健太郎の体内に“異常な痕跡”
目を開けた瞬間、白い天井がひどく遠くに見えた。視界の奥がまだ揺れている。健太郎は枕に沈んだまま、重い呼吸を整えた。
医務区画特有の消毒の匂い。点滴の落ちる音。静けさの裏側で、世界がまだかすかに軋み続けている気がした。
霧亜と美香はベッドの左右に立っていた。二人とも顔が青い。
医務班員がタブレットを片手に説明を始める。
「天城健太郎。魔力検査は……結果として、依然“無属性”だ。しかし——」
画面に表示された数値が赤く脈打つ。
「境界干渉値が急激に上昇している。通常の人間が持つレベルを、大きく逸脱している」
美香が唇を噛む。
「……健ちゃん、普通の人間じゃなくなってきてる」
その声は責めでも怯えでもなく、ただ事実を受け止めきれない戸惑いだけでできていた。
霧亜は健太郎の方を向くが、言葉を失っている。彼女の瞳が揺れていた。
「境界干渉値がこのまま上がれば、ゲートに近づくだけで周辺現象を歪ませる恐れがある。時間感覚の乱れ、空間の二重縁、物質輪郭の分離……今回の症状はその前兆と考えられる」
医務班員はそこで一度言葉を切り、慎重に続けた。
「君の体内には、“何か”が入ってきている。魔力では計測できないが、境界の粒子……界縁現象に似た反応だ」
健太郎は手を握りしめた。自分の手の平が、自分のものではないような感覚。
「……俺は、本当に……人間じゃ……」
囁くような声に、美香が強く首を振った。
「違うよ。健ちゃんは健ちゃんだよ。何が起きてても、それは変わらない!」
霧亜も一歩踏み出し、ベッドの柵に手を置いた。
「……大丈夫。私たちがいる。どんな状態になっても、必ず戻すから」
しかし彼女の声にも、かすかな震えがあった。
健太郎の胸の奥では、まだあの白い“世界のきしみ”が余韻として鳴り続けていた。
——少年は言った。「君も、どこにも属していない」と。
その言葉だけが、傷のように残っていた。




