精霊王の真意
美香の意識は、完全には戻っていなかった。
眠りと覚醒の境界。
身体という輪郭が薄れ、代わりに“場”の感触が広がっていく。
音でも、光でもない。
そこにあったのは、意味の濃度だった。
――触れた瞬間、理解が流れ込む。
誰かの人格ではない。
名も、顔も、感情も持たない。
だが確かに残されている、意志の残響。
精霊王の声は、言葉として届かない。
概念が、直接、思考の奥に落ちてくる。
「統合か、分断かを選ぶのは、精霊ではない」
その瞬間、美香は悟る。
これは命令ではない。
ましてや予言でもない。
ただの事実だ。
「我々は、世界の声を聞ける」
風の歓喜。
森の痛み。
循環が滞るときの、精霊界全体の軋み。
それらは、精霊王にとって常に可視だった。
「だが、選択の責任を負えない」
その理由が、次に伝わる。
精霊は、全体に溶けすぎている。
世界を“自分事”として抱えすぎている。
一つを選べば、
失われる無数の可能性の痛みも、等しく感じてしまう。
だから決断できない。
切り捨てるという行為に、耐えられない。
「だからこそ、必要だった」
概念が、静かに収束する。
「両方に属する者が」
人間としての有限性。
精霊としての全体感知。
どちらか一方では、世界は選べない。
「我々は、導く者ではない」
ここで、美香ははっきりと理解する。
精霊王は、世界を先導する存在ではなかった。
正解を示す神でもない。
「判断を、委ねるための媒介だ」
世界の声を、
“選択可能な問い”へと翻訳する役目。
それが、王という存在の本質。
決断は、常に外部に置かれていた。
王自身が下すものではなかった。
――王とは、決断者ではない。
――翻訳者だった。
その理解が、美香の意識に定着した瞬間、
“場”は静かに遠ざかっていく。
残ったのは、
答えではなく、重さだった。
選ぶという行為の、重さ。
そしてそれが、
いつか自分の手に渡されるという、
逃れようのない予感だけが、
半覚醒の意識の底に、静かに沈んでいった。




