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ガーディアン・リヴァース:境界を駆ける者たち  作者: 南蛇井


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結晶化の最終段階 ――崩壊ではなく、起動

臨時医療区画は、静かすぎた。


消毒薬の匂いと、抑制結界の低い振動音だけが、かろうじて「ここが現実である」ことを主張している。

美香は隔離ベッドの上に横たわり、身動き一つしなかった。


皮膚の下に走る結晶の筋は、もはや隠しようがないほど明瞭だった。

透光性の結晶が血管の代わりに脈打ち、光が呼吸に合わせて明滅する。


数値は、すでに限界を越えている。


医療端末を操作していた医師が、ゆっくりと首を振った。


「……結晶化率、臨界点超過」


誰も反論しなかった。

ここに集まっている医療班の全員が、同じ結論に辿り着いている。


「これ以上は、延命ではありません」


その声は冷静だったが、言葉の奥に諦念が滲んでいた。


「精霊界への“遷移”が始まっています。

 全身精霊化――人格の保持は、理論上不可能です」


それは、死刑宣告に等しい言葉だった。

肉体は残る。

だが、“美香”という人格は消える。


けれど。


次の瞬間、モニターの波形が乱れた。


「……?」


誰かが声を漏らす。


結晶は、増えていなかった。

侵食していなかった。


代わりに――

並び替えられていた。


皮膚の下で、結晶が規則的に移動し、再配置されていく。

まるで、身体そのものが新しい構造を受け入れる準備を始めたかのように。


「侵食じゃない……?」


医師の一人が、信じられないものを見る目で呟く。


その時だった。


美香の眉が、わずかに動いた。


痛みによる反応ではない。

苦悶でもない。


――痛覚が、消えている。


だが代わりに、別のものが流れ込んでくる。


風が、重たい。

地脈が、疲れ切っている。

精霊界全体が、躊躇している。


それらは言葉ではなかった。

感情でもない。


意味だった。


世界が抱え込んだまま、誰にも伝えられなかった“状態”が、

一斉に美香の内側へ流れ込んでくる。


美香の唇が、わずかに開く。


声にならない息が漏れた。


その瞬間、遠隔回線がかすかに明滅した。


霧亜の意識が、断続的な通信として割り込んでくる。


ノイズ混じりの、しかし確信に満ちた声。


「……違う」


一拍、間を置いて。


「これは崩壊じゃない」


医療班の誰もが、息を呑んだ。


霧亜の声は弱い。

だが、その言葉だけは揺るがなかった。


「……これは“目覚め”のパターンだ」


その瞬間、

臨時医療区画の結界が、わずかに共鳴した。


美香の結晶は、静かに、しかし確実に、

次の段階へ移行していた。


それは終わりではない。


――起動だった。

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