中立領域アーカ・ドーム到着
人間界北端――薄曇りの空を受けて、巨大な半球は鈍く光を返していた。
アーカ・ドーム。五界合同会議が行われる、中立領域最後の砦。地上部は鏡面ガラスが幾重にも重なる静謐な都市景観だが、参加者の誰もが理解していた。
このドームの真価は、地上ではなく地下に眠っている。
霧亜は車両の窓越しに、その半球を眺めた。滑らかな曲線の下に、何十層もの監視網と封印陣が敷き詰められていることを、彼女は図面だけでなく感覚的に知っている。
目に見えない“監視の膜”が、風の流れをわずかに歪めていた。
五界代表団の車列は、放射状に広がるゲート前に整列してゆく。
魔界、精霊界、霊界、獣界――そして人間界本部。
それぞれに帯びる魔力風は、すでに互いの存在を牽制しあっていた。
ゲートの中心には、古めかしい計測具が置かれている。白金の柱に刻まれた古代紋章が、かすかに脈動した。
「境界震度計……本当にまだ動くのね」
同行していた夜宮がぼそりと漏らす。
霧亜はうなずきつつも、眉間の奥に刺さる違和感を払えなかった。
車両がゲートをくぐる瞬間、境界震度計の中核宝珠が強く明滅した。
直後、鳴り響いた金属音に、代表団の護衛たちが一斉に手を伸ばす。
「反応値スパイクだ! 全界値が……同期している?」
「そんなはずはない、普段は界ごとに乱れ幅が違……」
管制官たちの声が交錯し、青白い光がドーム天井へ走る。
霧亜は、数秒だけ閉じた瞳の裏で“波形”を追った。
――これは自然の揺れではない。
誰かが、五つの界の鼓動を“無理に合わせている”。
だが、その“誰か”が誰であるか、霧亜にはまだ推測すら難しい。
波形は巧妙に加工され、本来の発振源を覆い隠すように編み込まれていたからだ。
目を開けた霧亜は、あえて声を出さなかった。
事の重大さを、誰よりも理解していたからだ。
夜宮が横から覗き込み、低く尋ねる。
「……気付いたな?」
「ええ。でも、確証はまだ。下手に言えば、逆に引火する」
魔界代表団の周囲には黒い炎、精霊界の一団は剣呑な光粒をまとい、獣界の戦士たちは爪をわずかに伸ばしている。
霊界だけが静かだが、その沈黙こそが最も不気味だった。
アーカ・ドームの扉が重々しく開く。
――五界が、ここで争うつもりはない。
そのはずだった。
だが霧亜は、胸の奥にひっそりと灯る予感を消せなかった。
今日、この場所で始まるのは会議ではなく――
崩壊の序曲だ。




