事件発生 ― 境界破壊の瞬間
深夜零時。
北東支部の境界監視網が、突然、全階層で赤色警報を点灯させた。
甲高いアラートが、まるで絶叫するように支部全体へと走る。
「警戒レベルα――境界異常、極値!」
「観測値、上昇を停止しません!」
夜勤隊員たちが慌ただしくコンソールに詰め寄り、次々に異常を告げる。
その中心、境界観測室。
霧亜は、モニターに浮かぶ五つの巨大波形を前に、蒼白になっていた。
「……五界の“外郭膜”が破れました。
同時です――五つ全部!」
室内にいた者たちの時間が、一瞬、凍った。
ありえない。
通常、一界の外郭膜が破れれば、それは国家レベルの危機だ。
五界同時など、理論上、世界の破滅級――起こり得るはずがなかった。
だが、波形は現実だ。
五つのリミットラインが、同時に真っ赤に跳ね上がり、その上で崩壊音のような電子ノイズを立てる。
「……来ます!」
観測班の叫びの直後、支部周辺の空間がひび割れた。
視界に映らないガラスが砕けたような、乾いた破砕音。
同時に、五つの異界から“侵入”が押し寄せた。
■ 幻界より――錯視生命の群れ
色も質量も定まらない“形の幻”。
見る者の脳そのものを欺き、ありもしない斬撃を与える擬似存在。
■ 霊界より――半物質の思念体
空気と壁の区別なく漂う、冷たい残響。
意志を持たず、ただ接触した精神を削る霊的ノイズ。
■ 獣界より――異形化した群獣
大地の向こうから吠え声が重なる。
骨格が人の概念から逸脱した“獣性の塊”が夜の森を踏み抜く。
■ 精界より――結晶構造の魔力体
光を屈折させながら浮遊する、硬質の魔力結晶。
触れれば皮膚を裂き、魔力回路を灼く。
■ 魔界より――低位悪魔の漂流群
理性のかけらもない、小悪魔の塊。
その影が地面を溶かすように蠢く。
北東支部は、完全に包囲された。
結界壁が軋んだ音を立て、フロアが震える。
「境界外殻、消失……ここはもう、五界の“接続点”になっています!」
「支援要請を送信……通信が……!」
通信オペレーターの手が止まる。
「……本部回線、切断。
全域ブラックアウトです!」
その言葉は、支部全体に重く沈んだ。
「本部は……切ったのか……!」
夜宮が、喉の奥で噛みしめるように呟く。
怒りではない。
絶望でもない。
だが、その声には深い確信が宿っていた。
北東支部は、見捨てられた。
「全戦闘班――配置につけ!」
夜宮が吠える。
「五界同時侵入だ。
援軍は来ない。
我々が守らねば、この地域ごと破壊される!」
境界線の向こうから、五つの異界の影が波のようにうねる。
そして――第一部の大事件が幕を開けた。




