恐るべき最適解 ― 本部の選択
霧亜が最後に開いたファイルは、他の資料とは明らかに扱いが違っていた。
装丁は簡素。
封印もない。
だが、閲覧すること自体が前提とされていない文書だった。
最終ページ。
そこには、追記のように赤字で判断文が挿入されている。
「虚界残滓の活性化は、
五界間の不信と境界振動を増幅させ、
結果として五界戦争を誘発する可能性が高い。
よって、
適応者の隔離、または破棄が最適解である。」
夜宮は、しばらく声を失った。
否定も、怒りも、すぐには出てこない。
文章があまりにも整然としていたからだ。
戦争を防ぐ。
均衡を守る。
五界を存続させる。
そのために――
原因を消す。
夜宮は、喉の奥から絞り出すように言った。
「……戦争を防ぐために、
戦争を“起こす原因”を消す……」
拳が、震える。
「それが……本部の答えか……!」
霧亜は視線を落としたまま、静かに続ける。
「これは衝動的な判断じゃない。
長期シミュレーションの結果です」
虚界が存在する限り、
五界は互いを疑い続ける。
誰が虚界を利用するのか。
誰が先に掌握するのか。
不信は境界を揺らし、
境界の揺れは、必ず軍事行動を呼ぶ。
――だから消す。
あるいは、閉じ込める。
さらに資料を読み進めて、二人はもう一つの事実に辿り着く。
本部は、すでに動いていた。
虚界ヴォイドの再封印。
もしくは、五界との完全遮断。
そのための再編計画が、複数の部署を跨いで進行中。
霧亜が低く告げる。
「再封印には、媒介が要る」
夜宮は分かってしまった。
「……リヴァース因子」
「ええ。
確保できれば封印の“核”として使用。
制御不能と判断されれば――完全消去」
少年の存在は、最初から答えの中に含まれていた。
保護対象ではない。
研究対象でもない。
封印の部品。
夜宮は、資料を握り潰すように閉じた。
「合理的だな……」
吐き捨てるような声だった。
「人を一人消せば、
世界が一つ、安定する」
霧亜は、わずかに首を振る。
「だからこそ、恐ろしいんです」
善意でも、悪意でもない。
ただ、最適解。
本部は、世界を救うために、
静かに一人を切り捨てる決断をしていた。
そして、その選択はすでに――
実行段階に入っている。




