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ガーディアン・リヴァース:境界を駆ける者たち  作者: 南蛇井


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本部特務科の接触

五界合同会議が崩壊してから、まだ十二時間も経っていなかった。本部中枢の空気は火災直後のような緊迫で満ち、各部署が互いに連絡を求めて走り回っている。低く唸る警報音は停止されず、そのたびに壁面の境界計測器が小刻みに震えていた。


 そんな混乱の中心で、健太郎は目立ちすぎていた。

 “界縁適応者”──境界乱れに晒されても精神・肉体が破綻しなかった人間。

 その稀少性は、本部の利害と直接結びつく。


 戦術科のラウンジで、夜宮が資料を抱えたまま健太郎の前に立った。


「……本部の部署、全部が君のデータを要求してる。界縁波形の反応が異常だって。戦術科で保護する手続きを進めているが──」


 その言葉を遮るように、部屋の扉が強制解除音とともに開いた。


 黒の制服に、銀糸で縁どられた階級章。

 廊下の空気が一段階冷たくなるような存在感をまとい、特務科長官・九条シグレが姿を現した。


「神崎健太郎、だな。」


 淡々とした声。抑揚はほとんどなく、言葉というより“判定”に近い。


 夜宮が即座に立ち上がる。


「特務科長官。彼は戦術科の──」


「君の所属は関係ない。命令だ。」

 九条の視線は夜宮ではなく、健太郎ただ一人に向けられていた。


 次の瞬間、床に刻まれた幾何紋が淡く発光した。

 魔力ではなく、もっと無機質な“測定の光”。

 査定魔術だと気づく前に、健太郎の鼓動がその光に引き込まれ、波形として空中に浮かび上がる。


 心拍、精神振動、界縁波形──すべてが九条の眼に読み取られていく。


「……なるほど。」

 九条は小さく頷いた。それが評価なのか警戒なのか、健太郎には分からない。


 夜宮が前に出る。

「面談には私も同席する。学生を一人で──」


「断る。」

 九条は一切の情動を乗せずに言い捨てた。

「これは“資産査定”だ。保護者の介入は不要だ。」


 夜宮が息を呑む。言葉の意味は明確だった。


 九条は健太郎を見据え、ようやく“言葉”を使うように口を開いた。


「君の出力──界縁波形は、既存の枠に収まらない。人間、精霊、魔界、いずれの体系にも属さない。こういう波形は、国家規模の資産とみなされる。」


 資産。

 その言葉だけが、健太郎の胸で重く沈んだ。


「待ってください。俺は──」


「君が何者であろうと関係ない。」

 九条は淡々と続ける。

「五界は戦争に傾きつつある。境界は乱れ、波形は拡大している。制御できない力は、それだけで脅威だ。だから特務科で管理・訓練する。合理的に考えれば、それ以外の選択肢は存在しない。」


 夜宮が噛みつくように言う。

「戦場に出すために、まだ子どもの彼を引き抜くつもりか。」


「“子ども”かどうかは判断基準ではない。」

 九条は振り返りもしない。

「界の危機管理に年齢は関係ない。使える力は使う側に、置かれるべきだ。」


 その瞬間、周囲の空気がさらに緊張し、戦術科の隊員たちでさえ沈黙した。

 九条は本部の中でも異質な存在──論理だけで構成された“国家の意志”そのもの。


 健太郎は夜宮を見た。

 夜宮は悔しげに唇を噛むが、特務科の強制権限を覆せるだけの力は持っていない。


「……健太郎。すまない。」

「大丈夫です。俺は……行きます。」


 言葉とは裏腹に、背筋に冷たいものが落ちていく。

 選択したのではない。選ばされた。

 その事実が胸の奥で重く凍りついた。


 九条は振り返ることなく歩き出す。


「時間はない。ついてこい。」


 扉が自動的に閉じ、戦術科の空気が断ち切られる。

 その音は、健太郎にとって“別の世界”へ引き渡される合図のように響いた。


 こうして、健太郎は否応なく本部特務科へ連行される。

 彼自身の意思ではなく──力の価値だけが、彼を運んでいった。

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