事件収束と影 ― 五界・本部に繋がる伏線提示
捕縛された妖精たちが、転送用の小型拘束箱へ次々と収められていく。箱の内側には精霊界規格の拘束紋が刻まれ、淡い光が収容の度に脈動した。
「二人とも、よくやった。迅速で、無駄がない」
椿霧亜が歩み寄り、癖のない声で労いを告げた。戦闘の緊張が冷めてなお、彼女の佇まいは変わらず静かだった。
風に揺れる黒髪の向こうで、矢筒だけが淡く反射している。
「これで送還手続きに回せる。ひとまず、この件は収束だよ」
美香が小さく息を吐き、短杖を下ろす。健太郎も肩をぐるりと回して、硬くなった筋を緩めた。
「……それにしても、最近は増えているんだよ。妖精族の密輸案件が」
霧亜の声は、唐突に深い影を帯びた。
河川敷に漂う魔力の残滓が、さらに冷える。
「密輸って……フェアレットたちを、ですか?」
「ええ。彼らは本来、こういう無断入界を好む種族じゃない。臆病だし、集団行動の規律も強い。だから、本当におかしいの」
美香が眉を寄せ、健太郎も直感的に異変を感じた。
霧亜は少し視線を遠くへ向けながら、淡々と続ける。
「五界のバランスが、崩れかけている。
天界では動向不明の天使が増え、悪魔界では行方不明者が相次いでいる。
精霊界からは連絡が極端に減った。沈黙に近い状態だと……本部は見ている」
風が止まり、河川敷が一瞬だけ音を失った。
「この街のゲート多発も、偶然とは思えない。カムイ市はもともと裂け目が多いけど……“今の増え方”は異常だよ」
霧亜の眼差しは、夜に沈む空へ向けられた。
そこには何もない。しかし、何かが確かに潜んでいる気配だけが残る。
「――まあ、今は心配しすぎても仕方ない。報告は私がまとめておくから、二人は帰って。明日も学校でしょう?」
「はい」
「お疲れさまです、霧亜さん」
軽く頭を下げると、椿霧亜は再び現場の確認へ戻っていった。
健太郎と美香は歩き出す。制服の裾を風が揺らし、夕暮れの匂いが河川沿いに漂っていた。
――学校の帰り道。
表向き“普通の高校生”としての時間が、ようやく戻ってくる。
「今日も、結構ハードだったね」
「うん。でも……いつもより多かった気がする」
美香がぽつりと言う。
健太郎も、言葉を選ばずに頷いた。
ふと、背後の空がわずかにひび割れる音を立てた。
ピシリ、と。
氷を爪でひっかいたような、微細すぎる音。
振り返ると、空の一角が静かに裂けていた。
髪の毛より細い、光の裂け目。
一秒にも満たない時間で、亀裂はふっと閉じる。
風が通り過ぎ、何もなかったように世界は滑らかに戻った。
(今日も裂けた。
きっと、またすぐに開く。
境界都市の空は……静かになる気がしない)
心の中で呟きながら、健太郎は歩みを再開した。
夕暮れの街は赤く染まり、しかしその光はどこか頼りなく揺らいでいた。
カムイ市の空は、静寂を許すつもりがない――
そう告げるように。




