五界の全面衝突開始五界の全面衝突開始 ――同時多発的破局
それは宣戦布告という形を取らなかった。
だが、確実に「始まり」は訪れた。
四章と五章で積み重ねられた疑念、誤解、象徴の喪失、取り返しのつかない感情的損耗。それらが、ある瞬間を境に臨界を越えたのだ。
どの界も、同じ確信を抱いていた。
――先に撃ったのは、相手だ。
天使界と魔界の境界線では、聖律の光と魔相の闇が同時に炸裂した。
大聖環崩壊の報復を名目に進軍した天使界聖軍は、自らを「防衛側」だと疑わなかった。迎撃する魔界もまた、侵略を阻止しているに過ぎないと信じていた。
衝突の最前線は、もはや領土ではない。
境界そのものが軋み、割れ、崩れ落ちていく。
世界の縫い目が、戦場へと変わった。
霊界は声明を発した。
「霊界は中立を維持する」
だが侵入と干渉に対する即時殲滅型防衛は、他界の目には説明なき先制攻撃として映る。
最も理性的な界は、最も誤解される立場へと追い込まれていった。
獣界では、国境遮断による交易停止が飢餓を招き、生態系は虚界残滓の影響で歪み始めていた。
群獣の暴走は連鎖し、もはや獣界自身ですら制御できない。
暴走は国境を越え、被害は周辺界へ滲み出していく。
精霊界は、王女リィエル誘拐を理由に人間界へ制裁を宣言した。
精霊界の戦争は軍勢ではなく、嵐と枯死と地脈異常として現れる。
人間界にとって、それは交渉の余地なき自然災害だった。
人間界本部は、ついに決断する。
五界戦時体制への正式移行。
特務科と戦術科の前線投入準備。
その瞬間、人間界は中立調停者であることをやめた。
すべての界が、守るために戦っている。
だが結果として、世界は静かに、確実に分断されていった。
遠く、瓦礫と報告音の向こうで、夜宮は息を吐く。
「……始まってしまった」
誰に向けるでもなく、ただ事実を受け入れるように。
「もう、“止める”という選択肢は消えた」
世界は、戻れない地点を越えていた。




