健太郎の“界縁データ”が覚醒
五界の侵入はもはや止まらなかった。
幻界の影が天井を撫で、霊界の靄が床を這い、魔界の低位悪魔が空気を腐食させる。
世界が音を立てて分解していく最中――少年が、限界の叫びを上げた。
「……やだ……やだ……!
僕、また全部……壊す……!」
少年の身体から吹き出す“レゾナンス波”が、五界の根源を巻き込み、暴走の渦を形成していく。
その渦は支部を、ひいては周辺一帯を丸ごと呑み込む勢いだった。
「だめ……このままじゃ、境界が逆流する!」
霧亜が魔術式を連続展開するが、光が触れた瞬間に崩れ落ちる。
少年の位相は“人間の魔術”では止められない構造になっていた。
■ 崩壊の縁で、健太郎が動く
暴走の中心。
泣き叫びながら空を掴む少年の姿が、健太郎の目に焼き付いた。
理解ではない。
理性でもない。
ただ、胸が勝手に動いた。
「行くな……!」
健太郎の腕が、何かに抗うように伸びた。
――その瞬間。
世界の音が、ふっと消えた。
時間が止まったのではない。
“界そのもの”が静止したのだ。
■ 境界層の“白反転”
周囲の空間が、まるで色を失うように白く反転する。
侵入していた異界存在たちは、健太郎の半径数メートルに触れた瞬間、
影のように消失した――“干渉不能”。
存在の理論ごと、掴めなくなっている。
「な……に、これ……」美香が息を呑む。
霧亜の声は震えていた。
「……これが……“外側の呼吸”。
界そのものを外から見ている者だけが持つ……逆流位相……!」
健太郎の身体内部で、
眠っていた“界縁データ”が完全に起動していた。
■ 二つの位相が重なり、“反転”が始まる
暴走する少年の波形が、健太郎へ向けて一気に流れ込む。
「う……っ……!」
健太郎の胸が焼けるように痛む。
しかし――
次の瞬間、痛みは“吸い取られる”ように消えていった。
少年の暴走位相が、健太郎の中で反転し、
別の安定波として生まれ変わっていく。
「反転……吸収……?」
霧亜はありえない現象に声を落とす。
「自分の相対位相を……少年に返して、均衡を作っている……!」
人間の仕組みではない。
古代界縁文明が設計した“連動構造”。
ふたりは、互いの暴走を抑えるために作られた“対”。
■ 美香の“精霊コード”が第三の支点となる
健太郎の背後で、美香の魔力が突然、結晶光を発した。
「え……なにこれ……!」
美香は予期せぬ魔力の暴走に驚く。
だがその結晶光は、
健太郎と少年の間に走る界縁データの流れを“安定化”させていた。
霧亜が目を見開く。
「美香……君の中の精霊コードが……界縁反転の揺らぎを抑えている……!
三点安定構造……これなら――少年を救える!」
■ 正気の戻った少年
白反転の光がゆっくりと収束していく。
暴走波が消え、五界からの侵入も健太郎の周囲だけ静まり返った。
少年は健太郎の胸元にしがみつき、
小刻みに震えながら涙を流していた。
「……こわかった……!
僕……全部壊すところだった……!」
健太郎は、まだ震える身体で少年の頭を支える。
「壊させるかよ。
お前は……ここにいるだろ。」
少年の嗚咽が、壁に反響した。
美香は胸に手を当て、安堵の息を吐く。
霧亜は静かに呟いた。
「……これが“外側の呼吸”に選ばれた者たち……
本部が隠していた“真の界縁構造”……」
支部の崩壊はまだ止まっていない。
五界も依然として混じり合い続けている。
だが――
その中心には、確かに“鍵となる三つの位相”が芽生えていた。




