会議の崩壊
魔界代表ヴァルトの暗殺から一夜。
アーカ・ドームの空気は、もはや外交会議のものではなかった。
五界の代表団は、それぞれ別方向へ“退路”を確保し始めている。
会議場に満ちるのは、魔力と霊圧と武装の気配——
もはや国家間会議というより、ひとつの戦場の前夜だった。
■帰還準備という名の“軍備”
魔界代表団の老将グラズが、壇上に立つと同時に宣言した。
「我らは即刻帰還する!
そして境界方面軍を再編する!
精霊界の挑発は看過できん!」
その声に、精霊界側の高位精霊が鋭く反応する。
「挑発した覚えはない。
だが——魔界の暴走が続くなら、こちらも“結界軍”を動員せざるを得ない」
獣界代表ラルガは、両者の会話を聞きながら静かに席を立つ。
「どちらが正しいかより、我らにとって重要なのは被害だ。
群獣暴走の責任を追及し続ける。
……国境結界は今夜から強化する」
霊界は最後まで沈黙の姿勢を崩さなかった。
ただ、彼らは音もなく撤収を始め、霧のように会議室から薄れていく。
その退き際の静謐こそが、他界に最も深い不安を刻む。
■人間界議長の“中断”
議長台に立つ宗主ハーデンは、騒然とする会場を前に、あくまで冷誠な声を保っていた。
「……これ以上の議論は、不毛だ。
本日はこれにて、中断とする。」
その言葉は、会議室の緊張を解くどころか——
むしろ、五界が一斉に戦争準備へ移行するための“解禁宣言”になった。
各界の代表たちは、ほぼ同時に立ち上がる。
その動きは、去るのではない。
“戻って備える”動きだった。
アーカ・ドームの中央に設置された境界震度計が、低く唸るような音を立てた。
誰の魔力でもない。
五界が一斉に動き始めた時に起こる、世界規模の“揺らぎ”だった。
■夜宮と霧亜の静かな結論
席に残った夜宮が、霧亜の方へ身を寄せ、低く呟く。
「……終わったな。
もう各界は、互いを信じなくなる。
ここから先は、総力戦の準備だ」
霧亜は、ドームの天蓋に浮かぶ揺らいだ光を見上げる。
「暗殺は前座。
真正の狙いは、五界の“連携”そのものの破壊……」
静かに息を吸う。
「誰かが、五界すべてを“戦わせたい”。
そしてそのための布石は、もう十分に撒かれてしまった」
会議が崩壊する音は、叫びではなく沈黙の形をしていた。
アーカ・ドームを去っていく代表団たちの背に、戦争の影がつきまとい始める。
——世界は、確実に次の段階へ動き出していた。




