教団幹部「アークゲート卿」の初登場
廃神社の境内。
朽ちた灯籠と苔の匂いの漂う静寂を、突如として冷たい風が裂いた。
月光が落ちる石畳の中央に――
いつの間にか、白布を纏った影が立っていた。
白い僧衣。
しかし宗教者というより、葬列の先頭に立つ導師のような雰囲気。
長い前髪の奥の瞳だけが異様に澄み、常人の色をしていなかった。
アークゲート卿。
教団幹部にして、“境界の呼び手”と噂される人物。
彼は静かに手を広げ、まるで古い友人を迎えるように言った。
「二人とも――来てもらうよ。
境界を正しく解放するために。」
その声には怒気も高圧もない。
ただ優しさすら含む透明な音色だった。
だが、その穏やかさこそが異質だった。
霧亜が低く警告する。
「……名を名乗れ。教団の幹部だな。」
アークゲート卿はゆっくりと彼女を見る。
「名乗るほどのものではないよ。
人は私を“アークゲート卿”と呼ぶ。
境界を開ける者、という意味でね。」
美香が息を呑む。
「境界……を開ける……?」
卿の視線は、すぐに健太郎へと移った。
その瞬間、境内の空気がわずかに震える。
「少年だけでなく……君も“帰還者の素体”か。
これは、僥倖だ。」
「帰還者……?」霧亜が眉をひそめる。
アークゲート卿は微笑んだ。
月光に照らされて、その表情は静謐で、しかしどこか狂気を孕んでいた。
「いずれわかる。
界縁の外側から来た者たちは、すべて私の同胞だ。
君たち二人――特に天城健太郎。
君の呼吸は、完全に“外側の節”を持っている。」
健太郎は胸の奥がざわつくのを感じた。
「……外側? 俺が……?」
卿は答えず、ただ軽く手を振った。
その仕草と同時に――
境内の影という影から、複数のレゾナント戦士が姿を現した。
霧亜は刀を構える。
美香は疲労の残った身体で結界の式を展開しようとする。
少年は震え、美香の後ろに隠れた。
アークゲート卿は言う。
「さあ――連れて行こう。」
S6:小規模戦闘(教団 vs 支部)
最初に動いたのはレゾナントたちだった。
全ての足音が同時。
人間離れした魔力密度が、境内の石段をきしませる。
霧亜が前へ出て、二体を受け止める。
金属音のような衝突。
レゾナントの腕は石を砕く硬度で、霧亜の刀と火花を散らした。
「魔術式が……強化されている……っ!」
美香は結界を展開しようとするが、魔力が暴れ、式が安定しない。
「だめ……昨日の暴走の、余波が……」
少年も同じく魔力が乱れ、呼吸が荒い。
その瞬間――
レゾナントたちの視線が、ふいに健太郎へ向いた。
狙いは明確。
少年と健太郎、“二つの無属性”。
霧亜が叫ぶ。
「健太郎君、下がれ!」
しかし健太郎は後ろに下がれなかった。
少年が怯えて手を掴んだのだ。
次の瞬間、レゾナントの一体が手をかざした。
黒い魔術陣が健太郎と少年を呑み込まんと膨張――
パアンッ。
音もなく、魔術陣が消滅した。
アークゲート卿の口角がゆるむ。
「素晴らしい……。
やはり君は“界縁適応場”を自動展開するのだね。」
健太郎の周囲だけ、空間が澄み渡る。
まるで“本来の世界”を取り戻すように、異界化の揺らぎが消えていく。
レゾナントたちは混乱して動きが鈍る。
「こ、これ……健ちゃんが……?」
美香は信じられないという声を漏らした。
卿だけは静かに頷く。
「外側の呼吸。
全ての界を無効化する素質。
君は我々の鍵だ、天城健太郎。」
そのとき――
レゾナントの一体が少年へ向けて、刃のような魔力を放った。
少年は避けられない。
「――危ない!」
健太郎の体が勝手に動いた。
少年の前に飛び出す。
刹那――
透明な膜のようなものが開き、
その刃は触れた瞬間に“消えた”。
界縁障壁。
彼の無意識が展開した、防御の最終形。
霧亜すら息を呑んだ。
「攻撃が……全部消えて……」
アークゲート卿は満足そうに両手を広げた。
「やはり。
君こそ境界を開く鍵。
次は儀式の時に会おう。境界は近いうちに――“開く”。」
彼はレゾナントたちを連れて、霧が晴れるように姿を消した。
残されたのは、荒れた境内と、
膝をつく健太郎、少年、美香、そして剣を構え続ける霧亜だけだった。
夜風が吹き抜け、廃神社の鈴が寂しく揺れた。




