覚醒の波及 ――世界が、言葉を持ち始める
美香の覚醒は、爆発でも啓示でもなかった。
それは、世界の側に言葉が戻り始める現象だった。
まず、精霊界で変化が起こる。
暴走していた気象循環が、わずかに減速する。
嵐は消えない。干魃も終わらない。
だが、それらは無差別な災厄ではなくなる。
地脈を流れていた悲鳴は、単なるノイズではなく、
「疲弊」「偏在」「過剰」という意味を持った情報へと分解されていく。
精霊たちは初めて、
何が苦しいのかを自分たちで理解できる状態に置かれた。
人間界にも、遅れて影響が及ぶ。
河川の氾濫が、わずかに周期を取り戻す。
作物の枯死が、無作為な連鎖から外れる。
奇跡と呼べるほどではない。
だが、自然現象の中に、説明不能だった歪みが減っていく。
霧亜は、その変化を数値ではなく構造として捉えた。
「……彼女は“統合装置”じゃない」
通信越しの声は、弱いが確信に満ちている。
「統合か分断かを決める
前提条件を、変えた存在だ」
精霊王は、支配者ではなかった。
世界を導く決断者でもない。
ただ、声を翻訳するための座だった。
そして美香は、その座を継いでいない。
彼女が得たのは、
世界を一つにする権限でも、
分けたまま保つ権力でもない。
翻訳権――
互いに聞こえなかった声を、歪めずに届ける能力。
世界は、依然として壊れかけている。
境界は不安定で、戦争は止まっていない。
だが、初めて。
互いの痛みが、
「存在しないこと」にされずに済む状態へと近づいた。
その一方で、動き出す勢力がある。
教団は、「統合」を急ぐ。
境界神は、「分断」を維持しようとする。
健太郎は、あらゆる力を無効化する
第三の選択肢を内に抱え。
そして美香は、
どちらの言葉も、恐怖も、希望も、
削らず、誇張せず、ただ伝えられる存在として、
その中央に立っている。
世界は、ようやく問いを言語化した。
――それに、どう答えるのかは、
まだ誰も決めていない。




