる。

空気は吸えるが、肺に入ったという確信だけが希薄だった。


境界が、薄い。


五界の法則が重なり合い、剥離し、また噛み合う。

その隙間を縫うように、虚界残滓が漂っている。

霧のようでいて、霧ではない。

光のない影のようでいて、影でもない。


「……来てる」


健太郎が低く呟いた瞬間、

空間そのものが“反転”した。


上と下が入れ替わったわけではない。

前後が狂ったわけでもない。


意味が反転した。


守ろうとして構えた防御陣が、最初に砕ける。

攻撃ではない。

防御という行為そのものが、“脆弱”として再定義された。


「っ……!」


健太郎が即座に零化領域を展開する。

だが、効きが悪い。

魔力ではない。虚界でもない。


これは――概念干渉だ。


「篠原……!」


霧亜が歯を食いしばる。

解析結果と、現実の乖離がほとんどない。


篠原サクヤは、断層の中央に立っていた。


いや、立っているように“見える”だけだ。

彼の輪郭は一定しない。

だが、その声だけは、異様なほど鮮明だった。


「遅いな」


責める調子でも、嘲る声音でもない。

ただ、事実を述べている。


「君たちは、まだ“意味”に縋っている」


次の瞬間、美香の周囲で地脈が悲鳴を上げる。

精霊界由来の干渉が遮断される前に、

その“解釈”が書き換えられた。


保護=抑圧。


美香が張った防御結界が、周囲の自然を圧迫する檻として反転する。

木々が軋み、地面が拒絶する。


「……違う!」


美香は叫ばなかった。

代わりに、息を整え、耳を澄ます。


流れ込んでくるのは、怒りではない。

拒絶でもない。


混乱だ。


「守られているのか、閉じ込められているのか……」

「世界が、判断できなくなってる」


篠原は小さく息を吐いた。


「翻訳だと?」

「それこそ歪曲だ、美香」


彼の幻操は、もはや幻覚ではない。

認識を欺く段階はとうに過ぎている。


彼は――

概念の優先順位を書き換えている。


希望は、遅延。

対話は、先送り。

調停は、停滞。


そして――


「翻訳は、世界を弱らせる」


篠原の言葉と同時に、戦場全体が軋んだ。

“意味を信じる行為”そのものが否定される。


夜宮が、静かに命じる。


「霧亜。来るぞ」


「分かってます」


霧亜は目を閉じ、次の瞬間、開いた。

視界が一変する。


「――見えた」


幻操の奥にあるのは、欺瞞ではない。

選別でも、救済でもない。


すべてを均すという、拒絶。


健太郎は一歩前に出る。

零化領域を、さらに狭める。


「篠原」


声は震えていない。


「世界を信じるなって言うなら」

「俺は、人間を信じる」


篠原は、初めてわずかに表情を変えた。


それは怒りでも、動揺でもない。

――失望だ。


「だから、君たちは均される」


断層地帯が、大きく脈打つ。


均しの思想と、

翻訳された世界が、真正面から衝突する。


戦闘は、ここからが本番だった。

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