開会式──既に冷戦状態
アーカ・ドーム中央議場。
半円形に据えられた各界の座席は、形式上は“平等”を示すはずだった。
だが今、そこに漂う空気は平等とは程遠い。
静寂という名の冷戦が、その場を覆っていた。
議長席の水晶鐘が鳴り、開会を告げる光が天蓋を走る。
最初に強い気配を放ったのは、魔界代表団だった。
■魔界代表団
黒紫の外套を翻し、若き代表ヴァルト=ゼグナが歩み出る。
銀の瞳。若いが、その背後に立つ重鎮たち――老獪な魔将ラズグロスらが、あからさまに精霊界へと睨みを飛ばしていた。
「我らが境界は、裂け目から“群獣化”した魔物の流入を受けている。
これは自然災害ではない。何者かの攻撃によるものだ」
言葉は冷徹で、抑えた怒りを含む。
魔将たちは声を発さずとも“精霊界を疑っている”と全身で語っていた。
精霊界側の空気が揺らぐ。
■精霊界代表団
透明質の鎧に青い光を宿す高位精霊たち。
代表エリューシアは一歩も引かない気配で応じた。
「魔界よ、根拠なき敵視は愚行です。
むしろ、最近の境界値乱れこそ――人間界が禁術を用いた可能性が最も高い」
議場に緊張が走る。
精霊たちの背後の空気が淡く波打つ。怒りの兆候だ。
霧亜は席からそのゆらぎを見て、分析を進めていた。
(彼らは怒っている。しかし“怒りが本質ではない”。
追い詰められた焦り、それが怒りに偽装されている)
■霊界代表団
対して、霊界は一貫して無言だった。
薄衣のように揺れる外套をまとい、存在感すら希薄な使者たち。視線すら読ませない。
議場の者たちが焦れ始めたころ、霧亜は小声で夜宮に言う。
「……彼らは“沈黙を武器”にしています。
何も言わないことで、全界に疑念だけを植え付ける。
霊界は、立場を曖昧にして最大の交渉力を得ようとしている」
夜宮は短くうなずいた。
「中立を標榜する者ほど、危険というわけだな」
■獣界代表団
次に言葉を発したのは獣界の外務官、ラルガだった。
筋骨の浮いた腕を卓に置き、低く唸るような声で魔界を指差す。
「魔界領での“群獣暴走災害”について説明しろ。
獣界は甚大な被害を受けた。お前たちの境界乱れが発端ではないのか?」
ラルガの怒声は凄烈だったが、内心は別だ。
彼自身も、獣界が引き金を引いたという確証を持たない。
不安が怒りを刺激し、議場全体を荒らしてゆく。
■人間界本部(議長団)
最後に視線が向いたのは、人間界本部の議長団。
宗主ハーデンは、灰銀の法衣をたたみながら席に座り、重々しく口を開く。
「……すべて、調査中です」
それだけ。
五界の代表たちから、一斉に嘲りと怒りが飛ぶ。
「貴殿らの領域で起きた境界破壊だぞ!」
「“調査中”で済む話ではない!」
「本部は何を隠している!?」
だがハーデンは、微動だにしなかった。
彼の背後――議長席の影には、すでに密かに動く黒服の戦術部隊が控えていた。
人間界本部は、決して中立ではない。
霧亜はその影を見逃さなかった。
(……本部は、何かを“掴んでいる”。
そしてそれを、絶対に開示するつもりがない)
議場全体が、張り裂けそうな緊張に包まれる。
形式としては会議の開会式。
しかし実態は、五界が互いに銃口を突きつけ合う紛争前夜そのものだった。




