支部が見た“禁忌の力”
白反転が静かに収束しはじめたとき、
北東支部の大広間は、異様な静寂に包まれていた。
幻界の影も、魔界の破片も、霊界の靄も――
すべてが“健太郎の半径”だけ避けるように揺らぎ、遠ざかっていた。
健太郎と少年の中心に浮かび続けていた界縁光は、
外側の世界の法則を歪める“禁忌の相”として、ただそこにあった。
その光景を、夜宮レイジは言葉を失って見つめていた。
■ 夜宮の驚愕
「……これは……人間の領域ではない。」
普段、どれほどの異常が起きても眉一つ動かさぬ男の声が震えていた。
界縁反転によって形成された“干渉不能域”。
健太郎が無意識に展開したそれは、
本来なら特級封印装置でも生成できるかどうかの代物だ。
「本部が恐れた理由が、今ならわかる……。」
夜宮は拳を握りしめる。
少年の位相を安定させてなお、健太郎の身体は崩れない。
むしろ、外側の呼吸が脈動し、彼自身の存在を“上書き”し始めていた。
――この力は、既存のどのカテゴリーにも属さない。
それは、人間という枠を超えた構造。
■ 本部からの“処断”
その瞬間。
空気が揺れ、支部最奥の緊急回線が自動起動する。
暗号化された低いノイズが走り、
本部中央の硬質な声が響いた。
『北東支部、応答せよ。
当該エリアにて未定義の界縁力を観測した。』
夜宮の眉がわずかに動く。
通信は続いた。
『北東支部を“対応不能”と判断。
能力保持者――天城健太郎、ならびに対象少年を
危険度Sに指定する。』
霧亜が息を呑む。
『直ちに両名を確保し、中央隔離施設へ送致せよ。
これは緊急命令であり――拒否権はない。』
■ 裂ける沈黙
言葉の意味を理解した瞬間、
美香が信じられないというように叫んだ。
「確保って……どういうこと?
だって健ちゃんは、私たちの――味方でしょ!?」
霧亜も怒りを押し殺しきれない様子で前に出る。
「少年も同じです。本部は状況を何も理解していない!
彼らがいなければ、今ごろ五界はもっと侵食されていた!」
だが、本部は聞く耳を持たない。
返ってきたのは機械のような声だった。
『北東支部――再確認する。
両名を拘束しろ。
抵抗の有無は問わない。』
その言葉には、“救助”も“保護”も含まれていなかった。
ただ排除のための分類があるだけだった。
■ 夜宮の決断
夜宮は、ゆっくりと通信端末に手を伸ばす。
「北東支部・支部長、夜宮レイジだ。」
沈黙の中で、本部のオペレーターが応じる。
『受信確認。命令を復唱せよ――』
夜宮は、その言葉を途中で切った。
「……命令は、聞かない。」
通信の空気が凍りつく。
霧亜も美香も、息を呑んで夜宮を見つめた。
夜宮の声は静かだが、これまでにない重さを帯びていた。
「この子らを、本部には渡さない。
彼らは五界を壊す存在ではない。
むしろ――五界を守りうる“唯一の希望”だ。」
『北東支部長、貴殿は命令違反を宣言したと理解してよいか?』
「そうだ。
北東支部は……今、この瞬間から本部の方針に従わない。」
端末を乱暴に切るでもなく、
ただ静かに通信を落とした夜宮は、支部を見回す。
「覚悟してくれ。
本部は必ず、我々を“敵”として扱う。」
霧亜は息を整え、深く頷いた。
美香は健太郎の手を握り返し、震える少年に寄り添った。
そして――
北東支部は、この夜を境に“本部から独立”した。
それは同時に、
五界と人間界の歴史における大きな転換点でもあった。




