学校生活 — 二つの顔
境界都市カムイ市立第六高校――通称“六高”。
外観はごく普通の地方都市の高校だが、近くで見ると魔力観測塔が校舎裏にひっそり設置され、構内の至るところに対界センサーが埋め込まれている。
この街の学校にとって、防災設備と同じ扱いだった。
昇降口で靴を履き替える健太郎の肩を、友人の森沢が軽く叩いた。
「お、坂上。昨日の地震みたいな揺れ、気づいたか?」
「たぶん境界の亀裂。ニュースに出てたろ」
「うわー、さすがカムイ市。俺、慣れすぎて怖いわ」
森沢は軽く笑うが、健太郎は曖昧に笑い返すだけだった。
“亀裂”の正体を知っている身としては、軽々しく話題にしづらい。
二人が教室に入ると、松風先生が既に黒板に向かっていた。めずらしく今日の授業の予告など書いている。
「おはよう。席に着けー。今日は予習範囲ちょっと多いぞ」
教室はざわつきつつも平和そのもの。
窓から差す光は、先ほどのスカーチラインを隠すように明るい。
美香が健太郎の席に腰を下ろすと、机の陰でタブレット端末をそっと傾けて見せた。
――画面上部に、赤い警告文。
《ガーディアン見習いアラート:境界波動レベル2 上昇傾向》
健太郎は視線を動かさず、小声で尋ねた。
「昨夜の余波か?」
「ううん、違う。観測塔のログ、二時間前から上がりっぱなし。……北区の上空が揺れてる」
淡い声色に、わずかな緊張が混じっていた。
美香の魔力が、ふわりと揺れた。
風が机の下だけ通り抜けたような、ひそやかな匂いと温度の変化。
健太郎は一瞬、その揺らぎに気づいて眉を上げた。
(……また波形が変わった? いや、この感じ……精霊族の魔力に近い?)
彼はその疑問を飲み込む。
美香の出自については、彼女自身まだ知らない。
余計な一言を発せば、間違いなく彼女に肘鉄を食らう。
「ちょっと顔に出てるよ健太郎。何か言いたいことあるなら言いなさい」
「いや、なんでもない」
「怪しい」
完全に見透かされている。
普段から健太郎の無駄に鋭い観察力を知っている美香は、すぐ反応する。
ただし――戦闘になれば話は別だ。
二人の連携は見習いとは思えず、ガーディアン本部でも“六高のツーマンセル”と呼ばれ評価されている。
美香の魔力操作の精度と、健太郎の異常な対界耐性。
互いが互いの弱点を埋める理想的な組み合わせだった。
「旭川、坂上。授業始めるぞー。私語はそこまで」
松風先生の声が飛ぶ。
二人は慌てて姿勢を正したが、美香は口の端だけで静かに続けた。
「……放課後、支部に行く前に一度ログ見せて。波形が、ちょっと気になる」
「あぁ。俺も気になってる」
普通の高校生活のざわめきの中で、二人だけが裏側の“揺れ”を感じ取っていた。
窓の外の空は澄み切っているのに、境界は見えないところでゆっくり軋んでいる。
この街の日常には、いつも“裂け目”の音が潜んでいた。




