篠原サクヤの現在地 ――教団でも、世界でもない場所
境界断層地帯は、地図から名前を奪われた場所だった。
五界いずれの管轄にも属さず、虚界の残滓だけが薄く滲み、空間そのものが「決めかねている」ように揺れている。
そこに、篠原サクヤはいた。
教団の標章も、ガーディアンの階級章も身につけていない。
彼の周囲に展開されているのは、防御陣でも祭壇でもない。
境界を固定しない、半端な構造体――拠点というより、断絶点だった。
彼は戦争に参加していなかった。
どの界にも肩入れせず、どの勝敗にも関心を示さない。
篠原がしているのは、ただ一つ。
世界から、一歩引くこと。
そして、引いたまま、切ること。
五界戦争の混乱は、彼にとって好機だった。
境界が揺らぎ、管理が崩れ、誰も全体を見ていない。
その隙間に、彼は自分の場所を作った。
介入のためではない。
調停のためでもない。
――断絶のためだ。
篠原は、統合を否定していた。
だがそれは、境界神が守ってきた「分断維持」への回帰ではない。
彼にとって、統合とは救済ではなかった。
「統合は、弱者が救済を外注するための幻想だ」
誰かが決めてくれる。
誰かが均してくれる。
誰かが責任を引き受けてくれる。
その期待そのものが、世界を腐らせた。
では分断はどうか。
それもまた、彼には耐え難いものだった。
「分断は、管理者が選択から逃げた結果だ」
均せないから切り分ける。
守れないから閉じ込める。
壊れる前に、見ないことにする。
その積み重ねが、五界という歪な安定を生んだ。
だから篠原は、どちらも選ばない。
彼が望むのは、均しだった。
だがそれは、救済としての均しではない。
選別も、翻訳も、意味づけも行わない。
正義も、悪も、必要も、不要も与えない。
ただ一度、すべてをゼロに戻す。
五界も、虚界も残らない。
境界も、物語も、役割も消える。
意味のない、名前のない「ゼロ地点」。
そこに立てるものだけが、生き残る。
そこで生き延びたものだけが、次を作る。
篠原が否定しているのは、世界ではない。
破壊ですらない。
彼が拒絶しているのは、
「世界を選び直す主体が存在する」という前提そのものだった。
誰かが選ぶから、争いが起きる。
誰かが決めるから、歪みが残る。
ならば――選ばなければいい。
その結論に、彼自身も含まれることを、篠原は理解していた。
だから彼は、どこにも属さない。
教団でもない。
世界でもない。
ただ、断絶の中に立ち、
世界が自分で立ち上がるか、潰えるかを見届ける者として。
境界断層地帯に、風が吹く。
その風は、どの界のものでもなかった。
篠原サクヤは、その中で静かに目を閉じる。
――均された先に、何が残るのか。
それを、選ばずに見るために。




