潜在ゲートの鼓動の異常
山道を抜けた瞬間、空気の密度が変わった。
乾いた冷気に混じって、目には見えない圧力のようなものが肌にまとわりつく。
「……ここだね。北東支部のデータが示してた潜在ゲート付近」
美香が短杖を握り直しながら呟いた。
谷間に設置された簡易観測陣は、淡い青を脈打たせている。その鼓動は、生き物の心臓に似て穏やか……ではなかった。周期が短い。速い。まるで追い詰められた獣の息遣いだ。
霧亜は膝をつき、測定器のクリスタルパネルを覗き込む。
その表面には波形データが流れ続け、しかし特定周期ごとに跳ねるように鋭角なスパイクを刻んでいた。
「域圧が……破裂寸前。変動幅が常軌を逸してる」
「えっと、破裂って……」
「ゲート膜が堰を切るって意味だよ、美香。何が出てくるか読めない」
霧亜は淡々と言いながら、もう一度数値を確認した。
視線は冷静だが、睫毛の影にわずかな警戒が滲む。
「健太郎、少しその場で——」
言い終えるより早く、観測陣の光が揺れた。
健太郎が一歩近づいた、その刹那。
光の脈動が跳ねる。
測定器の波形が、まるで叫ぶように乱れた。針が振り切れ、結晶パネルの片隅に細いひびが走る。
「うそ……今の、何!?」
美香が驚きに目を見張る。
霧亜は健太郎と観測陣を交互に見比べ、低く漏らした。
「……やはり、健太郎が周辺に入ると、反応が不自然に変動する」
「えっ、俺が? でも、何もしてないって」
「してないから、逆に問題なのよ」
霧亜が立ち上がると、冷たい風が彼女の肩の髪を揺らした。
観測陣の光が健太郎の周囲だけで微かに乱反射する——まるで彼を中心に、ゲートの波が引き寄せられているかのようだ。
「これ……」
美香が端末の画面を霧亜に見せる。
「ゲート側が“何かを探してる”みたいな反応に見えるんだよね……。その、健ちゃんに向かって」
「俺に? 探す? 何を……」
健太郎が呟いた瞬間、ゲートの鼓動がさらに一段階、深くうねった。
山の空気が震える。足元の土が、かすかに波打つ。
霧亜が短く息をついた。
「まだ確証はない。でも……これは“界縁反応”としか考えられない」
「界縁……?」
「通常の人間は、境界そのものに“存在を認識される”ことはない。でも健太郎は——」
霧亜の言葉は途中で止まった。
ゲートの中心部が、鼓動に合わせて脈動し、どす黒い光の“目”のような形をわずかに形成したからだ。
霧亜の声が、初めて緊張で揺れた。
「——ゲートが、君を“見ている”。」
健太郎だけが、その意味を理解できずに立ち尽くしていた。




