特務科隊長・夜宮レイジの着任
カムイ支部の朝は、いつもより静かだった。
境界観測フロアの警報が鳴っていないだけで、支部全体が落ち着いて見える──そんな錯覚を覚えるほどに。
ロビーの自動扉が、ひとりでに風を吸い込むような音を立てた。
黒いコートの男が足を踏み入れた瞬間、空気の温度が一段下がった気がした。
魔力が露骨に漏れているわけではない。
むしろ、完璧に抑え込まれ、密度だけが異様に高い。
その“圧”に、受付カウンターにいた新人支部員が思わず背筋を伸ばした。
男は、ゆっくりと支部内を見渡し、名乗った。
「特務科隊長、夜宮レイジ。今日付で北東支部に着任する。
しばらくは支部長代理として統括権限を預かる」
低く、硬質な声だった。
その場にいた十数名の支部員が、一瞬遅れて反応し、ざわめきが広がる。
「と、とくむ……科、隊長……?」
「なんでこんな地方支部に……」
その動揺を切り裂くように、階段から降りてきた椿霧亜が声を上げた。
「まさか、本部から直々に派遣なんて……聞いていません、夜宮隊長」
霧亜は表情には出さないが、驚きがその歩幅から滲んでいる。
特務科──ガーディアン組織でも最上位の権限と情報を扱う部署。
地方支部に隊長クラスが常駐するのは、異例中の異例だ。
夜宮は霧亜の前に立ち、淡々と答えた。
「カムイ市のゲート発生率は、いまや人間界トップだ。
軽視する方が無理だと思わないか?」
霧亜は言葉に詰まる。
夜宮はロビー中央から動かず、静かに支部内を観察していた。
結界柱の配置、高感度魔力レーダーの稼働音、支部員一人ひとりの魔力波形──
まるですべてが彼の“視界”に入っているかのような、冷静な目だった。
「……これで全員ではないだろう。学生見習いがいるはずだ」
「健太郎と美香のことですか?」
霧亜が反射的に言うと、夜宮はわずかに視線を向けた。
「ああ……高槻健太郎。
潜在値評価レポートは読んでいる。興味深い素材だ」
その声音は、褒め言葉というより“分析対象”を見ているものに近い。
霧亜は眉をひそめた。
夜宮がどういう意図で健太郎の名を出したのか、まだ読めない。
──夜宮レイジは、既に知っている。
健太郎の魔力耐性が常識外れであることも、
“リヴァース因子”の可能性が長く伏せられてきたことも。
しかし彼は、まだ誰にもそれを言わない。
支部ロビーの空気は張り詰めたまま、
新任隊長を中心に静かに渦を巻いていた。




