上位司祭の出迎え ――敵は、断罪しない
それは、待っていた。
反転祭壇の縁に立つ存在を、少年はそう理解した。
だが「立っている」という認識すら、正確ではない。
距離はあるのに隔たりがなく、
近いのに触れられない。
人の輪郭をしている。
それ以上の情報は、視線が拒まれた。
顔は、固定されない。
見ようとするたび、形を結ぶ直前で溶け、
年齢も性別も、記号として成立しない。
ただ一つ確かなのは、
そこに「誰か」がいるという事実だけだった。
声だけが、異様なほど明確だった。
空間に散らばらず、揺らがず、
確かな位相を保ったまま、少年の意識に届く。
「恐れる必要はない」
その声音には、威圧がない。
敵意も、憎悪も、ましてや嘲笑も含まれていなかった。
「我々は君を裁かない」
その言葉は、慰めではない。
赦しでもない。
ただの宣言だった。
少年は一瞬、言葉を失い、
次の瞬間、胸の奥から衝動を押し出した。
「世界を壊すために、
俺を使うんだろ?」
自分でも驚くほど、声はまっすぐだった。
恐怖を隠すための虚勢ではない。
答えを引きずり出すための、ほとんど祈りに近い問いだった。
上位司祭は、すぐには答えなかった。
沈黙が落ちる。
だがそれは、拒絶の間ではない。
言葉を選び、世界の前提を整えるための静止だった。
やがて、声が再び位相を持つ。
「分断された世界は、既に破滅している」
その一文は、刃のように鋭いはずなのに、
不思議と切りつけてはこなかった。
「それを“認めない”ことこそが暴力だ」
少年の内側で、何かが軋んだ。
否定したい。
だが同時に、理解してしまう自分がいる。
この存在は、世界を壊すために語っていない。
破滅を肯定するためでもない。
ただ、
分断されたまま延命されてきた現実を、
現実として扱おうとしているだけだった。
上位司祭は、少年を見据える。
顔は相変わらず曖昧なままなのに、
視線だけは、逃げ場を与えない。
裁かれないことが、
これほどまでに重いとは、少年は知らなかった。
反転祭壇の奥で、
少年の鼓動と空間の振動が、
再び、静かに重なった。
この対話が、
世界の「是非」を問うものではないことを、
少年はまだ言葉にできないまま、理解し始めていた。




