精霊王の後継機構
精霊界王宮中枢は、長い沈黙の底にあった。
玉座の間は空である。
王が去ってから、そこに誰かが座ったことは一度もない。
だがその日、空席のままの王座の背後――
世界樹の根に直結する中枢核が、低く、深く鳴動した。
古代コードの起動。
それは儀式ではなかった。
冠も、宣誓も、喝采も存在しない。
「後継機構の再接続」
精霊界が、王を失うたびに必ず発動させてきた、
だが外界には決して知らされなかった内部処理。
中枢核に刻まれた情報が、静かに展開されていく。
――精霊界は、王を固定しない。
王とは、支配者ではない。
永続する統治主体でもない。
精霊王とは、
**世界の声を“理解可能な形に翻訳するための、一時的な存在”**に過ぎない。
風のざわめき。
地脈の歪み。
生命循環の滞り。
それらを“感じる”だけでは足りない。
それらを“決断”へと変換する主体が必要だった。
だから、王は座に残らない。
役目を終えれば、消える。
意志を固定すれば、世界が止まるからだ。
王が消えるたび、精霊界に残されるのは――
器だけ。
血統ではない。
種族でもない。
精霊ですらない。
中枢核が提示する条件は、冷酷なほど明確だった。
必要なのは、
人間的意思決定。
曖昧さを抱えたまま選び、責任を引き受ける力。
そして同時に、
精霊的全体感知。
個を越えて、界全体の状態を把握する能力。
その両立。
どちらか一方では、世界は歪む。
だからこそ、
精霊界は“純粋な精霊”を王にしなかった。
人間をそのまま据えることもしなかった。
王位継承とは、地位の移譲ではない。
翻訳機構の再接続なのだ。
中枢核は、静かに次の情報へと進む。
――調停用継承体、起動確認。
――対象個体:人間/精霊、混成適合。
――精霊コード:両立前提型。
その名は、まだここでは呼ばれない。
だが、精霊界は理解していた。
この後継体は、
精霊界のためだけに存在するのではない。
人間界にも属し、
精霊界にも属し、
そのどちらにも完全には回収されない。
境界に立つための器。
王は、座に残らない。
だが世界の声は、
必ず誰かを通して語られなければならない。
その役目が、今、再び起動した。
そしてその接続先が――
北東の隔離医療区画で、静かに目を覚ましつつあることを、
精霊界は、疑いようもなく理解していた。




