“第六界の残滓”の観測 ――破滅の正体が姿を現す
北東支部の医療区画は、戦場の延長のような静けさに包まれていた。
破壊音も悲鳴も遠ざかったあとに残る、薄く張りつめた沈黙。
霧亜は、その沈黙の中で意識を取り戻した。
完全な回復ではない。
視界はまだ歪み、思考も断続的だ。
それでも彼女は、最初に理解した。
――時間がない。
「……データを……全部、繋いで……」
かすれた声で指示を出すと、補助端末が起動し、五界各地から送られてくる境界振動ログが重ね合わされていく。
天使界、魔界、獣界、霊界、精霊界。
それぞれ異なる戦場、異なる被害、異なる感情。
だが、波形だけは――揃っていた。
霧亜の指先が止まる。
「……おかしい……」
境界の揺らぎは、戦争の結果として発生しているのではない。
むしろ逆だ。
戦争が、ある“揺らぎ”に引きずられて起きている。
解析結果が、ひとつの結論を叩き出す。
すべての振動は、同一の位相源を持つ。
「そんなはず……」
五界のどの法則にも属さない。
どの界の理論体系にも収まらない。
それなのに――
霧亜は、別のデータを呼び出した。
少年の因子記録。
照合の瞬間、画面が一致を示す。
完全一致。
「……来ている……」
彼女の声は、もはや震えていなかった。
「これは“五界の外側”から来ている」
ゆっくりと、しかしはっきりと告げる。
「第六界――虚界の残滓です」
その言葉が落ちた瞬間、室内の空気が変わった。
健太郎と美香は、霧亜の指示を受け、境界揺らぎの集中点へ向かっていた。
移動するほどに、周囲の空間は不安定さを増していく。
魔力の流れが乱れ、視界の奥で世界が“ずれる”。
そして、少年が立ち止まった。
顔を上げ、何もない空間を見つめる。
「……呼んでる……」
声は小さい。
だが、はっきりとした実感を伴っていた。
「“外”の声が……!」
少年の因子が、明確に反応している。
虚界残滓との共鳴が始まっていた。
霧亜は、解析結果をまとめながら理解する。
五界戦争そのものが、虚界残滓を活性化させている。
恐怖、怒り、疑念。
境界振動が増すほど、第六界は現実に“近づいてくる”。
そして、ようやく全てが繋がった。
戦争は目的ではない。
装置だ。
虚界を顕在化させるための、巨大な共鳴機構。
レゾナンス教団の狙いは、最初からそこにあった。
世界は今、破滅に向かって進んでいるのではない。
すでに――
破滅そのものを、呼び寄せ始めていた。




