議論は平行線
境界破壊事件に関する本議題が開かれたのは、開会式からわずか一時間後だった。
アーカ・ドーム中央議場は、既に外面だけの平静を保つ薄氷の空間になっている。
「では――議題一。“境界破壊事件”の再調査について」
議長ハーデンが宣言した瞬間、静寂が破れた。
■五分で崩壊する議論
「再調査? 必要ない。我らは精霊界の関与を証明する証拠を持っている!」
魔界の老魔将ラズグロスが吼えるように立ち上がる。
精霊界側が同時に声を重ねた。
「虚言だ。そもそも境界値の不自然な“同期”こそ、人間界の禁術の痕跡!」
「精霊界よ、責任を擦りつける気か!」
「魔界は常に自分たちだけが被害者だと言いたいのだ!」
一斉に声が飛ぶ。議論開始から五分足らずで、互いの発言が遮り合い、議場は錯乱に近い様相を呈していた。
空気が震える――精霊界から魔界へ向けて、目に見えぬ微弱な魔力干渉がが放たれた。
魔界側も反射的にそれをいなし、冷たい殺気を返す。
霊界は沈黙を貫きつつ、その背後で不可視の結界を張り巡らせている。
獣界はいつでも吠えて飛びかかれるような殺気を隠しもせず、牙のように尖らせた視線で魔界を睨む。
そして――人間界本部は、静かに“観察”していた。
(……これでは会議ではない。火薬庫の真ん中で、全員が火花を散らしている……)
霧亜は歯を食いしばった。
■霧亜の“嗅覚”
彼女は諜報分析官として、他界の外交官たちの“言葉の揺れ”を読み取ることに長けている。
その霧亜の耳に、不可解なざらつきが混じって聞こえていた。
(……妙だ。
どの代表も、焦りが強すぎる。
まるで、“誰かに怯えている”ような……)
単なる怒りではない――恐怖と焦燥が混じり合った不自然な熱量。
議論は堂々巡りを続けながら、ゆっくりと“何者か”に誘導されている。
「境界同期の起点は魔界側の――」
「いや、人間界に疑う余地がある――!」
「霊界の沈黙こそ怪しい!」
叫びは連鎖し、議場は沸騰していく。
霧亜は小声で夜宮に囁いた。
「なにか、言葉の裏側に“誘導の匂い”があります。
誰かが意図的に、五界を互いに刺し合わせようとしている……」
■夜宮の直観
夜宮は、静かに周囲を見渡しながら答えた。
彼の目は戦略家のそれに変わっている。
「……攻撃した者は、五界が互いに疑い合うことを計算している。
この会議そのものが罠かもしれない」
その言葉は、霧亜の心に重く沈む。
魔力の衝突、結界の干渉、隠された盗聴と監視――
会議場の裏側ではすでに、情報戦・探知戦・心理戦が複層的に展開されていた。
もはや外交ではなく、“初手を誰が撃つか”だけの状況。
(これでは……何か一つでも事件が起これば、五界戦争が始まる……)
霧亜の不安は、現実になるのにさほど時間は掛からない。
このとき、暗殺者はすでに“動き始めていた”。




