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ガーディアン・リヴァース:境界を駆ける者たち  作者: 南蛇井


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正式任命式 ― 夜宮支部・誓約ホール

北東支部のさらに地下深く、めったに使われることのない古層に“誓約ホール”はあった。かつて異界文明と交渉を行った時代の施設だとされ、壁面には今では解析不能となった旧文明の符号が淡く刻まれている。空気は乾き、光は薄い。その静謐さは「儀式の場」であることを、訪れた者全員に無言で告げていた。


 正面の壇上には、夜宮支部長が静かに佇んでいた。黒い外套の裾さえ揺らさぬほど、空気は張りつめている。


 健太郎と美香は、並んでその前に立った。二人の背後には霧亜が控え、緊張と期待がないまぜになった視線で見つめている。


 夜宮は、儀式用の古い端末を起動する。薄い光が浮かび上がり、ホール全体に微かな振動が走った。壁の旧式祈導装置が反応したのだ。


「――これより、夜宮支部ガーディアン見習い任命式を執り行う。」


 低く深い声が、空洞めいたホールに響く。


「まず、氷川美香。術士見習いとしての適正と実績を認め、正式にガーディアン術士見習いへ昇格とする。」


 夜宮が手をかざすと、淡い光が美香の胸元にふわりと集まる。美香は驚きに目を瞬かせ、それから落ち着いた面持ちで一礼した。


「ありがとうございます。……必ず、この力をみんなのために使います。」


 その言葉は簡素だが、誠実な響きを帯びていた。


 続いて、夜宮は健太郎へ視線を向ける。


「桐生健太郎。君を……“界縁接触者”として特別枠の見習いに任命する。」


 健太郎の胸が小さく揺れた。

 “界縁接触者”――それは、通常のガーディアン枠ではあり得ない分類。本来は、危険性と希少性を兼ね備えた存在にだけ付与されるものだ。


「俺が……ですか。」


「そうだ。君はもう観測補助ではない。境界に触れうる、極めて特異な資質を示している。」


 夜宮の言葉には揺らぎがなかった。しかし健太郎の胸には、誇らしさよりも別の感情が広がった。

 期待ではない。

 恐れでもない。

 その中間にある、名前のつけようのない不安。


 何かが、自分の意思とは違う方向へ進み始めている。

 そんな直感があった。


「……はい。」


 健太郎はそう答えるしかなかった。


 夜宮は霧亜へと向き直り、短く告げる。


「霧亜。二人の担当監督官を命じる。」


「承知しました。責務としてお預かりします。」


 霧亜の背筋は、いつも以上にまっすぐだった。

 それは、二人を守るという決意とも、重責を引き受ける緊張とも取れた。


 式が終わりに近づくと、壁面の旧式装置がわずかに明滅した。

 その時、美香の体表を柔らかな光が撫でるように走った。


「……え?」


 美香は小さく声を漏らし、自分の手を見下ろす。

 光はすぐに消えたが、夜宮はその反応を見逃さなかった。


「誓約装置が……反応したのか。」


 霧亜が眉を寄せ、心配そうに美香を見る。


「大丈夫、美香?」


「う、うん……ただ少し、温かかっただけ。」


 美香は笑おうとしたが、その微笑はどこかぎこちなかった。

 その反応は、後に“精霊族コード”と呼ばれる古い情報片が美香の中に眠っていることを示す、最初の兆しだった。


 だが、この瞬間の彼らはまだ知らない。


 誓約ホールの沈黙は、まるで彼らの行く末を見透かすように深く、重かった。


 そして夜宮が最後に告げた。


「君たちはもう、守られる側ではなく、“境界に触れる側”へ進んだ。

 覚悟を持て。」


 石造りの天井がわずかに震え、古代の文字が淡く光った。

 新たな門が、静かに開いていく――そんな予感だけが、三人の胸に刻まれた。

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